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プロローグ
後編
しおりを挟む「ーーちゃん、このお花たちは、とっても仲良しなの。だから、くっつけて植えてあげると両方とも、とっても元気になるのよ」
「なかよし!」
祖母の話に幼い孫は目を輝かせて、花の話を時間が許す限りひたすら聞いていた。そんな孫に祖母は、にこにことしていた。花の世話をしている時に嫌な顔をしたところは、一度も見たことはなかったが。
「でも、こっちの子とは、すぐに仲良くなれないの。この子を側に植えると仲良しな花たちが、元気でなくなってしまうの」
「どうして、そんな、いじわるするの?」
元気でなくなるのは、意地悪だからだと思ったのだ。眉を顰めて悲しげにする孫にも、祖母はわかるように話をしてくれた。
(この説明の仕方も、好きだったな)
そう、いつも祖母は、孫にもわかると信じて話をしてくれていた。他の大人は、子供になんて話してもわかりもしないと思って適当な話をするが、祖母は違っていた。もっと幼い頃から、向き合って話をしてくれる人だった。
誰に対しても、一対一で子供も、大人も関係なかった。そんなところも、孫は大好きでならなかった。そんな大人は彼女しか知らなかった。
「意地悪するつもりはないのよ。土の好みとお日様を浴びると嬉しくて、ついつい元気に成長してしまって、周りの子たちよりうんと早く大きくなってしまうの。そうすると影を作ってしまって、いつの間にかお日様を独り占めしてしまうから、お日様を浴びれなくなってしまうこっちの子たちの元気がなくなってしまうのよ」
早く大きくなることは悪いことではないはずだ。なのにそれで、周りが元気でなくなるのに何とも言えない顔をしていた。
幼いながらも、わざとではないのにと思ったのだ。ただ、元気なだけ。
あの頃の自分のように。聞いているあの子は、耳が痛いものがあった。
(あなたと同じとは、言われなかったっけ。まぁ、おばあちゃんと一緒の時は、お転婆は駆け寄るくらいだったけど。前世の私は、小さい頃は信じられないくらい元気があり余っていたのよね。転生して、目まぐるしく忙しくしていても、元気なのと何か関係しているのかな?)
そんなことを懐かしいと思いながら、2人を見ていた。身を寄せ合って、祖母と孫は花を見ていた。これから、植える花をどう植えるのが一番良いかを教えてくれていた。
「そんな、いっしょにいたら、ダメなの? ひとりぼっちは、かわいそうだよ」
「そうね。だから、お日様がたくさん浴びれるところではないところで、土も好みのものになるように区切って、すぐに大きくなっても大丈夫なように仲良しな子たちの方を高さのあるところに植えるのよ。すると成長すると仲良く背丈も揃うから、お花が咲いたら、とても素敵になる」
そんな話を祖母は、孫が物心つく前からしてくれていた。言葉だけでなくて、目の前でこうやって植えてあげるのだと丁寧に教えてもくれた。綺麗に花が咲くコツも、みんなが見るのに綺麗に見える並び方も。季節によって、1箇所変えるやり方も。
「ーーちゃん。いい? 花が大好きなら、その子のことをちゃんと見てあげることが、とても大事よ。花が言いたいことを聞けるようになってあげてね」
「うん!」
その後も、祖母は色んな花のことを教えてくれた。ありとあらゆる花のことを祖母は、とても良く知っていた。花屋や庭師の人が、祖母のところに相談に来るほど、知識も経験も凄かった。
(まるで、世界中の花のことを全て知っているみたいな人だった。おばあちゃんが、知らないって言ったところを見たことなかったのよね)
ガーデニングを仕事にしていたり、庭師をしている人たちも、そんな祖母のことを頼りにしていたが、祖母はそれを仕事にしようとすることはなかった。ただの趣味として、自由気ままに楽しげにしていた。
(おばあちゃんは、ずっと変わらなかった。おばあちゃんの周りは、花好きの人たちばかりだった)
憩いの場には、色んな人がいた。とても怖そうな顔をしている人も、近所で偏屈だと言われる人も、通りすがりに偶然見つけた人も、祖母の育てる花たちのことを好いていた。
「あんたのとこは、いつも綺麗に咲いているな。まるで、花たちが喜んでいるのが、輝いて見えるみたいだ」
「あら、輝いて見えるなんて素敵なことを言ってくれるのね」
「……馬鹿にしないのか?」
「するわけがないわ。たまにはゆっくりしていって」
「俺みたいなのがいたら、他の奴が怖がる」
「なら、私が怖い人じゃないって、否定し続けるわ。ここは、憩いの場よ。自分がいたら、迷惑になるなんて思わないで。そんな気遣い無用よ」
「……あんた、変わってるな」
「そこは、きっと、お互い様よ」
強面な人が居座っていて色々言って来る人もいたようだが、祖母は有言実行で否定し続けて誤解は解けた。
どんなに見た目が変でも、浮世離れしていようとも、祖母が態度を変えることはなかった。そこも、好きだった。
「ここに来るとホッとする。素敵な休憩場所を作ってくれて、ありがとうございます」
「みんなに喜んでもらえて、世話をさせてもらっている甲斐があるわ。ゆっくりしていって」
ガーデニングを趣味にしていて、そこを憩いの場として開放していた。野菜でも育てればお金になるようなことを祖母に話すのは、孫の両親。つまり、祖母の娘夫婦だった。
それか、ただで開放せずにお金を取ればいいみたいに言うのは、決まっていた。
「お金になることを考えたら?」
「花の知識をそんな風に使うつもりはないわ。私のこれは、ただの趣味よ」
「趣味をお金にしたっていいはずよ」
「あなたは、いつもお金にしようとするわね。一体、誰に似たんだか」
「母さんも、父さんも、そういうのに疎すぎなのよ。ーーが、似なきゃいいけど」
「そうね」
祖母と両親が、そんな風に話すのを何度聞いたことか。お互いが、似てほしくないと言っていた。
(あの人は、いつもそうだった。何をするにも見返りを求めていたっけ。私は、おばあちゃんに似てよかった。母さんに似てたら、おばあちゃんのところに通い詰めてなんていなかった)
両親の姿を見ても、祖母の時のように笑顔になることはなかった。そんな顔をしている人たちだったなと思う程度で、感激することはなかった。
「全く、頑固なんだから」
「老人の楽しみだと思ってほっとけばいいさ」
「あんな広いところを維持するのにも、お金がかかってるっていうのに、無料で開放して馬鹿みたいだわ」
そんな風に母は、実の母親を貶していた。もっともいつも誰かを馬鹿にしている人だったが、よく聞くのは、祖母のことで色々言っている姿だった。
(そういう人だった。本当に誰に似たんだか)
夢の中で、前世の母を見ても懐かしいと思うことはなかった。ただ、そういう人だったなと冷めた気持ちになるだけだった。
「ーー。あなたは、お金にもならないことはしないでね」
「……」
「あんな人に似たら、将来を台無しにするわ。絶対、真似しちゃ駄目よ」
母は、ガーデニングなんてお金にならない仕事はないと思っていた。娘は、そんなことをずっと言われ続けたことで、ガーデニングを職業にすることを選ぶことはなかった。
いや、選べなかった。どんなに花が好きでも、祖母のように言われ続けることに耐えられなかった。祖母のようになるなと言われ続ける度胸が前世の彼女にはなかった。
(そうしなければ、おばあちゃんに酷いこと言うんだもの。あれは、そういう作戦だったのよね。おばあちゃんは、気にせず好きなことをすればいいつて言ってくれてたけど、私は……前世の私は、そこまでの覚悟が持てなかったのよね)
それでも、花を育てることをしないなんてできなかった。孫の女の子、つまりこうして見ている前世の女の子もガーデニングが趣味になっていた。できれば、それが仕事にできればと思っていたが、母が許してくれないとわかってから、きちんとした仕事につけるようにした。
大学生となって一人暮らしを始めて、ベランダは色とりどりの花たちが咲いていて、それを世話しながら癒やされていた。そんなこと母に見つかると色々言われるため、一人暮らしをしてから楽しくて仕方がなかった。
(花が側にないとそわそわしちゃうのよね。それをあの人は欠片もわかってくれなかった。本当に何でもかんでもお金になるかを気にしていたっけ)
そんなある日のことだ。実家に帰る時にたまたま珍しい花の苗をもらった。彼女が無類の花好きだと知っている人が、くれたものだった。
それを祖母に見せようと思ったのは、帰省が決まっていたからだ。どんなお土産よりも、それを見せたら喜ぶと思ったのだ。だから、その苗を持って帰省しようとしていた。
色んな花をよく知っていたとしても、その花を知らないのではないかと何故か思ってしまったのだ。祖母の驚く顔を見たいのも大きかった。
(あれが、咲くのを見てほしかったな。……私も、見たかった。おばあちゃんなら、ううん。あそこに通いつめていた人たちなら、喜んでくれたはずなのに)
でも、帰れなかった。居眠り運転していた車に轢かれて、あの花の苗もタイヤに潰されて、祖母にも会えず、両親にも会えないまま、一生を終えることになってしまった。
その光景を第三者の視点から見るのは辛かった。それをずっと見ているなんてできず、途中で目を背けてしまった。あれぇ助かるわけがないと思うものだった。
事故のことより、気にかけたのは前世も今世も最終的には同じところに行き着いていたことだ。
(あの花の苗を私が持って行こうとしなかったら、綺麗な花を咲かせられたのに。苗を持って移動なんかせずにいたら、車に轢かれていなかった。独り占めしてれば、こうはならなかったかも知れない。でも、私は……。前世の私は、おばあちゃんにも、あの憩いの場に集う花好きの人たちに見てほしかっただけ)
生まれ変わって思ったのは、それだった。
でも、前世の彼女は身体の痛みで薄れゆく意識の中で轢かれた苗を見て、自分の命が尽きる時に涙をしたのは、苗のことについてが大きかった。車のタイヤに無残に轢かれて苗が駄目になったのは、自分のせいだと思う気持ちが大きかった。
そんなことを思っていたのを哀れに思ってくれたのか。神様が、すぐに転生させてくれたようだ。
そこは、よく知っていた世界とは何もかもが異なっていた。
祖母にも、両親にも、友達にも会えなくなったが、また花たちに囲まれる生活を送れることが嬉しかった。
転生した先の新しい家族とはどうにも反りが合わなかったが、前世の祖母以外とは反りがあってはいなかったから、そこは大した問題ではなかった。
それに貴族というものに親しみが全くわかないせいもあった。
(元々、前世の両親も、温かみのある人とは程遠かったし、お金にうるさかったけど。あの人たちがマシだと思える人たちに会うと見方が変わるものね。……おばあちゃんみたいな人に会いたいな。この世界にも、いるのよね? いなかったら、私には花しかない)
それでも、転生した場所で花たちに囲まれていれば、それで十分幸せに過ごせると心から思うことにした。
花の側にさえいられれば、自分は幸せであり、幸せだった前世を思い出せる。そんな想いが強かった。
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