見知らぬ子息に婚約破棄してくれと言われ、腹の立つ言葉を投げつけられましたが、どうやら必要ない我慢をしてしまうようです

珠宮さくら

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「ジェンシーナ様、聞きましたか?」
「……」


それだけで、何を聞いたかなんてわかるわけがない。声をかけられた侯爵令嬢のジェンシーナは、声をかけて来た子爵令嬢のエイリーカ・ミューレにきょとんとした顔を向けた。全く違うことを考えていたせいもあるが、間抜けな顔はしていなかったはずだ。

エイリーカは、のんびりしたところがあって、こんな風に話すのは決してわざとではない。……そのはずだ。

時折、せっかちな令嬢や子息を怒らせているのを目撃したりするが、それすらなぜ怒っているかに気づかないような令嬢だ。


「一体、何を怒っていたのかしら?」
「……」
「ねぇ、あの方、本気で言っているの?」
「物凄く本気だと思う」
「物凄く?」
「そっくりな身内がいるので」
「あぁ、それは、大変ね」
「……」


こそっと聞かれた時になぜか、ジェンシーナに同情されてしまったが。おかしいが、それ以来、気が長いと思われている気がする。そんなつもりはないのだが、身内に鍛えられたものはあるのかもしれないが、怒らせようとしてやっているのではないのだ。

エイリーカの婚約者は、そこが彼女の魅力だと力説しているようだが、魅力について婚約者の子息以外が十分理解しているかは怪しいところがあった。まぁ、婚約者に嫌われなければそれでいいのかもしれないが。

ジェンシーナは、このテンポに慣れていた。母は、こんな感じなのだ。生まれた時から、鍛えられている。母のような女性なら、そこも素敵になるのだろう。なにせ、美人なのだから。美人は何かと得をする。ジェンシーナには縁のないものだ。

でも、急いでいる時にはイラッとしてしまうのも、ジェンシーナにもよくわかった。今まさに急いでいるジェンシーナのことなど、気づいていないようだ。いや、本当に全く気づいていないだろう。気づいてくれたら楽なのだが、期待は薄そうだ


「えっと、何をでしょう?」


待てど暮らせども続きがないので、ジェンシーナは続きを促すことにした。危うく何の話をしていたかを忘れそうになってしまった。


「変なのが出没しているそうですよ」
「……変、なの?」


それを聞いて、随分前の幽霊のことかと思ってジェンシーナは動揺してしまったが、どうやら違ったようだ。出没=幽霊なのもおかしいのだが、そこまでジェンシーナは考えが至らなかった。色々と疲れているのだろう。

まだジェンシーナの中では、バレたらまずいと思っていた。もはやバレようもないのだ。爆走さえしなければ。なのにジェンシーナは、爆走したらすぐに玄関に着くのにと思っていたせいで、それを見透かされたかのようにして、ビクついていた。エイリーカが相手でなければ、他の人は怪しんでいたことだろう。挙動不審すぎていた。

こんな姿を幼なじみに見られたら、怪しむどころか。笑われていただろう。この場にいなくて本当によかった。

そんなことを思っているとエイリーカは、全く違うことを話した。ジェンシーナが何を考えているかなんて知っちゃことないかのように見えた。まぁ、これも、いつものことだ。母も同じだ。空気を読まないのではない。読めないのだ。


「最近、令嬢が1人でいると夕方くらいから声をかけて来る子息がいるそうなんです」
「……」


エイリーカの言葉にジェンシーナは、目をパチクリとさせた。それを聞いて、貴族がナンパでもしているのかと思ったが、そんなことでここまでビクつくとは思えない。この令嬢は、違う気がする。

いや、1人を狙うのならば、ナンパではないのかもしれない。不埒者かと思うが、そんなのが学園に出たなら、その婚約者やらがそのままにしておくはずがない。

ジェンシーナは、あれこれと考えていても、その先が検討もつかなかった。もはや続きを聞くしかない。ジェンシーナの頭では答えに辿り着けそうもない。


「それを聞いていたので、早く帰ろうと思っていたのです。でも、図書館で面白い本を見つけて、ついつい読み込んでしまって気づいたら、こんな時間になってしまっていて、ジェンシーナ様がいらしてよかった」
「……」


いやいや、残っていた理由なんて、聞いていない。それよりも、子息が何をしているかだ。そちらが気になる。安心されても、困る。

ジェンシーナはその手の話題に入らないせいで、有名なのかもしれないが聞いていないのは、いつものことでエイリーカも知っているはずなのだが、この令嬢は自分のテンポを乱さない。この状況でも、そうなのだから並大抵のことでは怒らない気がする。

そんなところも、母を思わせた。彼女の婚約者が、ジェンシーナの父のような人ならいいが、合わなくなったら大変になるだろう。それか、子供が生まれて、ジェンシーナや兄のようでなければ、家庭内でも大変になるはずだ。

なんて、ジェンシーナは余計なことを心配してしまったが、話を促すことにした。そうでなければ、進まない。


「……えっと、その子息は1人でいる令嬢に話しかけて何をなさっているんですか?」
「それが、婚約者を探しているとか」
「は……?」


それを聞いて、ゾワッとしたものをジェンシーナは感じた。まさしく、それこそ本物の幽霊ではなかろうか。なんか、聞いたらまずいことを聞いた気がして、ゾワゾワした。


「それって、幽霊……?」
「っ、やだ。やめてください! 私、駄目なんです」
「……」


エイリーカは、耳を塞いで身悶えしていた。どうやら、そこを言いたくなかったようだ。だから、いつも以上にのらりくらりと話していたことにようやくジェンシーナも気づけた。

ジェンシーナは、私だって本物は駄目だと言いたかったが、1人ではないのだ。エイリーカに話しかけられてよかったとジェンシーナの方こそ思わずにはいられなかった。

まさか、本物が出ているとは思っていなかった。そういえば他の令嬢たちはしきりに時間を気にしていた気がする。それをジェンシーナは用事があるものと思っていたのだが、夕方になったら危険だと思ってのことだったようだ。

そんな令嬢たちにジェンシーナは、自分が残るからと帰してしまっていた。何てことをしてしまったんだと頭を抱えたくなった。令嬢たちは、ホッとしてみんな帰ってしまっていた。誰1人として、ジェンシーナのことを心配しなかった。

ジェンシーナなら、幽霊くらい平気だと思われたのかも知れない。平気そうに見えるのも心外だが、帰っていいと言ったのは、ジェンシーナだ。責められはしない。

都合よく使われた気がするが、それもジェンシーナが何かあるのかを聞かなかったせいだ。


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