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しおりを挟むだが、この時の父はいつもと違うことを提案してくれた。きっと、約束をたがえることになったことと色々なことを考慮して、妥協案を考えずにはいられなかったのだろう。それもこれも、凛を思ってくれてのことに違いない。
そういうところが、慕われるのだろう。以前まで一緒に働いていた面々から年賀状が届いたりしていた。近くのところに引っ越したとわかれば、会いに来てお酒を飲んだりしているようだ。父のように転勤が決まって、家族が引っ越しに積極的ではない時にどうしていいかと相談されたこともあったようだ。その都度、どうしたら一番その家族にとっていいかを一緒になって考えていたようだ。
娘の凛は、全く違うことで落ち込んでいたが、両親は約束していたことを守れなかったせいで、落ち込ませてしまったと思っていることにも気づく余裕はなかった。
お互いが、お互いのことを気遣っているのだが、勘違いしていることで、リビングの空気はどんよりとしていた。
それは、この家では珍しいことだった。
父は、凛を見ていたたまれない顔をしながら、話を続けた。
「それでな。母さんとも話したんだが、元々お前が高校生の間は転勤しないと約束したのは、父さんだから、今回はこのままこっちに残ってもいいぞ」
「え?」
(残る……? 残るって、え?? 一人ってことだよね?)
そんなこと言われたことは、これまで一度もなかった。言われるとも思っていなかった凛は、ポカンと間抜けな顔をして父を見た。
そんな顔をした凛に父は苦笑しながら、目をしっかり見ながら話をした。
凛も、その目を見ながら話を聞いた。そもそも、話が違うなんて凛が怒りを覚えることはなかった。普通なら、約束したのにと言うところなのかも知れないが、凛はどうしてもそういうことが苦手だった。
そのせいか。反抗期というものに未だに無縁だったりする。だからといって、我慢しっぱなしなわけでもないのだ。
それでも、今回のことは怒ったり悲しんだりしていいことだったのだが、凛の感情の矛先は自分の至らなさに向かうのだ。そんな風に思いやれる思考を持つ者は、大人でも中々いないのかも知れないが、この両親の元で育った凛にとっては、それが普通だった。
「ここに住み続けるのは無理だが、高校生でも住めるところを探した。一人暮らしになって、凛は大変だとは思うが、このまま残って高校を卒業してもいい。それか、これまで通りに一緒に転勤先に来るかは、凛が選んでくれていい」
「……」
凛は、転勤と聞いて段々と頭の中が真っ白になりかけたが、それ以上に自分のことばかりだったことを反省することになった。
両親が必死になって考えてくれていたこともわかって、それについても考えることになったのだ。
(益々、申し訳ないな。私の寝不足な理由なんて、夏休みを満喫するプランを計画していただけなのに。それに比べて、父さんは会社でも模索してくれて、私のことも気遣ってくれて、クマもできるよね。母さんだって、同じようにクマができてるのにも、私は全然気づいてなかった。……駄目だな)
このまま残って高校を卒業するのか。それとも、親と一緒に引っ越して転校をするか。これまでは、残る選択なんて考えたこともなかった凛は物凄く悩んでいた。
父だけでなくて、母も凛を気遣ってくれていた。大学からは一人暮らしすることになるからと、自立と自活できるように何かと困らないようにと常日頃から教えてくれていた。
だから、このまま一人暮らしを急にすることになっても、凛ならやっていけると思っているようだ。
それこそ、小学校、中学校と転校ばかりだったため、友達の家に遊びに行くことも滅多になかった。行く約束までしても、実現しないこともあった。
そのため、家の手伝いをしつつ、時間を有効に使うことを覚えたに過ぎないのだが、それがここにきて役に立つことになったようだ。
まぁ、色んなところに引っ越したから、郷土料理がごちゃまぜになってるけど、美味しければいい。そう、美味しいとこどりな料理なんだから、問題ないはずだ。
料理のことよりも、必死になって高校を受験して、転勤するたびに友達と離れることになったこともあり、高校ではそれがないと思って友達との距離感も今までのように転勤するまでの関係みたいに割り切って付き合ってはいなかった。
そのため、夏休みの予定も結構あったりする。何気に思い出をたくさん作りたくて、友達に声をかけまくったのは凛だったりする。
凛が、そういうのをやっているせいか。はたまた今年は受験生だからかはわからないが、今年はみんな凛が計画立ててくれてるだろうからと向こうから誘われてはいなかった。
多分だが、自分から誘って遊べば親に怒られるからに違いない。凛に誘われて、どうしても断れなかったと言えば、親たちの怒りの矛先は凛や凛の両親に向けられることになる。
それを凛は全く考えていなかったのだ。自分のように計画を立てていて、全力で遊べるようにしているのが当たり前のように思っていたのもあったのだが、みんながみんな凛のように余裕のある生徒の方が珍しいことを知らなかったのだ。
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