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第3章
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しおりを挟む庭師の見習いのコルラード・ディズラエリが、キャトリンヌたちの計らいで妖精の血を引く者たちが住まうフォントネル国に住むことになったのは、驚くほど早かった。
それを差配したのが、オギュストだったからだ。そうでなければ、即断即決なんてできなかっただろう。
親方のジェズアルド・ナルディーニの家族も、他の庭師たちも家族と来ていた。
「お、親方。す、凄いところですね」
「おぅ、そ、そうだな」
ジェズアルドは、フォントネル国に来ることができただけでも、庭師の誉れと思っていたが、実際に来たら話に聞いていた以上に素晴らしいところで、庭師たちは圧倒されていた。
庭師の家族たちは、住むところまで確保してくれていたことで、至れり尽くせりなことに感激していた。
そんなこともあり、彼らはオギュストのところで働くことに何の異論も出なかった。
「あの、フィオレンティーナ様は……」
「まだ、眠ったままだ」
「そんな……」
彼らがここに来るまで、かなり経っているというのに眠ったままと聞いて、事の深刻さに眉を顰めたり、悲しげにしたり、心配そうにした。
みんなフィオレンティーナのことをよく知っているからこそだった。
「彼女が喜ぶ庭にしてほしい。彼女の部屋から見えるここを先に変えてもらいたい。頼めるか?」
オギュストの言葉に庭師たちは、一斉に頷いた。王弟というだけあって、屋敷の庭は広かった。何なら、使っていない別荘やらもいくつもあった。
そこの庭師の管理も、そのうち任せようと思っていた。
そこにキャトリンヌが、コルラードを見つけて手を振りながら駆けて来た。それは、キャトリンヌには珍しい行動だった。
その後ろからジョスランが、追いかけて来ていたが、キャトリンヌの速さについて来れなかったようだ。
庭師たちが、ここに来ると聞いてキャトリンヌは、久方ぶりにオギュストの屋敷に来ていた。フィオレンティーナに会いたいが、そこをぐっとこらえていた。
それが丸わかりだが、キャトリンヌは……
「見習い! かご、かご、作って!」
「こらこら、キャトリンヌ。落ち着け」
オギュストは、そう言ったが聞いてはいなかった。ジョスランは、息を切らしていて、それどころではなかった。オギュストが使用人に水を持ってこさせて、それを飲んでやっと落ち着いた。
「あれ、フィオレンティーナ様、お部屋、飾れる!」
「部屋に飾れる……? 何の話だ?」
オギュストは、妖精たちを見てキャトリンヌを見て、それから庭師の見習いを見た。
ジョスランは、補足のように話したので、オギュストはすぐにこう言った。
「必要なものは?」
「えっと」
コルラードは、フィオレンティーナのためにできることをやることに異論はないが、その圧が凄いことに挙動不審になってしまっていた。
もっともオギュストの威圧で、それで済んでいるのも珍しい。キャトリンヌはともかく、ジョスランも威圧をされると大変なのだ。それに比べてコルラードは、ジョスランとは違う反応をしていた。
威圧されていない他の庭師たちが、腰を抜かしたりしているが、コルラードは顔色を悪くさせるわけでもなかった。別のところを見て、困っているように見えた。オギュストよりも、妖精たちが怖かったのかも知れない。
トゥスクルム国の比ではないほど、妖精がいるのだ。まぁ、あそことここを比べるのが、おかしいのかも知れないのだが、来たばかりのコルラードには助けを求めたくなるレベルの圧力しかなかった。
が、ふと、コルラードはあることに気づいた。
「あ、キャトリンヌ様。火傷なさったのでは? 大丈夫なのですか?」
「っ、うん! フィオレンティーナ様、おかげ!!」
「えっと」
コルラードは、それだけでわからないでいると妖精たちがその話をして、すぐに笑顔になった。
キャトリンヌは、ほら!と手を見せた。火傷などしたこともないような綺麗な手をしていたのだ。
「火傷は、痕になりやすいのに。何も残らないなんて、……フィオレンティーナ様らしいですね」
「っ、ん。フィオレンティーナ様、優しい!」
しみじみとコルラードは、そう言った。そこから、材料を手にしたコルラードは、キャトリンヌに急かされながらも、楽しげにかごを作った。
側でどうやって作るのかとじーっと見つめているキャトリンヌがいても、作業を始めればコルラードも気にならないようで、ジョスランも関心していた。
屋敷で祈ってばかりいたキャトリンヌが体力を取り戻すのも早かった。何ならジョスランよりも早かった。先祖返りしているキャトリンヌとは、ジョスランは違ったようだ。
そのため、密かに筋トレを始めたが、それを妖精たちは黙っていた。茶化すものはいなかった。前までは、それが面白いと思っていたが、今の妖精たちはフィオレンティーナが喜ぶことが中心になっていて、悲しむことや怒らせることは、絶対にしないようになっていた。
そのため、ジョスランの姉の側に妖精たちは寄り付かなくなっていた。それに彼女は全く気づいていないようだが、そんな彼女に構う妖精はいなくなっている。
両親も、もう姉に何か言うことはなくなっていた。美しかった姉が、荒んだ心を現すかのような容姿になっていたが、本人が何がいけないのかに気づかない限り何も変わりはしないだろう。
その上、部屋から出て来なくなったのだ。部屋で祈っているとも思えないが、本人が気が付かない限りは無理だと放っている。
ジョスランは、そんな姉のことより、婚約者のフィオレンティーナを想う心の美しさに惚れ直していた。
そして、もっと自分にもできることはないかと考え始めるほどだった。
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