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しおりを挟む正直なところ、そんな度胸など持ち合わせていない人だとヴィルヘルミーネの周りは、ランドルフのことをみんな思っていた。ヴィルヘルミーネの友達だけでなくて、ヴィルヘルミーネの家族や街の人たちも、大半がヴィルヘルミーネのことを心配してくれていた。
ローザリンデのように騙されるなとか、流されるなとかも兄からもよく言われていた。評判がすこぶる悪い子息として有名だったせいだろう。
婚約した当初は、よりにもよって、どうしてそんなのと婚約したのかと色んな人たちに言われたほどだった。
婚約した相手のことを悪く言われすぎて、ヴィルヘルミーネは悲しく思っていた。それでも、そんなことないと言い返せなかったのは、ヴィルヘルミーネも心のどこかで疑っていたからだろう。はぐらかすように曖昧に笑ってばかりいたが、今ではヴィルヘルミーネがそんな対応をしていた過去の自分に一番色々言いたくなっていた。
直接、ランドルフの決意表明を聞いたヴィルヘルミーネは、すっかり感動しきっていた。
本人が志願したとヴィルヘルミーネが周りに話しても、きっと騙されているだのと言って、以前と似たような反応をされそうだが、今度はそんなことになったらきちんと言い返そうとヴィルヘルミーネは密かに思っていたが、実行するのは難しかった。
それこそ、このあとヴィルヘルミーネは家族にランドルフのことを話して聞かせるのだが、同じような反応をされて、具合が悪いのではないかと心配されてしまい、すぐに本気にはしてもらえず、別の意味で大変な苦労を強いられることになるとは、この時のヴィルヘルミーネは思ってもみなかった。
(志願したことをみんなに話して聞かせたいわ。きっと、みんなランドルフ様のことを見直すはずだわ)
そんなことを思ったが、ランドルフが更に申し訳なさそうにこう言った。
「それで、君には申し訳ないんだが、婚約を破棄したいんだ」
「え? 破棄、ですか?」
(このタイミングで、破棄をしたいなんて、どうして……?)
ランドルフは、辛そうにしながら、志願した今、無事に戻って来られるかもわからない。更には、どのくらい経って戻って来られるかもわからないから、ヴィルヘルミーネと婚約したままでは、ヴィルヘルミーネに迷惑になりかねないと言ったのだ。
「そんな、迷惑だなんてことは……」
(そんなこと思うはずがないわ。でも、ランドルフ様の迷惑になるのは、もっと嫌だわ)
ヴィルヘルミーネは、内心でそんなことを思って首を横に振ったが、口にできなかった。気持ちがいっぱいいっぱいになってしまっていたからだ。
「それに君は、祈り続けてばかりいるだろ? 婚約者の帰還だけを祈るより、大勢の人のために祈ってくれ。その方が、みんなのためになるはずだ」
「っ、!?」
その言葉にヴィルヘルミーネは、目を見開いて驚いてしまった。それこそ、祈るばかりでろくに婚約してから構ってもくれないし、ボランティアと称して何かと忙しくしているハズレの令嬢みたいにランドルフが周りに愚痴っていたのをヴィルヘルミーネは知っていた。
それこそ、彼が話しているのもしっかり聞いたこともあったが、その通りだとヴィルヘルミーネは思っていた。婚約したのに婚約に寄り添おうとせずに自分のやりたいことしかやっていないのだから。
だが、それに憤慨したのは、ヴィルヘルミーネの友達の令嬢だ。他の令嬢たちも、物凄く怒っていたが、彼はそれを知らないはずだ。
それが、ヴィルヘルミーネにそんなことを言ったのだ。驚かないわけがない。
(祈り続けてばかりいる私のことを理解してくれるのは難しいかと思っていたけど、そうではなかったのね。ちゃんとわかってくれていたんだわ)
ヴィルヘルミーネは、ランドルフの言葉にこみ上げるものがあって泣きそうになってしまった。
「わかってくれるよな?」
「えぇ、十分すぎるほどわかりました。ランドルフ様が、心置きなく、仕事に専念できるように婚約は破棄となるように両親には伝えておきます。両親も、わかってくださるはずです」
ヴィルヘルミーネは、ランドルフにそう伝えて、すぐに破棄となるように動かなければと急いで帰宅した。
そんな彼女を見て、ランドルフが喜んでいることには全く気づくことはなかった。
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