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しおりを挟む「あ、こちらにいらしたんですね。今日は、前のお席が空いていますよ」
どうやら、ヴィルヘルミーネは席を確認して戻って来てくれたようだ。にこにこと話すヴィルヘルミーネに神官も、それは珍しいとぜひにと勧められることになった。
そこまでされて、医者たちは断れない。互いに頷きあって祈りの場へと入ることにした。断りにくいこともあったが、和やかなやり取りに王都と違うと思えて来て、興味が湧いたのだ。
気持ちで良いのならばと思い、入らないで帰るなんてことは誰もしなかった。それこそ、信仰熱き者ならば、一度は訪れたい場所が、ここなのだ。そのまま、伝染病の発生場所に行って何かあれば永遠の後悔を残すことになるだろう。
医者たちは顔を見合わせて、同じ気持ちに行き着いた面々と中に入ることにした。
扉の向こうは、言葉に言い表せないほど、素晴らしい空間だった。王都と絢爛豪華な作りが、ハリボテもいいところに見えてすらいた。どんなに華やかでも、あそこに集う人たちの心境は違うからかも知れない。
それに壁画が、豪華絢爛な中で不釣り合いなほどリアルなのだ。神を求めて苦悩するかのように必死になってもがきながら、助けを求めているような石像が壁に埋め込まれているような作りになっているのだ。神殿の外側と神殿の中も、同じように埋め尽くされていて、その生々しさを隠すように神殿内は布で覆われている部分が多い。
それこそ、ヴィルヘルミーネが言う通り平日なのに祈りの場はそこそこ人がいたことにも、彼らは心底驚いた。仕事の合間に家事の合間にと祈りに来ている面々が見受けられた。それに驚く者は、自分たちしかいない。これが、ここでは当たり前なのだ。
前の席といっても一番前まで案内されると思っていなかった医者たちが、初めてのことにこんな場所に座っていいのかと震え上がったのも、すぐだった。
最初こそ、どうしていいのかとオロオロしていたが、そんな時にヴィルヘルミーネが視界の端に映った。凛としていて、全身全霊で祈ることを自然と始めたのだ。
それは、王都では見たことない光景だった。そもそも、王都ではこんなに音も発生しないなんてことはありえない。みんなが、みんな、祈る場では細心の注意をはらっているのだ。誰かの祈りを邪魔しない。その中で、一人一人が最高に純粋で真心を込めて祈っている。誰もが自分のことではなくて、他人のために。
言葉にしていなくとも、なぜか医者たちにはそう思えた。神に己のこと幸せにしてほしいと願っているのではなくて、他の人が幸せになることを願っている。苦しむ者たちが救われるようにと祈っているのだ。
これこそ、祈りの場だと医者たちは思った。初代聖女の神殿で、彼らは心が洗われる思いだった。彼らは、溢れる涙を堪えきれなかった。
その日以来、伝染病の発生地域まで行くまでの数日、時間を見つけては彼らは熱心に神殿に通い詰めた。あまりに熱心なため、いい女がいるのかと邪推されたり、命惜しさに神頼みを始めたと言う者もいたが、反論はしなかった。
「まぁ、確かに素敵な女性はいたがな」
「そうだな。今日も、居るだろうな」
たまたま時間が被って神殿に向かうと途中で噂していたヴィルヘルミーネが見えて笑った。
それこそ、この神殿に通い詰めるようになった者は、彼らだけではなかった。みんな、この神殿の祈りの場を経験して、そこに通うことを苦と思っていなかった。この街に住み着きたいと思うものすらいた。
家族や大切な人にここを知ってほしいとすら思っていた。無事に帰って来られたら、旅行にでも誘って、この街でのんびりするのもいいかもしれない。
そんな面々が、ヴィルヘルミーネが見送りの場にいるのを見つけては、不安な気持ちが胡散した。
彼女が聖女だと言われても彼らは驚かなくなっていた。むしろ、聖女ではないことが不思議でならなかったが、そんな風に思われていることにヴィルヘルミーネは全く気づいていなかった。
彼らも、聖女とは神にもっとも愛されている存在だと思っていた。だからこそ、愛される存在となれる者こそ、ヴィルヘルミーネのような女性だと思っていた。
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