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しおりを挟むとある世界に美しくて、豊かな国と断トツで評判の国が存在していた。街の人々は活気に溢れ、他国との交易も盛んで、誰もがクレオンという国に住む者を一度は羨んだ。まるで、おとぎ話に出てくる楽園のようだと人々は言い、そこに住まうことは叶わなくとも、旅行に一度は訪れたいと憧れを抱く者は後を絶たなかった。
「クレオンに行って来たのよ」
「まぁ、話を聞かせて」
貴族たちは、クレオンに旅行に行ったと話すだけで、話を聞きたがった。行ったと言う彼女を質問攻めにした。
悔しそうにするのは、行ってきたと話す女性より数週間前にクレオンに行ったことでちやほやされていた人だけだ。
そんな女性に勝ち誇った顔を見せているのは、旅行から戻って来た女性だが、そんな余裕で優越感に浸っていられるのも、次の旅行者が現れるまでのことだ。彼女は、次が現れるのが早いか、遅いかでだいぶ違うのだが今、自分がしているように前の人が快く譲ってくれないと妬まれ、その後、恨まれ続けることになることを知るのも、自分がされてからになるとは思っていなかった。
そんなことに気づくことになるまで、1ヶ月もかからなかったが、今はお土産を配るのも大変だと思っているところだった。そこをきっちりしていなければ、その後の扱われ方がわかりやすく変化することもあり、クレオンに旅行に行こうとする者は後を絶たなかった。
行った後の方が、もっと面倒くさいことになることまでは考えていない者ばかりが、ちやほやされたいがために旅行へ向かっていた。
その日のことを女性は、夫と話していた。
「全く、旅行に行くのも大変だったが、土産も馬鹿にならないな。あんなに買う必要があったのか?」
部屋に山積みの土産にうんざりした声を出したのは夫だった。
「そのおかげで周りは羨ましがってくれるわ」
「それはわかるが……」
思っていたよりも、金がかかったことに夫は眉を顰めていた。土産もさることながら、妻の散財っぷりを目の当たりにして、旅行先から戻って来てぎくしゃくしていた。
クレオンで買って来た服やら小物の量が凄かったのだ。夫は、色違いまで買い占めた妻にドン引きしてしまっていたが、そんなこと彼女は気づいていなかった。妻の頭の中は、それを小出しにパーティーで見せたりするための算段で頭の中は大忙しだった。
そうはいっても散財したのは、妻だけではない。夫の方も、色違いを買うことはないが一点物だと言われるとそれがかなり値のはるものでも、根切りもせずに買っていた。そういうところで値切るのは恥だと思っていたのだ。
それを妻は、勿体ないと思っていてしつこく値切る姿に幻滅もしていた。そんな風にあれやこれやと散財した夫妻は、この後、旅行先でのことで夫婦仲が冷え切っていくことになり、お互い数年後には愛人に夢中になって仮面夫婦となる未来が待ち受けていることを知らずにいた。
そんな夫婦は、たくさんいた。憧れの国に旅行したが故にその後、破滅していく者たちは後を絶たなかったが、それをクレオンのせいにする者はいないことで、クレオンへの憧れは増すばかりとなった。
彼女も、次にそこに行って来たと話す貴族が現れるまでは一躍時の人扱いだった。その間、夫婦で溝が深まっていることもあまり気にならなかった
。それが、落ち着いた途端、旅行に行くまで仲睦まじくしていたのが嘘のように一緒にいるのも嫌になるまで、大した時間はかからなかった。
だが、彼女たちが初めてではない。みんな、旅行に行くことに憧れているが、行って来た者のことをあまり見ていなかったせいで、幸せとは程遠い生活を送っているのに気づく者はいなかった。
よくよく周りを見る者がいれば、おかしいことに気づいてもよかったのだが、そこに気づく者は現れることはなかった。そこが既におかしなことになっていたのだが、誰もそのことを話題にすることはなかった。
その世界では、選ばれた者は永久の幸せを掴む。そう言われていた。選ばれる者が現れるなら、クレオンの国に住む者になるだろうと誰もが思っていた。
「あの国に生まれたかったわ」
「そうだな」
夫婦や婚約した者は、伴侶があの国の出身ならもっとよかったのにと心の中で同じことを思っていることに気づくこともなかった。
そこの出身ならば、益々選ばれる確率があがると思っているのも大きかった。誰も彼もが、そこにさえいれば、自分が選ばれる自信のある者ばかりで、変な自信を持つ者ばかりだった。
でも、実際はクレオンに住んでいる者たちは、自分が選ばれると思う者は少なかった。既に完璧な令嬢が、その国には存在していて太刀打ちできないのを間の目の当たりにしているせいで、そんな希望や夢を持つ者はいなかった。
「他所に住んでいる人たちが、時折羨ましく思えるわね」
「そうね。外に住んでいれば、永久の幸せを掴むのに選ばれるのは、僅かでも自分にもあると勘違いできるものね」
クレオンに住む貴族たちは、他所から来て観光してはしゃぐ人々を見て、ぽつりとそんな話をしていた。大きな声では決して話せないことだ。
観光客がなくなれば困ることもよくわかっているから、下手なことが耳に入らないようにしていたが、時折あまりにはしゃぐのを見て、そんなことを言わずにいられない時があった。
観光客に見せるために出かける時は、それ相応の格好に気をつけなくてはならない者は、貴族だけではなかった。
商売をしている者たちも、観光客にいい気分になってたくさん散財してもらうためにお世辞を言いまくっていて、たんまり金を落として行ってくれるようにして、帰って行った途端に馬鹿にしたような目をしていた。
「今日も、いいかもが来たな」
「やっぱり、他所から来た連中は見栄っ張りばかりだな。値切るなんてしやしない」
「本当にな。あんなもんにあれだけの金を払うなんて、馬鹿だよな」
「この間、珍しく値切られて驚いたがな」
「あれは凄かったな。旦那が、ドン引きしてた」
「だが、ギリギリの値切りは、目利きだと思っちまった」
値切りをしたことより交渉のみならず、価値をきちんとわかって値切るのに変な感心をしてしまったが、旦那の顔が忘れられなかった。あれは、今後の夫婦生活に支障をきたしたに違いない。だが、そんなところまで心配する者はいなかった。
「あんなのばかりになったら、こっちが商売にならない」
「値切られるなんてされたことないから驚いたが、あんなのはかりになったら世も末だろうさ」
土産にするのにいいものは、毎週のように替えていた。それが、被らないようにするために工夫するのも大変だったが、その分が金になるのだからと売り込む面々も慣れたものだ。
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