7 / 39
6
しおりを挟むそんなことで、ヴィルヘルミーネがいたたまれなくなって悲しんでいる時に素敵な出会いもあった。王都や各地から来た医者たちとヴィルヘルミーネは話すようになったのだ。
そのきっかけとなったのが、伝染病の発生地域まで出発するまでの準備のためにこの街にとどまることになったのだ。それは短い期間だったが、王都からきた医者たちにとっては、つかの間の安らぎの時間になるだろう。これからのことを考えて各々自由に過ごしていた。
医者の中の数人が、初代聖女の崇拝者で、初代を称えて建てられた神殿を見に来て、建物の前で感嘆していた。
「素晴らしいな」
「王都のきらびやかさと彫刻壁画のリアルな感じが、どうにも苦手だったが、やはり本来はこうあるべきだよな」
「おい、下手なこと言うな」
「っ、そうだな。悪い」
「でも、あの彫刻壁画は怖いよな」
そんな話をしながらも、中に入ろうとはしなかった。そこにヴィルヘルミーネがやって来て声をかけたのだ。
「こんにちは。皆様、ここへは初めて来られたのですか?」
「そうです。今回の伝染病で、王都からの要請で現地で治療するために集まった医者です」
ヴィルヘルミーネは、それを聞いて悲しげに瞳を揺らした。それこそ、元婚約者のことを思い出して、医者の面々が無事に戻って来れるかわからない場所へと行くことを憂いていた。
だが、それもすぐに切り替えたかのようにヴィルヘルミーネはにっこりと笑顔になって言葉を紡いだ。
「どうぞ、中にお入りください」
「いや、でも……」
「私も、祈りに来たんです。街の人たちも、多くの者が祈っているでしょう。今日は、平日なので空いている場所を見つけるのも、そんなに難しくはないでしょうから、お時間が許す限りお祈りなさってください」
その言葉に医者たちは首を傾げたくなった。王都では、考えられなかったのだ。
「あの」
「はい?」
「平日でも、そんなに人がいるんですか?」
「伝染病の知らせを聞いてから、祈る方は日に日に増えていますが、元々、この街の方々は熱心な方が多いですから」
王都から来た面々は、それに驚かずにはいられなかった。王都では、平日に祈っているのは、熱心な者ばかりでしかなかった。それこそ、神官くらいしか見かけたことがないのだ。週末になれば、大勢が集まるがそれでも座る場所に困るのは持ち合わせがない時くらいだ。
それこそ、伝染病のところから生きて戻って来れるかはわからない今、寄付を出し渋るのもあれかと思い、医者たちは中に入ることにした。
入るとヴィルヘルミーネが、馴染みの神官に何やら話して、その神官が医者たちのところに来た。
ヴィルヘルミーネは、ぺこりと頭を下げると中に進んだ。
「え?」
寄付をする箱の前で跪いて、そのまま中に入ったことに驚いて声を上げてしまった。
「ようこそ、初めての方々だとヴィルヘルミーネさんにお聞きしました。寄付は、お祈りのあとにお気持ちをいれてくだされば結構ですので、中にお入りください」
「そんなことしていいんですか?」
「えぇ、構いませんよ。それこそ、持ち合わせがない方々は、あぁしてボランティアをして場を清めてくださる方も多くいらっしゃいますから」
神官がいうとそちらに熱心に床を磨く身なりのよろしくない者が見えた。それに医者は目を丸くした。王都では、入ることすらできないような格好だったのだ。
それを見ていると別の神官が近づくのが見えた。それこそ、追い出されるのだと思っていたら……。
「そんなに熱心に磨くことはないと何度言ったら、わかるんですか」
「でも、俺、このくらいしかできんから」
「いつも、一生懸命にボランティアをしてくださっておられるんですから、それで十分だと何度も言っているでしょ? それにヴィルヘルミーネさんに見つかったら、あなたを見習って、一日中、床磨きを始めてしまうじゃないですか」
「ヴィルヘルミーネ様なら、祈りの場に入って行かれた。しばらくは、出て来ん」
見つからないと言っていたのに二人に声をかける者がいた。今まさに話していたヴィルヘルミーネだ。
「あら、どうされました?」
「「っ、」」
そこにヴィルヘルミーネがやって来たことに驚き、その神官も、身なりのよろしくない者も肩をビクつかせたのは、全く同じタイミングだ。悪さを見つかった子供のようだった。悪いことなどしていないはずなのだが、二人とも挙動不審になっていた。
「あ、いや、その……」
「まぁ、床磨きですか? なら、私も……」
ヴィルヘルミーネが、腕まくりを始めて慌てたのは、その二人だけではなかった。神官たちだけでなくて、それを耳にした馴染みの面々が凄く慌てていたが、ヴィルヘルミーネは気づくことなく、初めてそれを目撃する面々は何をそこまで慌てるのかと不思議にしながら、それを見守っていた。
「いや、ゴミを見つけて、拾ってたとですよ」
「そうなのですか? いつも神殿を綺麗に保とうとなさっておられて、頭が下がります。ありがとうございます」
「そ、そんな、こんくらいしか、出来んから」
「いえ、そんなことはありません。私も、見習って頑張ります!」
「ヴィルヘルミーネさんも、十分ですよ」
そんなやり取りがなされていて、耳にしていた神官たちも、祈りの場に出入りしていた者たちも、どことなくホッとしていた。
「ヴィルヘルミーネさんが、床を磨くことを始めると皆さんも始めてしまって、大変なんですよ。中には磨きすぎた床で転んだ者もいるくらいで……。あまりお祈り以外で熱心になさらないでほしいと思ってしまうのも、あれなんですが……」
ポツリと案内を頼まれた神官が呟くのを聞いて、医者たちは何となくわかると苦笑してしまった。あのヴィルヘルミーネという女性は、そういう性格なのだろう。
そんなことを思っているとヴィルヘルミーネが、こちらを見て笑顔になった。
とんでもないことをしでかすようには、医者たちには見えなかった。
6
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説
【完結】君の世界に僕はいない…
春野オカリナ
恋愛
アウトゥーラは、「永遠の楽園」と呼ばれる修道院で、ある薬を飲んだ。
それを飲むと心の苦しみから解き放たれると言われる秘薬──。
薬の名は……。
『忘却の滴』
一週間後、目覚めたアウトゥーラにはある変化が現れた。
それは、自分を苦しめた人物の存在を全て消し去っていたのだ。
父親、継母、異母妹そして婚約者の存在さえも……。
彼女の目には彼らが映らない。声も聞こえない。存在さえもきれいさっぱりと忘れられていた。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【1/23取り下げ予定】あなたたちに捨てられた私はようやく幸せになれそうです
gacchi
恋愛
伯爵家の長女として生まれたアリアンヌは妹マーガレットが生まれたことで育児放棄され、伯父の公爵家の屋敷で暮らしていた。一緒に育った公爵令息リオネルと婚約の約束をしたが、父親にむりやり伯爵家に連れて帰られてしまう。しかも第二王子との婚約が決まったという。貴族令嬢として政略結婚を受け入れようと覚悟を決めるが、伯爵家にはアリアンヌの居場所はなく、婚約者の第二王子にもなぜか嫌われている。学園の二年目、婚約者や妹に虐げられながらも耐えていたが、ある日呼び出されて婚約破棄と伯爵家の籍から外されたことが告げられる。修道院に向かう前にリオ兄様にお別れするために公爵家を訪ねると…… 書籍化のため1/23に取り下げ予定です。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】側妃は愛されるのをやめました
なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」
私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。
なのに……彼は。
「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」
私のため。
そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。
このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?
否。
そのような恥を晒す気は無い。
「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」
側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。
今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。
「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」
これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。
華々しく、私の人生を謳歌しよう。
全ては、廃妃となるために。
◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる