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しおりを挟む「メイヴァント。失礼な子息と聞こえたけど、一体、何のことかな? 教えてくれるかな?」
「……」
すかさず兄が聞き捨てならないことを耳にしたとばこりに聞いていた。その目は、怒っている時の目だ。この兄も、中々のシスコンだが、ジェンシーナはそれに気づいていなかった。
婚約者の令嬢命のような兄だが、それはそれ可愛い妹は守るべき者と思っているような人だ。
その兄と婚約した令嬢からも、溺愛されているのがジェンシーナだ。ジェンシーナのことを可愛がる人が、兄の婚約者の条件だったことすら、ジェンシーナは知らない。
メイヴァントは、ジェンシーナの兄が戻って来ているとは思っていなかったが、どちらにしろ。あの無礼な子息の末路は、最悪以上が確定しているのだから、そうは変わらないだろうと思っていた。
ジェンシーナは、両親と兄に今日あったことを話す気はなかった。笑われると思っていたのだ。兄は笑いはしないかもしれないが、義姉に話したら乗り込んで来そうで、忙しいのに申し訳ない気持ちが大きかった。
この後、メイヴァントに聞いて一番怒ったのは父ではなかった。更に兄でもなかった。いつも、のほほんとしている母だった。
「旦那様。私たちの娘が、これほど馬鹿にされたのです。それ相応のことをなさってくださいますよね?」
「いや、王太子とその婚約者の家がやるなら、わざわざ騒がなくとも……」
この辺までは、父とジェンシーナは同意見だった。兄は、眉を顰めていたが黙っていた。母が怒っているとわかって黙ることにしたようだ。
「旦那様。ヴェブレン男爵家の子息に我が家の娘が、馬鹿にされたのですよ? あの、ヴェブレン男爵家に」
「……あぁ、あの家か。そうか。そうだな。そこは、きっちりしておかないとな」
「?」
まただ、“あの”とつく家なのだが、それを大人たちがよくしていたのをジェンシーナは聞いた。噂に疎いジェンシーナですら、耳にするくらいだから、よく話題になっているのだろう。
「“あの”って、何?」
「あら、ジェンシーナは知らないの? ヴェブレン男爵夫人は、学生時代に散々なことをしていたのよ。あることないこと言いふらして、そのせいで婚約が駄目になって泣いた令嬢が、どれだけいたことか」
「え?!」
なんてことをしているんだとジェンシーナは思ってしまった。
「私の友達も、被害にあっていたわ。私も、旦那様との婚約をぶち壊されそうになったのよ」
「……そんなことしたのによくヴェブレン男爵夫人になれたね」
「元は公爵令嬢よ。今の国王の婚約者になろうとしてなれなかったのだけど、どこにも嫁ぎ先が見つからなければ、修道院に入るはずだったのに男爵が、可哀想だと言って結婚してしまったのよ」
「……」
それが、跡継ぎどころか。女の子も生まれないことから、跡継ぎを養子にすることにしたようだ。
それが、とんでもないのを養子にしたのだ。他にはいなかったのだろうが、若い頃に色々やらかしたのなら、養母にそっくりなだけだ。縁とは不思議なものだとジェンシーナは思ってしまった。
「ジェンシーナ。お父様にお任せすれば、大丈夫よ。今は、ヴェブレン男爵夫人でしかないもの。結婚してから、実家に縁を切られているから、前のようにもみ消すなんてできないわ」
「え、あ、うん」
その時の母が、今までで一番怖かったかも知れない。幽霊より、怖いのは生きている人間かも知れない。
若い頃に晴らせなかった恨みを今、一気に晴らそうとしているようにすら思えた。それが、娘にまで迷惑をかけてきたのかと思うとはらわたが煮えくり返ったのかもしれない。
チラッと隣を見れば、メイヴァントも怖かったようだ。幽霊の時より、動揺が見られる。こんな顔をするのは珍しい。彼はルード公爵家の子息だ。滅多なことでは動揺を悟られないようにしている。何なら、ジェンシーナの後ろに隠れようとすらしていることに苦笑してしまった。
ジェンシーナが幽霊を怖がった時以上に怖がっているようにすら見える。幼い頃は、いつもこんな感じだった。メイヴァントは、ジェンシーナの後ろに隠れていたことが多かった。
だが、気取られたくないのか。メイヴァントは、ハッとした顔を背けて、色々と話すことがあるからと帰って行った。
兄は、やることなくなってしまったなと苦笑していただけだった。
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