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しおりを挟むしばらくして、ようやくオリーヴは目が覚めてから側にいる女を見て……。
「だれ?」
「え?」
「オリーヴ。私たちがわからないのか?」
父は慌てたように言ったが、父のことはオリーヴはよくわかった。
「おとうさま」
「オリーヴ様。お母様ですよ」
「え? いたの?」
乳母がフォローするかのように言ったことにオリーヴは素でそんなことを言ってしまっていた。何なら寝ている間に怒鳴り散らす女性の声が、それだった。
世話を必死にしている乳母とメイドを怒鳴り散らす女性だ。オリーヴにとっては、腹が立つ相手でしかなかった。
「っ、な、何を言うのよ!」
「? だって、わたしのそばにいたことないでしょ?」
「なっ、倒れてから、ずっと付き添っていたでしょ!!」
「みてただけでしょ? せわなんてされたことないわ。なんか、ずっとそばでどなるこえがして、ねてても、へんなゆめみてたきがする」
「っ、!?」
「びょうにんのそばで、どなるなんて、かんびょうしたことないでしょ?」
「っ、」
父は、息子ばかりにかかりっきりで、ろくにオリーヴの世話をしていなかった妻に何とも言えない顔をしていた。どう聞いても、今だけではないのだ。母の顔すら知らないと言うのは、中々だ。
父も世話をしたわけではないが、時折どうしているかとオリーヴを気にかけてはいた。だから、父と認識していたようだが、それだけで父と認識していることが嬉しかった。だが、それに浮かれることはなかった。
しばらく会わないだけで、妻のように「だれ?」と言われたら、この父の胸は潰れているだろう。
そんなことがあってから、母は激怒して具合の悪いままのオリーヴを怒鳴り散らして、それを公爵に咎められ、全てはオリーヴが悪いとばかりにした。
娘が具合を悪くしていると聞いても、母親が娘のところに姿を現すことは、その後、一度もなかった。それにオリーヴが悲しんだかというとそんなことはなかった。むしろ静かになって寝てる時に嫌な夢も見なくなったくらいだった。
乳母たちも、ストレスを抱えることはなかった。ただ、オリーヴの具合がなぜ悪くなるのかがわからずに気を揉んでいるだけだった。
その代わりのように以前よりも益々、ダルト公爵夫人は息子にべったりになってしまったようだが、以前にも増して、自分には息子しかいないかのようにして構い倒しすぎて、すっかり嫌われてしまったようだ。
いや、元々息子にも好かれていなかったようだ。オリーヴの時のように息子の乳母やメイドたちにあれこれ指示を出すだけだった。そうなったのも、息子を世話しようとして触ろうとすると泣き出してばかりいて、母親が触ると嫌がるようになったからだ。それだけでも、普通わかる。息子に拒絶されていると。
「何でよ。私は母親なのに」
息子は、プイッと横を向き、乳母やメイドにしがみついた。それに母は物凄いショックを受けたようだ。
だが、母方の祖父母は自分たちは好かれていると思っていたようだ。その辺も、よく似ていたようだ。それでも、期待通りにいくことはなかった。父方の祖父母のように彼らにとって待ちに待った男の内孫に懐いてもらうことは決してなかった。
「やだ。あっち、いって」
「っ、」
「な、そんなこと、誰に教わったの?」
「やだ。こないで」
「公爵様の祖父母か?」
「あなた、下手なことは言わない方が……」
「だが、あんまりではないか!」
「わるくいうから、きらい」
「え?」
「きらい。あっち、いって!」
待望の男の子だというのに母方の祖父母は、何かとすり寄ろうとしているのが見えすぎているかのようにされて、会いたくないと言われるまで物凄く早かった。
そう、何気に上手くいかないと誰かのせいにして悪く言うせいで嫌われていたのだが、誰かが吹き込んでいるに違いないと思い込んでいたところもあり、その誤解が解けることはなかった。
そんなオリーヴの弟であり、ダルト公爵家の唯一の男の子は、3人いる姉の中でオリーヴとそして父に懐いた。
オリーヴは懐かれるようなことをした覚えはなかったが、弟は見極める目があったようだ。
それも母は悔しかったようだ。オリーヴと弟はそんな母の心情などお構いなしだった。元より、自分のことに必死な人だ。構ってなどいられない。
都合よく使おうとしているのは、向こうなのだ。勝手に男の子だからとあの手この手で好かれようとしても、これまで女だからと娘たちなど、オリーヴの時にはいないもののようにしていたというのに。ダルト公爵夫人と同じくしていたが、オリーヴに弟が懐いたと聞いて、2人いっぺんに好かれようとしたのは、凝りていない母方の祖父母だ。
オリーヴは、母の時と同じようにこんな事を言った。
「……そっちにも、そふぼっているんだ。はじめてしった」
「っ、ほら、オリーヴにお土産よ」
「いらない」
オリーヴは、会ったからと部屋に戻ろうとした。すると勝手に来たのにオリーヴに愛想がないと騒いだのだ。
それにオリーヴは……。
「そんなものをこれまで、あおうともしなかったひとたちにつかいたくない。わたしだって、つかうひとくらいえらべるわ」
「何だと!?」
「なんて口の聞き方をするのかしら。これだから、口が達者な娘は嫌なのよ。可愛げがないったらないわ」
「……」
それに激怒した祖父母はオリーヴを、怒鳴り散らしているところに父であるダルト公爵が帰宅して、義両親がしていたのを知って、ダルト公爵家に来るのを遠慮してくれと言った。
「そんな、孫に会わせないつもりなのか?!」
「女の孫は利用価値がないのでしょう? ですが、私も私の両親もそんなことを思ったこともない。この家の跡継ぎは、男だけとは限らない」
「は? 女に継がせるつもりだと? ご冗談を」
「そんなことしたら、ダルト公爵家が笑いものにされるわ」
「古くさい考え方しかできないようだ。孫たちにいい影響を与えられるとは思えない。私の許しもなく、孫たちにも会わないでくれ。あの子たちは、公爵家の人間だ。あなたたちの駒ではない」
「「っ、」」
こうして、母方の祖父母はダルト公爵の逆鱗に触れることになった。
それに流石にまずいと思って、これまで蔑ろにしていたダルト公爵夫人となった娘に間を取り持ってもらおうと必死になった。
「え? 2人を出禁にしたの?」
「そうなんだ。私たちにとって、大事な孫だと言うのに」
「あんまりだわ」
「……そんなことをするなんて、わかったわ。私が旦那様に話すわ」
「そうか。やっぱり、お前はダルト公爵夫人になっただけはあるな」
「っ、」
「本当にそうね。お前が、ダルト公爵夫人になって私たちも鼻が高いわ」
ダルト公爵夫人は、そんな風に両親に言われて嬉しそうにした。
両親に利用されているだけだとは、欠片も気づいていなかった。
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