上 下
4 / 39

しおりを挟む

正直なところ、そんな度胸など持ち合わせていない人だとヴィルヘルミーネの周りは、ランドルフのことをみんな思っていた。ヴィルヘルミーネの友達だけでなくて、ヴィルヘルミーネの家族や街の人たちも、大半がヴィルヘルミーネのことを心配してくれていた。

ローザリンデのように騙されるなとか、流されるなとかも兄からもよく言われていた。評判がすこぶる悪い子息として有名だったせいだろう。

婚約した当初は、よりにもよって、どうしてそんなのと婚約したのかと色んな人たちに言われたほどだった。

婚約した相手のことを悪く言われすぎて、ヴィルヘルミーネは悲しく思っていた。それでも、そんなことないと言い返せなかったのは、ヴィルヘルミーネも心のどこかで疑っていたからだろう。はぐらかすように曖昧に笑ってばかりいたが、今ではヴィルヘルミーネがそんな対応をしていた過去の自分に一番色々言いたくなっていた。

直接、ランドルフの決意表明を聞いたヴィルヘルミーネは、すっかり感動しきっていた。

本人が志願したとヴィルヘルミーネが周りに話しても、きっと騙されているだのと言って、以前と似たような反応をされそうだが、今度はそんなことになったらきちんと言い返そうとヴィルヘルミーネは密かに思っていたが、実行するのは難しかった。

それこそ、このあとヴィルヘルミーネは家族にランドルフのことを話して聞かせるのだが、同じような反応をされて、具合が悪いのではないかと心配されてしまい、すぐに本気にはしてもらえず、別の意味で大変な苦労を強いられることになるとは、この時のヴィルヘルミーネは思ってもみなかった。


(志願したことをみんなに話して聞かせたいわ。きっと、みんなランドルフ様のことを見直すはずだわ)


そんなことを思ったが、ランドルフが更に申し訳なさそうにこう言った。


「それで、君には申し訳ないんだが、婚約を破棄したいんだ」
「え? 破棄、ですか?」


(このタイミングで、破棄をしたいなんて、どうして……?)


ランドルフは、辛そうにしながら、志願した今、無事に戻って来られるかもわからない。更には、どのくらい経って戻って来られるかもわからないから、ヴィルヘルミーネと婚約したままでは、ヴィルヘルミーネに迷惑になりかねないと言ったのだ。


「そんな、迷惑だなんてことは……」


(そんなこと思うはずがないわ。でも、ランドルフ様の迷惑になるのは、もっと嫌だわ)


ヴィルヘルミーネは、内心でそんなことを思って首を横に振ったが、口にできなかった。気持ちがいっぱいいっぱいになってしまっていたからだ。


「それに君は、祈り続けてばかりいるだろ? 婚約者の帰還だけを祈るより、大勢の人のために祈ってくれ。その方が、みんなのためになるはずだ」
「っ、!?」


その言葉にヴィルヘルミーネは、目を見開いて驚いてしまった。それこそ、祈るばかりでろくに婚約してから構ってもくれないし、ボランティアと称して何かと忙しくしているハズレの令嬢みたいにランドルフが周りに愚痴っていたのをヴィルヘルミーネは知っていた。

それこそ、彼が話しているのもしっかり聞いたこともあったが、その通りだとヴィルヘルミーネは思っていた。婚約したのに婚約に寄り添おうとせずに自分のやりたいことしかやっていないのだから。

だが、それに憤慨したのは、ヴィルヘルミーネの友達の令嬢だ。他の令嬢たちも、物凄く怒っていたが、彼はそれを知らないはずだ。

それが、ヴィルヘルミーネにそんなことを言ったのだ。驚かないわけがない。


(祈り続けてばかりいる私のことを理解してくれるのは難しいかと思っていたけど、そうではなかったのね。ちゃんとわかってくれていたんだわ)


ヴィルヘルミーネは、ランドルフの言葉にこみ上げるものがあって泣きそうになってしまった。


「わかってくれるよな?」
「えぇ、十分すぎるほどわかりました。ランドルフ様が、心置きなく、仕事に専念できるように婚約は破棄となるように両親には伝えておきます。両親も、わかってくださるはずです」


ヴィルヘルミーネは、ランドルフにそう伝えて、すぐに破棄となるように動かなければと急いで帰宅した。

そんな彼女を見て、ランドルフが喜んでいることには全く気づくことはなかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】君の世界に僕はいない…

春野オカリナ
恋愛
 アウトゥーラは、「永遠の楽園」と呼ばれる修道院で、ある薬を飲んだ。  それを飲むと心の苦しみから解き放たれると言われる秘薬──。  薬の名は……。  『忘却の滴』  一週間後、目覚めたアウトゥーラにはある変化が現れた。  それは、自分を苦しめた人物の存在を全て消し去っていたのだ。  父親、継母、異母妹そして婚約者の存在さえも……。  彼女の目には彼らが映らない。声も聞こえない。存在さえもきれいさっぱりと忘れられていた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【1/23取り下げ予定】あなたたちに捨てられた私はようやく幸せになれそうです

gacchi
恋愛
伯爵家の長女として生まれたアリアンヌは妹マーガレットが生まれたことで育児放棄され、伯父の公爵家の屋敷で暮らしていた。一緒に育った公爵令息リオネルと婚約の約束をしたが、父親にむりやり伯爵家に連れて帰られてしまう。しかも第二王子との婚約が決まったという。貴族令嬢として政略結婚を受け入れようと覚悟を決めるが、伯爵家にはアリアンヌの居場所はなく、婚約者の第二王子にもなぜか嫌われている。学園の二年目、婚約者や妹に虐げられながらも耐えていたが、ある日呼び出されて婚約破棄と伯爵家の籍から外されたことが告げられる。修道院に向かう前にリオ兄様にお別れするために公爵家を訪ねると…… 書籍化のため1/23に取り下げ予定です。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す

おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」 鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。 え?悲しくないのかですって? そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー ◇よくある婚約破棄 ◇元サヤはないです ◇タグは増えたりします ◇薬物などの危険物が少し登場します

処理中です...