上 下
16 / 34
【5】千夜一夜のカレーパン

第16話 ましろのイライラ

しおりを挟む
「えーっ! ましろ、まだ店長さんと仲直りしてないの⁈」

《かがみ屋》の大きな厨房のすみっこで、桃奈が驚きの声をあげた。

「わーっ! 声、大きいよ!」

 今日は《かがみ屋》の厨房で「子ども料理教室」が開かれている。ましろはアリスパパに言われたこともあって、友達の桃奈と二人で参加していた。

 それ自体はいいのだけれど、ましろはあじさいモンブラン事件以来、りんごおじさんとまともに話していなかったのだ。何を話しかけられても、「ふんっ」とツンツンした態度を取り続けて、あっという間に今日になってしまっていた。

「いただきますとかごちそうさまとか、必要最低限の会話はしてるよ」
「それ、会話じゃなくてあいさつ」
「だって、あじさいモンブラン食べたかったんだもん! 桃奈ちゃんに、お土産も買えなかったし」
「あたしのことはいいんだけどさ」

 桃奈はスネているましろを見て、それから厨房の真ん中にいるりんごおじさんを見た。

「ましろは、よっぽど楽しみにしてたんだね。でも、あんなに優しい店長さんを困らせたらダメだよ」
「りんごおじさんは、料理以外ぜんぜんダメなんだよ! ぼんやりしてるし、機械も分からないし、家事もできないし」
「あっ。ましろ、始まるよ!」

 ましろがりんごおじさんのダメなところを挙げていると、料理教室の始まる時間になったようで、りんごおじさんが料理の説明を始めた。

「今日は《りんごの木》のメニューのひとつ──【千夜一夜の焼きカレーパン】を作ります。といっても、パンの生地は時間がかかるので、あらかじめ用意しています。なので、今から中身のカレーを作りますよ!」

 カレーパンだとーっ⁈

 ましろは、木曜日に食べ損ねたカレーパンのことを思い出した。あの時から、ずーっと食べたくてたまらなかったのだ。それを、まさか料理教室で作ることになるなんて、思っていなかった。

 ましろは、カレーパンが大好きだ。パン屋さんに行ったら、必ず買ってしまう。とくに、熱々サクサクとしたできたては、たまらなく好きだ。甘口でも中辛でも、ゆで卵入りでも、具材ごろごろでも、とにかくましろはカレーパンを愛している。

 けれど、自分が喜んでいることを、りんごおじさんにバレることは悔しい。

「ふぅん。いいんじゃない。子どもは好きなんじゃない? カレーパン」

 ツンと澄ました表情で、ましろは料理の説明を聞いていた。

「まずは、材料を切りましょうね。玉ねぎとニンニク、ショウガをみじん切りにします。今から僕がやってみるので、スクリーンを見てくださいね」

 りんごおじさんの調理台は、ビデオカメラで撮影されていて、その映像が壁に吊るされているスクリーンに映し出されている。そして子どもたちはそれを見て、二人一組で調理を進めていくというわけだ。

「ましろ、料理できるの?」
「スクランブルエッグは、得意……」

 ペアの桃奈にたずねられて、ましろは顔をしかめた。できるかと言われれば、本当はできないのだ。

 ちなみに、ましろがどれくらい料理ができないかというと、野菜を切れば大きさがバラバラ。お肉を焼けば、生焼けか黒こげ。くるくるたまご焼きは、スクランブルエッグになってしまうし、味付けは濃いか薄いか極端だ。

 十年間生きてきて、料理上手なお母さんやりんごおじさんに甘えてきたため、料理を真剣にやったことはなかったのだ。 

「ま、二人ならなんとかなるよ。あたしはニンニクとショウガを切るから、ましろは玉ねぎよろしく!」
「う、うん」

 気は進まないけれど、来たからにはやるしかない。ましろは包丁を握ると、目に涙を浮かべながら、慎重に慎重に玉ねぎに切り込みを入れた。

「たしか、りんごおじさんはこうやってた」

 さっきスクリーンで見たりんごおじさんを思い出しながら、サクッ……サクッ……と包丁を動かす。一応、玉ねぎは小さな四角形になっていると思う。

「がんばれー! ましろ!」

 とっくに自分の分担を終えた桃奈に応援されて、ましろは一生懸命に玉ねぎを切り続ける。

「うぅっ。目が痛いよ」
「ましろさん、大丈夫ですか?」
「わっ! りんごおじさん⁈」

 ましろがハンカチで涙を拭っていると、気づかぬ間にりんごおじさんが真横に来ていた。どうやら、子どもたちの料理の進み具合を見て回っているらしい。

「玉ねぎは、包丁の入れ方によって、目に染みにくくなるんですよ。ちょっと、貸してみてください」
「いっ、いいよ。別に、涙が出ても平気だし!」

 ましろは、りんごおじさんに泣き顔を見られたくなくて、慌てて背中を向けた。そして、それと同時に、他の調理台にいる女の子がりんごおじさんを大声で呼んだ。

「白雪せんせ~! 茉莉花まりかのみじん切り、ちゃんとできてるか見てくださ~い!」

 かわいいピンク色のエプロンをつけた、ツインテールの女の子だ。小学校の廊下で見かけたことがある。多分、おとぎ小学校の六年生だろう。

「りんごおじさん、早く行ってあげなよ。呼ばれてるよ」
「……分かりました。ましろさん、桃奈さんも何かあったら言ってくださいね」

 りんごおじさんは、少しさみしそうな顔をすると、茉莉花という女の子の方に歩いて行った。

「砂原さん、上手にできていますね」
「やったー! 白雪せんせえにほめられちゃった!」

 ましろがチラッと見ると、茉莉花はキャッキャとはしゃいでいた。なんだかキラキラした子だ。

「ましろ、砂原茉莉花のこと気になるの?」

 ましろの視線に気がついた桃奈も、茉莉花のことを見つめていた。

「いや! 別に? 楽しそうにしてるなーって」
「あの人ね、年上の男の人が大好きなんだよ。前は、中学生と付き合ってたとか、先生に告白したとか、なんか色々聞いたことあるよ」
「うえええっ⁈ 付き合う⁈ 告白⁈」

 思わず大きな声が出そうになってしまい、ましろは慌てて口を手でふさいだ。

「ま、茉莉花さんって、もしかして、りんごおじさんのこと好きなの⁈」
「さぁ? それはあたしには分かんないけど」

 ましろは、「まさかそんな」とつぶやきながら、もう一度茉莉花の方を見た。すると、茉莉花はりんごおじさんを上目遣いで見つめながら、しきりにりんごおじさんに話しかけているところだった。

「白雪せんせえ、もう行っちゃうんですか~? やだやだぁ!」
「すみません。そろそろ、次の手順の説明をしないといけないので……」
「茉莉花のところでしたらいいですよ。ほら、ここの包丁とまな板、使ってくださ~い!」
「いえ、そういうわけには……」

 何あれ! あのぶりっ子なに⁈ 

 ましろは口をパクパクさせながら、桃奈に視線を戻した。言いたいことはいっぱいあるけれど、言葉が出て来ない。

「あはは! ましろ、動揺してるね!」
「し、してないよ! りんごおじさんなんて、どうでもいいし!」

 桃奈に笑われたのが恥ずかしくて、ましろはぶんぶんと大げさに首を横に振った。

 ダメダメなりんごおじさんが、モテるわけないし!

 けれど、その後も事あるごとに、茉莉花は猫なで声でりんごおじさんを呼びつけていた。

「しーらゆーきせんせえ~! ひき肉って、一気に炒めていいんですか~?」
「ねぇ、せんせえ? どれくらい調味料入れるんですか~?」
「せーんせっ! 味見、していって?」

 気になる! 気にさわる!

 ましろは耳を大きくしながら、カレーの入った深いフライパンを激しくかき回していた。ぐるんぐるんと、勢いよくカレー粉が混ざっていく。

「うーっ! まざれまざれ!」
「ちょ、ましろってば、分かりやすく荒れてるね」

 桃奈はあきれたように笑うと、パンの生地の丸い塊を調理台に置いた。この生地でカレーを包んで焼けば、カレーパンは完成だ。

「荒れてないもん! なんか、ちょっとイライラするだけ」
「はぁ~。そうかいそうかい」

 桃奈は「ほら、もう少しだから」と、ましろにパン生地をちぎって渡すと、自分は手際よくそれを延ばして、カレーをせっせと包んでいく。

「食べてほしい人のことを思い浮かべて、カレーを包みましょうね。チーズやゆで卵、大きめにカットした野菜を、お好みで入れてみてください」

 りんごおじさんの説明だ。そして、「茉莉花、迷っちゃう。せんせい、どれがいいと思います~?」という、茉莉花の声が遅れて聞こえてくる。

 なんで、りんごおじさんに聞くの。

 まさか、茉莉花はりんごおじさんにカレーパンをプレゼントする気なのだろうか?

 ましろは、つい、茉莉花が「好きです。カレーパンもらってください。せんせえ」と言っている姿を想像してしまった。

 やだやだ。なんかヤダ!

 こうなったら、めちゃくちゃおいしいカレーパンにしてやらないと気がすまないと、ましろは張り切ってカレーを包むことにした。

「チーズと、でっかいじゃがいもをごろごろ入れるよ! おなかいっぱいになるやつ」
「ちょっと入れ過ぎじゃない?」
「大丈夫だよ! 生地をちょっと伸ばしたら、いけるよ!」

 ましろは桃奈に心配されながらも、みょんっと生地を引っ張って、具を無理矢理に押し込む。そして、追加でトマトチーズを包んで、合計二個のカレーパンを完成させた。あとは、オーブンで焼きあがるのを待つばかり。その間は、洗い物や片付けをする時間だ。

 すると、隣の洗い場で、茉莉花と茉莉花の友達が、りんごおじさんのことを話していた。ましろは思わず、ハッとそちらを見てしまう。

「ねぇ。白雪せんせえって、大人の魅力がステキじゃない?」
「えぇ~? どんなぁ?」
「全部受け止めてくれる包容力っていうか~。家庭的なところとか~」
「茉莉花ちゃん、前は仕事がバリバリできる男の人がいいって言ってたじゃん」
「今日の気分は違うの! キャリアウーマンになった茉莉花を、専業主婦のせんせえがお家で待っててくれる、みたいなのが理想なの!」

 りんごおじさんのこと、何も知らないくせに。勝手なこと言って。

 ましろは、ムッとしながら、わしゃわしゃと調理器具を洗い続けた。よく分からないけれど、胸がムカムカイライラざわざわして気持ちが悪い。泡みたいに流してしまいたい。 

「わたしのおじさんなのに……」

 そんな小さなつぶやきは、りんごおじさんの「カレーパンが焼けましたよ!」という明るい声にかき消された。

「ましろ、カレーパン取りにいこ!」
「うん!」

 ましろは、桃奈に手を引かれて、中央の調理台に移動した。そこには、各ペアごとの鉄板があり、焼きあがったばかりのカレーパンがずらりと並んでいた。

「あたしとましろのは……。あっ!」

 自分たちのカレーパンを見つけた桃奈は、一瞬気まずそうな顔をした。理由はすぐに分かった。

「わたしのカレーパン、中身がはみ出てる……」

 ましろの作ったカレーパンだけが、具が飛び出して、いびつな形になってしまっていたのだ。欲張って、具を入れ過ぎてしまったのだろう。

「せっかく作ったのに……」
「ましろ、元気出しなよ! 味は同じだって」

 桃奈に励まされて、ましろは「そうだよね……」としょんぼりとうなずいた。けれど、ヤケになって具を詰め込んだ結果が悲しくて仕方ない。

 何やってるんだろ、わたし。


 その後は、焼き立てのカレーパンをみんなで食べる時間だったけれど、ましろは破裂気味のトマトチーズカレーパンだけを食べて、じゃがいもとチーズのは持って帰ることにした。味はおいしかったけれど、カレーパンの形が悪すぎて、みんなの前で食べるのが恥ずかしかったのだ。

 とくに、りんごおじさんと茉莉花には見られたくなかった。

「白雪せんせーっ! 見て見て~! すっごくきれいに焼けました~! せんせえのおかげですぅ」
「本当ですね。よくできましたね」

 ご機嫌にカレーパンを見せびらかす茉莉花と、それをほめるりんごおじさん。

 がんばったけど、わたしのは「よくできました」じゃないよね……。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

ちいさな哲学者

雨宮大智
児童書・童話
ユリはシングルマザー。十才の娘「マイ」と共に、ふたりの世界を組み上げていく。ある時はブランコに乗って。またある時は車の助手席で。ユリには「ちいさな哲学者」のマイが話す言葉が、この世界を生み出してゆくような気さえしてくるのだった⎯⎯。 【旧筆名、多梨枝伸時代の作品】

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

異世界でやたら長い料理名の店を作ってみました

菱沼あゆ
ファンタジー
「……待て。  情報量が多すぎて、なんにも頭に入ってこない」 うっかり異世界転移してしまった栗栖しのは、異世界でレストランを開店するが。 特に料理は上手くもなく、下手でもないと言った程度。 なにか特徴を出さねば、ととりあえず、料理名を長くしてみたが、客は混乱するばかり……。 元社畜OLのクリスティアこと、栗栖しの、異世界でレストランを経営してみますっ。 (「小説家になろう」にも掲載しています。)

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

処理中です...