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第3章

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「……え? 養子のままでいいと?」


フィオレンティーナは、頷いた。

オギュストは、話があると言われて硬い表情をしていたが、何とも言えない顔をしていた。せっかくの美形が、ちょっと間抜けに見える。それでも見目麗しさはあまり損なわない。近親感はわくが、こういう時に美形は得するようだ。

クラリスも、同席していて夫の残念な姿に何とも言えない顔をしていた。そっちを見ていたら、オギュストは愛してやまない妻に残念だと思われていることに二重のショックを受けただろうが、そうはならなかった。

いや、そうでもなかったかもしれない。


「クラリス。これは、現実か?」
「旦那様。現実ですよ。花の守り手であるフィオレンティーナ様は、私たちが養父母になってくれると嬉しいそうです」
「っ、」


オギュストは、ある単語に目を輝かせていた。その顔は、キャトリンヌによく似ていた。


「養父。……いい響きだ」


いや、似ていると思っていたが、キャトリンヌの方がしっかりしていたようだ。


「旦那様。書類をお願いします」
「っ、そうだな。あ、いや、でも……」


甘美な響きに酔いしれる間も妻は与える気はないようだ。すぐに現実に引き戻されることになって、オギュストは慌てた。


「何か?」
「兄上が、……国王が、フィオレンティーナ様にご挨拶をしてからがいいかも知れない。私たちのことしか知らない状況で、強制したと思われると困る」
「……それで、いつ頃、挨拶ができそうなんですか?」
「公務が滞っているから、数ヶ月はかかるだろうな」


それを黙って聞いていたフィオレンティーナは……。


「それって、私から行っても?」
「は? あ、いや、それは……」
「養子先がはっきり決まらないと不安で……」
「っ、!? そうだな。フィオレンティーナ様には、不安だろうな。この国は、緊急を要しないことには、のんびりとしているもので」


オギュストは、しまったという顔をした。これは、普段から兄がやることなすことがのんびりなため、言い訳のように口にしてきたことだった。それをオギュストはいつものように口にしてしまって、相手が誰なのかを思い出して、しくじったと思ったが遅かった。


「旦那様。花の守り手がやりたいとおっしゃっているのに緊急ではないと?」
「あ、いや、そうではなくて……」
「いえ、いいんです。国王陛下の面子とかありますもんね」
「っ、」


フィオレンティーナは、この国のことにとんと疎かった。

自分のことを養子にするのも、面倒事のようにフィオレンティーナは捉えていた。


(何だかんだ言っても小娘の私に好き勝手されたくないわよね。なら、養子のことは保留にしとくしかないか。……だとしたら、婚約者のことも曖昧にしとくしかなくなるのかな。養子先が変わったら、また色々あるだろうし……)


そんなことをフィオレンティーナは、思って疲れた顔をしてしまった。

そんなフィオレンティーナの表情を見てオギュストは思案し始め、妻の冷めた表情に頬を引きつらせ始めてもいた。

ただですら、フィオレンティーナが養子になりたいと言っているのに王である兄の体面をついつい考えてしまったのだ。

だが、もし、あちらがいいと言われたらリュシアンが婚約者でいるのが厳しくなりかねない。たとえ、フィオレンティーナが望んでいても。

そこで、さっさと正式に養子にしてしまおうとクラリスが行動しようとしていたのを止めてしまったのだ。失敗したとオギュストは珍しく思っていた。

オギュストは、ダラダラと背筋に汗をかいていたが、フィオレンティーナは疲れた顔をしていて、どちらを見ても自分が失態を犯したのは明らかだ。

可愛い養子と愛してやまない妻が、何より欲しがっていた義娘だ。そのまま、養娘になってくれそうにそれを邪魔してしまったのだ。花の守り手の願いだと言えば、どうにでもなったのではないかと思ったが、撤回することはできなかった。

フィオレンティーナは悶々と男の面子があると思ってしまい、オギュストが何を言っても大人しく待っているから平気だとしか言わなくなってしまったのだ。

その表情が、諦めきった顔をしていて、オギュストは胸を痛めることになった。そんな顔を自分がさせていることに罪悪感すら芽生えてしまったが、自業自得でしかない。

そして、クラリスの冷めきった目を向けられて、オギュストは胃に穴が開くのではないかと思う日々を送ることになった。だが、それも優先事項を間違えたオギュストの失態でしかない。


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