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しおりを挟む戻って来れるかも危うい場所に志願して決死の覚悟で行ったはずが、そこまで行き着くこともないまま、戻って来ただけではなくて、運命を感じた相手とすぐさま婚約してその令嬢を連れて、伝染病から逃げるように戻って来たと話すあり得ないランドルフの姿を見て、ヴィルヘルミーネは……。
(なんか、凄くモヤモヤするわ。こんな気持ちで、無事に戻って来たはずなのに素直にそれを喜べないなんて、嫌だわ。一喜一憂して、気持ちが乱れてしまう。あの言葉を鵜呑みにしたけど、あの時は本心だったはずよ。素敵な方だったのも、婚約が破棄する理由も、きっとみんな本当のことで、怪我だって酷いのを隠しているだけかも知れないわ)
怒りが込み上げて来るよりも、ヴィルヘルミーネはそんなことを思っていた。人を悪く言わないし、思わないところがヴィルヘルミーネには昔からあった。何より人の良いところを探そうとしていた。
ローザリンデが、怒りのまま怒鳴り散らしそうになるのを宥めながら、他の人たちが爆発しそうなのを感じていた。ヴィルヘルミーネは、何度か深呼吸をして気持ちを落ち着かせることにした。
それこそ、ようやく転びまくって擦りむいた傷がズキズキと痛み出して、手当てしてもらってよかったと思い始めて、己の姿に苦笑してしまった。
(慣れないことは、するものじゃないわね。でも、この痛みのおかげで、現実だとわかるというものだわ。しっかりしなくては)
ヴィルヘルミーネは慌ててここまで走って来ることもなかったと後悔することはなかった。彼の言葉を自分の耳で聞けたからだろう。
(あぁ、そんなことより、私ったら、慌てすぎて祈りの場から走り出してしまったわ。戻ったら、謝罪しなくては駄目ね。場を乱してしまった)
ランドルフたちの周りに集まっている者の中には、聞くに堪えない。恥晒しもいいところだと悪く言う者もちらほら出始めていた。
ヴィルヘルミーネの隣のローザリンデからも、罵詈雑言が飛び出し始めていて、それを聞くのも言わせるのも嫌だと思ってしまった。
(こんなの駄目よ。でも、どうしたらいいんだろ?)
ヴィルヘルミーネは、そんな風に言葉にするのが嫌だった。彼らをこのままにしておいたら、不平不満が爆発してしまいかねないとも思っていた。
いつ伝染病が、この街にまで来るのかとみんな戦々恐々としているのだ。
(このままにしておけないわ。きちんと向き合わなきゃ)
ヴィルヘルミーネは、意を決して彼に話しかけていた。
「それで、伝染病の種類は特定できたのですか? どの薬が効いて、症状については? 足りない薬や援助する必要のある物については、どうです?」
「っ、いや、それは……」
「聞いてなかったの? この人は、そこまで行ってないのよ。知るわけないでしょ」
「っ、」
それにカチンときたらしく、すぐさま反応したのはヴィルヘルミーネではなくてローザリンデだった。何やら、ゴングが聞こえた気がしたが、空耳だったかも知れない。
「えぇ、聞いていましたとも。でも、本人から聞きたいのは、少しでも伝染病に対して有益な情報があるのかを彼女も、私たちも聞きたいのよ。そのためにわざわざ、集まって来たのよ。それ以外に集まる必要があるの?」
ヴィルヘルミーネの友達の言葉にたじろぐランドルフと違い、婚約者となった令嬢は小馬鹿にしたように言った。
「だから、知るわけがないって言ってるでしょ! しつこいわね」
「知るわけがないでは、済まされないわ。医者の卵だとしてでも、曲がりなりにも医者なのだから、その辺を調べて、ここより近くに行った分の情報を持って来てくれたかと思っていたのよ。ご自身の情報を上書きしたことなんて、誰も聞きたくて集まった訳じゃないわ」
ローザリンデの言葉にみんなが、そうだと声を上げた。中には、そこまで言われなきゃわからないのかと呆れ果てた表情をする者もいたが、ヴィルヘルミーネは何とも言えない顔をしていた。
「何ですって! 私を誰だと思っているのよ!」
「知らないわよ。興味ないもの。それこそ、同じ言葉をお返しするわ。そっちこそ、私を誰だと思っているの?」
「知るもんですか!!」
「じゃあ、お互いさまね」
そんなやり取りに街の人たちは、見聞きしてくすくすっと笑っている者もちらほらといた。
ローザリンデは公爵家の娘で、エルヴィーナが侯爵令嬢だとすれば、わかるだろう。
(流石だわ)
ヴィルヘルミーネは、友達に感心していた。
みんなと同じ顔を見せないようで、先程までピリピリしたり、イライラしていたりするものが薄らいでいた。そのことにヴィルヘルミーネは、ホッとしながら更に口論となりそうなのを止めるべく、口を開いた。
「それならば、お屋敷に戻られたら、どうですか? 皆さん、伝染病についての詳しい話は聞けそうにありません。今までのように手洗いうがいに気をつけて、具合が悪い方は神殿に来てください。動けない方のところには、往診に出向きます」
「ちょっと、あなたに帰れなんて言われる筋合いないわ!」
ランドルフの新しい婚約者の令嬢のエルヴィーナの言葉に怒ったのは、ヴィルヘルミーネではなかった。ローザリンデだ。それこそ、今までの比ではないほどに怒り心頭になっていた。
「黙りない! 余所者が!」
「なっ、なんですって! 私を誰だと思っているのよ!」
「そうだぞ。彼女は……」
ランドルフは、婚約した令嬢の自慢をしたかったようだが、ふとローザリンデの方が公爵だから上だと思ったのかも知れない。だが、彼の言葉に被さるように言葉は紡がれた。
「この方は、我が国の新しい聖女様よ! 彼女を侮辱することは、誰であろうとこの私が許さないわ」
「え? せ、聖女?!」
「なっ、ヴィルヘルミーネ。それは、本当か?!」
ランドルフは、ヴィルヘルミーネに問われたので、苦笑しながら頷いた。
「えぇ、あなたとの婚約が破棄となってから、すぐに正式に聖女として認められました。なので、たとえ、元婚約者であろうとも、私のことを気安く名前を呼び捨てになさらないでください。あなたが、おっしゃっていた通りに私は大勢のために祈り続けます」
「っ、」
「は? 元婚約者?? ちょっと、そんな話、私は聞いてないわよ!?」
「あ、いや、その……」
「呆れた。婚約破棄したばかりだってことも話してなかったの? 彼は、聖女になる前の彼女と破棄して、すぐにあなたと婚約したのよ。決死の覚悟で、志願したことを吹聴して、伝染病の場所までたどり着けずに運命の相手を見つけたことに浮かれて、恥ずかしげもなく、よく戻って来れたものだわ。こんな風にはじめから戻って来るつもりじゃなかったんでしょうけどね。そうよね?」
「も、もちろん。そんなことしてない。私は、勉強のために志願して……」
「聞いたわ。それで、医学の勉強せずに戻って来たってことでしょ」
「そ、そんなことは……」
「ちょっと! それより、婚約破棄したばかりって、どういうことよ!」
「あ、いや、それは、だな」
ローザリンデだけでなくて、周りも色んなことに呆れながら、痴話喧嘩なら家に帰って好きなだけやればいいとみんなに笑顔で凄まれることになるのも、すぐだった。
他の面々も、ローザリンデと同じ意見なようで、ランドルフはそんな周りに圧倒されたようだが、最後までエルヴィーナの方がギャーギャーと騒いでいた。
「ちょっと、どういうことなの! みんな、あなたのこと尊敬していて、引く手あまたなのを断るのが大変だったって言ってた癖に破棄になったばかりって、話が違うじゃない!」
「あ、いや、その……」
ランドルフの方は急に縮こまって、挙動不審になりながら、エルヴィーナを引っ張って、すごすごと帰って行った。
「あの言葉を鵜呑みにして、婚約したみたいね。瞬発的に思い込ませることには、長けてるってことかしらね。そんな嘘、ここに戻って来たらバレるとか思わなかったところが抜けているわ」
辛辣なローザリンデの言葉にもはやヴィルヘルミーネは、苦笑するしかできなかった。
ヴィルヘルミーネは、何とも情けない姿を晒したランドルフにため息が出そうになったが、元婚約者たちを構ってばかりはいられない。聖女として成すべきことを考え始めた。
(伝染病が、ここに来るのも時間の問題かも知れない。だとすれば、みんなを避難させた方が良いかも知れない。ここより、王都の方が安全なはずよね)
そんなことをヴィルヘルミーネは考え始めていた。
(でも、彼らが驚くのも無理ないわ。私が、聖女に選ばれるなんて、私自身が思ってなかったことだもの。それに神にもっとも愛されている者が、聖女になれると言う者もいるけれど、それは何かが違うと思えてならないのよね)
ヴィルヘルミーネ本人は、そんなことを思っていた。そこに、歪んでしまった聖女の認識が潜んでいるとは、彼女も理解しきれていなかった。
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