前世の祖母に強い憧れを持ったまま生まれ変わったら、家族と婚約者に嫌われましたが、思いがけない面々から物凄く好かれているようです

珠宮さくら

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第1章

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ゆっくりと目を開けた。その顔には涙を流した跡があった。


(随分と懐かしい夢を見たな。あぁして見るとおばあちゃんって、私が覚えている限りじゃなくて、ちっとも変わってなかったのよね。まるで、歳を取っていないみたいにすら見えた。そんなわけないけど。私も、あぁなりたかったな。あんな風に素敵なおばあさんになって、日がな1日花に触れて、花の世話をして、花好きの人たちにも囲まれて、笑顔になる人たちを見ていたかった。お金になるか、ならないかなんて関係ない。私が何をしている時が一番幸せなのかを突き詰めればよかっただけ。そこを今更、思い知った)


前世の夢を見て起きた女の子は、そんな風に思って目が覚めてから、夢で見ていた世界を懐かしんでいた。

あの調子で、前世の母は祖母と一緒に暮らすなんてことをしたら、孫に悪影響を与えるだけだと思って、週末だけ通うことを許してくれていた。共働きだったから、一緒に暮らしていた方が働きやすかったはずだが、そこら辺は意地になっていた気がする。

懐かしさに転生した女の子は、祖母のことや憩いの場のことや花好きな人たちを思い出すことになって、少しばかり涙目になっていた。夢を見ながら泣いていたはずなのにまだまだ泣き足りなかったようだ。


(花好きに悪い人はいないって、おばあちゃんはよく言っていたけど。夢をたまに見るたび、実感するわ。おばあちゃんが言っていたことに嘘なんてなかった)


夢で会えるが、現実ではない。過去にあったことだが、この世界であったことではない。夢で見ることはできても、直接会って話すことはもはや叶わない。

夢を見ていても起こったことを見ているだけのはずだが、その視点は前世の自分の目線からではなかった。ある一定の距離から眺めていた。付かず離れずの距離で、誰かの視点から見ているようだが、それが誰なのかはわからなかった。

それこそ、前世の頃にそんな近くから見ていれば気づかないはずがないのだが、そこに誰かいた記憶が転生した彼女にもなかった。

だが、それを深く追求することはなかった。誰の目を借りて見ているにしろ。感謝しても、気持ち悪いとか、気味が悪いと思うことはなかった。


(おばあちゃん、元気にしてるかな? おばあちゃんの育てた花をもう一度、この目で直に見たいな。花の香りを嗅ぎたい。夢だと触れているのにその感覚もなければ、香りもしない。だから、現実じゃないってわかるのに一通り見終わるまで覚めないのよね)


ふと、考えても仕方がないことをあれこれと思ってしまって更に泣きたくなった。

だが、今の彼女に感慨深いことをしている時間はなかった。

前世の祖母に似た無類の花好きなところは変わることなく魂に刷り込まれたまま、付け加えて前世の記憶を持ったまま、トゥスクルム国の子爵家の長女として生まれることになった。そして、そこでフィオレンティーナという新しい名前を与えられることになった。

フルネームは、フィオレンティーナ・アルタヴィッラ。

夢の中では前世の名前だけが、どうしても思い出せず、呼ばれている部分が聞こえなかった。目覚めても、そこだけが思い出せなかった。

でも、そんなことフィオレンティーナは気にもならない些細なことでしかなかった。自分の過去の名前がわからなくとも、祖母や祖母が世話していた花たちを見れるのだ。それでいいと思っていた。たとえ、花の香りがわからなくとも、その花に触れることができなくとも、色褪せない記憶が見れるだけで十分だった。

生まれ変わったフィオレンティーナの花好きは、前世の祖母譲りのまま。いや、転生した環境のせいで、更にパワーアップしているかも知れない。

花に触れていられる環境が、唯一自分が自分でいられるようになっているせいで、花の世話ができるなら、他のことは大して苦になっていなかった。

子爵家の長女として、トゥスクルム国に生まれることになって、10年近く経った。そんな彼女の朝は、子爵家の使用人たちより、かなり早かった。

この日も、太陽が昇る随分前に起きていた。彼女の部屋にあるものは、子爵家の令嬢とは思えないほど簡素なものばかりが揃えられていた。美しく着飾るものなど、クローゼットにもほとんどなかったが、フィオレンティーナはそんなものなくとも気にしてはいなかった。

一応、生まれた時から婚約者はいるが、あちらの子息も変わっているため、滅多なことではフィオレンティーナに会いに来ることはない。そのため、どこかに出かけることも特に必要としないフィオレンティーナには、それで十分だった。


(早く準備しなきゃ。間に合わなくなる)


フィオレンティーナは、質素な服を着て、洗濯する服を仕分けて汚れの酷いものを水に付けてから、厨房へと向かった。

彼女は、ここ数年、朝早くから遅くまで使用人の仕事をこなしながら生活をしていた。子爵家が貧乏で、使用人たちを雇えないわけではない。そこには、ちゃんといる。必要最低限の人数しかいないが、それでも雇っていた。いざという時にお客様が来た応対をさせるためにも必要なのだ。滅多にアポなしの客なんて来ないが。

そんな子爵家の使用人たちはフィオレンティーナに自分たちの仕事を押し付けて、自分たちはお喋りばかりをしながら、仕事をさもしているかのようにフィオレンティーナ以外の家族の前では、しれっとした顔をして仕事をしていた。それだけをこなしている状態で、給料だけを懐にいれ続けていた。

そんなことをしているのには、色々と事情があった。フィオレンティーナが虐められているからではない。……いや、虐められているというか。ちょっとした脅迫をされていると言った方が正しいかも知れない。

誰もいない厨房で、テキパキと朝ごはんをフィオレンティーナは作った。それは、家族の分だけではない。使用人たちの分まで、フィオレンティーナは1人で毎日作っていた。


(そろそろ、来る頃ね)


厨房で朝食の準備をしていたフィオレンティーナは、感覚的にそう思った。使用人たちが起きてきて厨房に現れたのだが、子爵家の長女がいても彼女たちが挨拶なんてすることはなかった。

子爵家の令嬢が厨房にいるのに驚くこともなかった。これが、ここではすっかり普通になっているせいだ。


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