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しおりを挟むあれこれと物思いにふけっていたマルジョリーは、確認することにした。どうにも、目の前の令嬢のことを思い出せなかったのも大きかった。どこの誰だかわからないのに高圧的にはできない。留学している時は、ついやってしまったが、あれはよくなかった。家に迷惑をかけることになるかも知れないのだ。
目の前の令嬢も、顔と名前が全く思い出せないから大したことはないと思いたいが1年も留学していたのだ。色々と変わっているはずだ。とりあえずは、情報を集めるところからにしなくてはならない。
「あの、どなたかと間違えてませんか? 私、留学から戻って来た初日なんですけど」
どうにもマルジョリーは、目の前の令嬢に見覚えがなかった。そのため、名乗ることをせずにそう言った。相手が、そもそも名乗っていないのだから、名乗ることはないだろうし、名乗りたくなかった。
すると途端に相手はきょとんとした顔をした。
そもそも、マルジョリーは見覚えがないのだが、この令嬢は何を基準にして話しかけて来ているのだろうか?……そういう令嬢に見えてるだろうか?だとしたら、物凄く失礼だ。
「え、留学??」
「えぇ、1年ぶりにここに来ました」
すると途端にしまった!という顔をした。何ともわかりやすい人だ、
「っ、あ、その、用事を思い出したわ」
「……」
マルジョリーは何だったんだろうかとそそくさといなくなるのに首を傾げて見送った。名乗ってからいなくなるなんて言いたくなかった。名乗られたら、とんでもないのに絡まれたと両親に話さなくてはならなくなる。できれば、変なのかいた程度にしておきたい。
それこそ、留学し終えて初日でなくて、ずっといたのなら、どこの誰なのかを聞いているところだが……、いや、それはそれで面倒くさい気がしてしょうがないかもしれない。
「マルジョリー……?」
「あら、本当だわ。マルジョリーがいる」
友達がマルジョリーを見つけわらわらと取り囲んで来てくれた。その顔ぶれにホッとした。
その中にブリジットはいないし、悪口を言っていた令嬢たちもいなかった。それに益々ホッとしてしまった。最初に会ったのが、彼女たちでよかった。……いや、1番最初があんなんだったが、もうそれは忘れればいい話だ。
「さっき、ウージェニーに捕まってましたね」
……いや、忘れさせてはくれなかったようだ。仕方がない。マルジョリーは、首を傾げた。
「ウージェニーというの? 誰かと間違えてたみたいだけど……」
「それ、ブリジットのことよ」
「え?」
呼び捨てにしたことに驚いてしまった。前までは、名前を滅多なことでは口にしていなかったが、こんな風にあっけらかんと呼び捨てにするのを聞いたことも、見たこともなかった。名前ではなくて、あの人とかだったはずだ。
「あー、ブリジット。マルジョリーの元婚約者の婚約したのは、ご存じですか?」
「え? 知らないわ」
「留学から戻って来てすぐに婚約したのですけど……」
「……」
マルジョリーが婚約した子息が、どんな子息なのかを知っているはずなのに。自分と婚約したら変わると思ったようだ。それこそ、留学先にイケメンがいないことがわかって、顔だけはいい、あの子息と婚約することにしたらしい。……いや、もとからそのつもりだった可能性もある。本人は、不思議な思考回路をしている自覚がないから、幼なじみでもマルジョリーでも難解でしかないが、わざわざ会って確認することでもない。そこまで興味はない。
だが、ブリジットの思惑とは違うことになったのは明らかだ。マルジョリーの元婚約者は全く変わらないまま、ブリジットは婚約した子息の浮気相手に色々言って大喧嘩となったらしく、普段からボロクソに言っているのもあり、凄いことばかり言って泣かせたりしたようだ。
それは運が悪いのか。良いのかわからないが、婚約者に見られることになり、ブリジットは婚約破棄となった。婚約期間は、わずかの間だったようだ。
そして、その後、すぐに浮気相手の1人と婚約をしたが、ブリジットはその女性を追い詰めたようだ。まぁ、すぐに婚約したのなら、その女性が婚約破棄することになった原因の一番の大元なのは誰でもわかる。
そこから、ブリジットは以前のようにその相手と元婚約者を精神的に追い詰めたとして、双方の家から慰謝料を要求されることになり、浮気していた方が何を言うかと家同士で揉めに揉めたらしい。
それは、マルジョリーには見ていたかのように想像しやすいことだった。ブリジットの母親は、彼女にそっくりな人だ。娘が婚約者とその浮気相手のせいで、婚約を台無しにされたのを黙っているような母親ではない。ヒートアップしても、誰も止められはしないだろう。そこは、間違ってはいない。
更にブリジットの父親も娘を溺愛している。娘に問題があろうとも、傷物にした相手とその原因を許すはずがない。とことんやり合ったに決まっている。
「その、あなたの元婚約者の子息が婚約していたのは、お忍びでこっちに来ていたリベール国の王女だったのよ」
「……え?」
リベール国とは、マルジョリーが留学した国ではない。別の国の王女で、それこそブリジットと負けず劣らず、やることなすこと破天荒な王女の両親もまた娘を溺愛しているとマルジョリーは聞いているため、幼なじみの家族が同じような家族とやり合ったのかと思うと表情が固まった。
でも、相手が悪すぎる。しかも、お忍びならばやり合ってから気づいたのだろう。その先までは、流石に聞くしかない。……聞かなくともわかりそうだが、結末が違うかもしれない。
「……それで?」
「ブリジットは、勘当されたわ」
「……」
他国の王族との揉め事には関わりたくない。貴族だけでなく、王族も避けて通るのは当たり前だ。
それは、王女の方もそうだったようだ。両親が、彼女に甘くても、問題行動ばかりをとっていることと決まりかけていた婚約をそれでぶち壊したのは、マルジョリーの耳にもある程度、届いていた。
婚約が決まるまで、お忍びで留学をして大人しくしているはずが、そんなことをしたせいで、流石に庇いきれなくなったらしいが、マルジョリーとブリジットの元婚約者は、それを全く知らなかったようだ。
知った時には大事になってしまっていたらしいが、元婚約者のことなどマルジョリーはどうでもよかった。むしろ、ざまぁみろとしか思わない。マルジョリーが婚約している時も浮気に勤しんでいるような子息だ。婚約したところで、やめられないのを永遠と続けていくような子息とどうして婚約したがるのかがわからない。
顔と口が上手いだけで、誠実さの欠片も持ち合わせてはいない。王女と婚約していた時も、どこぞの令嬢だと思っていたのが、実は王女だと知ってとんでもないことになったと狼狽えたかと言えば、婚約がブリジットのおかげでなくなったことにホッとしたようだ。最低すぎる。
王女は、その後、彼女が嫌がる相手と婚約させられて、それに反発して駆け落ちをしたらしい。王女の地位を捨てたものとして扱われることになって、どこでどうしているかはわからないようだ。
「……それで、さっきのウージェニーだっけ? その令嬢は、何をしているの?」
幼なじみと王女のその後はわかったが、マルジョリーはウージェニー・バシュラールという令嬢が気になってならなかった。
元婚約者の子息のことは、どうでもよかった。気になったのは、先程会った女性だ。
「あなたとブリジットの元婚約者の浮気相手の1人だったみたいなんだけど、婚約者が破棄に応じないから婚約は難しいって話だけを信じて、あぁしているのよ」
「……あの人、そんなことしたのに家にいるの?」
マルジョリーは、それを聞いて首を傾げずにはいられなかった。どう聞いても、そこまでした子息を家にそのまま置いておくのは、難しい気がする。
いくら何でも王女とは知らなかったなんて言ってはいられないはずだ。知らない間も、きっと浮気をやめはしなかったはずだ。ウージェニーだけでなく、他の令嬢とも浮気していたはずだ。そういう子息で、浮気を好き勝手にさせてくれる人が理想とのたまうような最低最悪な男だ。
マルジョリーは、その話をブリジットにしたはずだが、聞いてはいなかったのだろう。顔立ちだけはイケメンだから、何をしても婚約者がいるのに贅沢なことを言っているとか思っていたに違いない。
更には、自分と婚約したなら変わると勝手に思い込んでこんなことになったのは、目に見えている。
まぁ、ブリジットの方も家の体面があるからと勘当されたのだ。あの両親も、背に腹は代えられなかったようだ。
そんなことを思って確認をしたら……。
「いないわ。とっくに勘当されているのに全く信じないのよ」
どうして、元婚約者の浮気相手は、思い込みの激しい女性が多いのだろうか。そういうのが好みだったとしたら、マルジョリーは全く当てはまらない。
「彼と会えていないのも、謹慎させられているって、ずっと思っていて婚約者を見つけて破棄させれば、自分のものになるって必死になっているのよ」
「……」
つまり、ずっとあぁやって探しているのだろう。そこまでして、彼と婚約したいのだろうが、マルジョリーはそこまでする価値のある男には思えなかった。
「ブリジットより、ありえないわよね」
「本当よ。薄気味悪いったらないわ」
「……」
それまで、ブリジットの時は悪口を言わないようにしていた令嬢たちは、ウージェニーという令嬢には色々と言っているのにマルジョリーは、ようやく気づいた。
そんな令嬢たちを他の令嬢たちが遠巻きに見ていることにも、マルジョリーはやっと気づいた。
それは、ブリジットがいた時に見た光景だった。
どうやら1年の間に色んなことが起こりすぎて、悪口を言う人たちが入れ替わってしまったようだ。
そんなことあるのかと頭を抱えたくなったのが、留学から帰って来て学園に来た初日になるとは思いもしなかった。
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