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しおりを挟むまた明日会おうと約束なんてしたことは一度もなかった。しなくとも、当たり前のように次の日か、その次の日には来ていたのだ。だから来ると勝手に思っていたのだが、それから何日も姿を見せなくなって、リュシエンヌは不安に苛まれることになった。
当たり前になった日常が崩れたことに言い知れぬ不安がリュシエンヌの中に渦巻き始めたのだ。
「もう、ここには来ないのかな?」
そんな風に思って、もう二度と会えないかも知れないことに今まで感じたことがない恐怖が心を占めることになったのだ。
それは、初めて感じる底知れぬ恐怖だった。ある日、訪れたその感情にリュシエンヌは震えた。
そんなことを思っていると人がやって来る音がして、リュシエンヌはあの子が護衛とやって来たのだと思って笑顔になって、そちらを見た。
「え?」
でも、そこにいたのは、待ちわびていた人物ではなかった。全然知らない男たちが、そこにいたのだ。
その中にあの子と護衛はいなかったが、別の男性が人を引き連れてやって来ていて、花を根こそぎ持って行こうとしたのだ。
「何で、そんなことするの?」
根っこから掘り起こして持って行こうとする大人にリュシエンヌは眉を顰めずにはいられなかった。疑問だらけで、思わず聞いていた。
「お嬢さん、このことは誰にも言わないでくれ。他にも、この花がたくさん咲いているところを知っていたら、教えてくれないか? お駄賃をうんと弾むよ」
「……」
猫なで声で、お金をちらつかせながら言う男にリュシエンヌは、ムッとした。
「どこにでも咲いているわ。ここは、私が先に見つけたのよ! 他に行って!」
リュシエンヌは、何を言ってるんだとばかりにそう答えて、他に行ってと言ったのが気に入らなかったのだろう。
男はこの国にしか咲いていない花が、どこにでも咲いていることを信じていないようで、リュシエンヌの言葉に金をしまって恐ろしい形相をして怒鳴りつけるだけで飽き足らず、突き飛ばしてきたのはすぐのことだった。
それこそ、何かしらの条件が揃わないとたくさん咲くことはないと思っているようだ。それは誤解でしかないのだが、子供のリュシエンヌに言われたことが余程、腹が立ったようだ。
「っ!?」
「この花が、こんなに咲いているところを初めて見た。この国でしか咲かないが、どこにでも咲いているだと? ふざけたことを言うな! この国の中でも、こんなに咲き乱れる場所なんて、どこにも見たことがないぞ!」
そんなことを言われても、リュシエンヌには見慣れた光景でしかなかった。だが、言い返すことはできなかった。突き飛ばされ、恐ろしく怖い顔をして睨みつけられて、リュシエンヌは泣きそうになりながらも、ここにはいられないと逃げ出すように駆け出していた。
「待て! 逃がすか!」
「っ、」
男は、リュシエンヌを他の者に捕まえろ!と言い、このまま逃しては大人に告げ口するとでも思ったのかも知れない。捕まりそうになって男の指に噛み付いて、その痛みでふっ飛ばされながらも、何とか逃げ切ることができた。
とても怖い目にあったリュシエンヌは、泣きながら帰宅して、そこからしばらく、あの場所へと行く気になれなかった。
「リュシエンヌ様!? 大丈夫ですか?」
「何でもないわ。転んだだけよ」
仲良くしてくれていた使用人たちに心配されたが、この日のことをリュシエンヌは誰かに言うことはなかった。
ただ、初めてあの子に二度と会えない恐怖と別の恐怖にあうことになり、リュシエンヌの中に一点の黒いしみのようなものが生まれた。
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