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【2】かぐや姫の抹茶ロールケーキ
第9話 かぐや姫の抹茶ロール
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**アリス**
小学生低学年くらいだっただろうか?
仕事の手伝いをしようと、仲居さんや板前さんたちに付きまとった。
送迎バスに勝手に忍び込み、サプライヤーでバスガイドをした。
宿泊の想いでにと、廊下でお客さんをつかまえては渾身のギャグを披露した。
二階の窓から瓦屋根に上ることが好きで、そこからお客さんを見送った。
母には呆れられ、父には散々叱られた。
あぁ、今思えば黒歴史。恥ずかしくてしかたない。
でも、全部全部楽しかった。旅館の人たちも、お客さんたちも優しくて、オレも、みんなが笑ってくれるのが嬉しくて……。
今だって、みんなのことが大好きだ。父さんの跡を継ぐ気はないけど、オレなりに《かがみ屋》のためにできることを考えてたんだ。……誰にも言わなかったけどさ。
「ましろが言うみたいに、父さん、分かってくれんのかなぁ」
つい、不安が口から飛び出してしまったが、「じゃあ、出たまま消えちまえ」と白兎はシッシを手をひらひらさせる。
大丈夫だ。きっと伝わる。――いや、伝えるんだ!
白兎は、《かがみ屋》のシンボルである緑の鮮やかな竹林を遠目に見つめながら、強くうなずいた。
***
土曜日のティータイム。
本当なら、ファミリーレストラン《りんごの木》は、ディナータイムに向けて一度お店を閉める時間だ。
けれど、今日はアリスパパとアリスママが来る日。アリス君の本気でパティシエになりたいという気持ちを見てもらう日なので、りんごおじさん、アリス君、ましろはお店に来ていた。
りんごおじさんは審査の見届け人、もちろんアリス君はスイーツを作る役で、そしてましろは、なんとウェイトレスを務めることになった。
「わ、わたしがやっていいの⁈」
「アリス君のテストに合格したなら、大丈夫ですよ。僕が近くで見てますから、安心してください」
りんごおじさんから赤いエプロンをもらい、ましろはドキドキしながら身に付けた。恩田さんに手直ししてもらったため、サイズはぴったりだし、新しくりんごおじさんに買ってもらった靴も、足にぴったりだ。そして、ふわふわの髪はアリス君がポニーテールにしてくれた。なんだか、大人の仲間入りをした気分になる。
わぁ! うれしい!
「えへへ! 似合う?」
「ええ。立派です」
明日がデビューかと思っていたが、まさかアリス君の大切な日にウェイトレスをさせてもらえるとは思っていなかった。
「頼むぞ、ましろ! 父さんと母さんを笑わせて来い!」
そんな任務はお断りだと思いながら、ましろはアリス君からスイーツの大きなお皿を一皿受け取った。そして、トレーに乗せてゆっくり気を付けて運んで行く。たった数メートルの距離が、何十メートルにも感じられる。
チラッと見ると、アリスパパとアリスママは、お店の真ん中のテーブルで、にこにこしながらましろを見守っていた。
「笑わせる」は、これでいいのかな?
「お待たせしました! 【かぐや姫の抹茶ロール】です!」
ましろがそっとお皿をテーブルに置くと、アリスパパとアリスママは、驚いて目を見開いた。
「本当だ。竹のようだな」
「竹だから、かぐや姫?」
「そうです! 色も香りもいいでしょ? おとぎ商店街のお茶屋さん自慢の抹茶を使ってるんですよ! それに、小豆もこの地域のブランド豆! だから、えっと、チサンチショウなんです」
チサンチショウ──、地産地消とは、その地域で生産されたものを、その地域で消費するという意味だ。
ましろはアリス君から聞いたばかりの言葉を、抹茶ロールケーキのアピールに使ったのだ。
そして、次は打ち合わせ通り。
「当店のパティシエ見習いのアリス君が、仕上げをさせていただきます」
ましろが言うと、キッチンからアリス君がやって来た。少しだけ緊張しているみたいだ。
「お前がパティシエ見習いとはな」
アリスパパの言葉が嫌味に聞こえたのか、アリス君はムッとしたようだったけれど、「そうだよ」とだけ短く返事をしていた。
がんばれ、アリス君! と、ましろはお祈りのポーズをしながら、アリス君の手元を見つめる。
抹茶ロールケーキは、当初よりも少しだけスリムになって、少し短い一本が大皿に横たわっている。そして、緑色の生地に粉砂糖が竹の節のようにかけられていて、ますます竹にそっくりだ。アリス君は、それを真ん中でスッとナイフでななめにカットして、断面に大つぶの真っ赤な苺を乗せた。
「まぁ、かわいい」
アリスママが、楽しそうな声を漏らした。
アリス君は、ななめに半分に切った抹茶ロールケーキを、一つずつ縦方向に小皿に盛り付け、周りに金箔を散らした。そして、赤色と黄色の扇子の形をしたアイシングクッキーを抹茶ロールケーキに添える。
すると、抹茶ロールケーキはまるで割られた竹! 輝く苺のかぐや姫!
「どうぞ。召し上がれ」
アリス君は緊張がなくなったのか、胸を張ってお皿を差し出した。
ましろは、アリス君の分までドキドキしながら、アリスパパとアリスママが抹茶ロールケーキを食べる様子を見守った。
どうか、わくわく楽しく食べて! おいしいって言って!
「…………白兎」
アリスパパが呟くように言う。
「このロールケーキは、誰に食べてもらおうと思って作った?」
アリスパパとアリスママじゃないの?
ましろはアリスパパの質問を不思議に思ったが、すぐに答えは分かった。
「……男も女も関係ない。全世代。オレが一番好きな場所に来てくれる人たち」
アリス君の好きな場所?
なんだかなぞなぞみたいだが、ましろはハッとひらめいた。
「《かがみ屋》さん⁈」
ましろは思わず声に出してしまった。
りんごおじさんは「しーっ」と静かにするようにとジェスチャーをしていたけれど、目では「そうですね」と言っていた。
「お前は、旅館が嫌いになったから、跡を継がないと言い出したのかと思っていたが」
「バカじゃねぇの」
アリス君は毒づいてみせたが、顔は完全に照れていた。そっぽを向きながら、チラリとアリスパパを見ている。
「白兎は、ずっと《かがみ屋》が大好きよね。分かるわ。このロールケーキは、お客様に食べていただきたいと思って、作ってくれたのね」
アリスママがほほ笑む。
「オレが生まれ育った場所なんだ。お客も従業員も好きに決まってんだろ。跡は継げないけど、パティシエとして《かがみ屋》に貢献したい……ってのは、ダメなのかよ?」
アリス君の言葉に、アリスパパは目を見開いた。驚いているけれど、うれしそうな顔だ。
「お前がそんなふうに考えていたとは」
「だって、聞いてくれなかったじゃんか。まぁ、オレも話そうとしなかったけど」
「そうだな。お互い、きちんと話していなかったな」
アリスパパは、コトンとフォークをテーブルに置くと、アリス君の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「おいしいぞ、白兎。これからもがんばれ」
「あ、ありがとう……」
アリス君は、思わず緩んでしまったほっぺたを両手でぴしゃりと叩くと、足早にましろとりんごおじさんの所に戻って来た。
「やったね! アリス君!」
「ましろのおかげで、親にちゃんと向き合えた。ありがとな」
アリス君は、ニヤッと笑いながら、ましろの頭をくしゃくしゃとなで回した。
「やめてー! せっかくポニーテールしてもらったのに!」
「またしてやるって。それより店長! こいつの接客、ダメダメっすよ! 明日どうします?」
アリス君の手をどけようとしても、身長差のせいで、ましろはどうしても逃げることができない。そのうえ、接客のダメ出しだ。
「えぇーっ⁈ そんなにダメだったの⁈」
「首だけでお辞儀してたし、言葉づかいもアウトだろ? あと、皿運ぶの遅すぎ」
うへぇ、厳しい! いつものアリス君に戻ってる。
ましろはりんごおじさんに助けを求めて目線を上げると、りんごおじさんは楽しそうに笑っていた。
「うちのエースパティシエが辞めずに済みましたから、フォローしてもらいましょう」
***
日曜日。ましろの友達、吉備野桃奈が母親と《りんごの木》に来てくれた。
「白雪さーん! やっほー!」
カゴいっぱいの美味しそうな果物をお土産に、桃奈はましろに手を振ってくれた。
「わぁっ! すっごく美味しそう! ありがとう!」
ましろはつい、桃奈とおしゃべりをしたくなってしまったけれど、アリス君の鋭い視線でハッとした。
いけない、いけない。わたしは、ウエイトレスなんだ!
「いらっしゃいませ! ファミリーレストラン《りんごの木》にようこそ!」
小学生低学年くらいだっただろうか?
仕事の手伝いをしようと、仲居さんや板前さんたちに付きまとった。
送迎バスに勝手に忍び込み、サプライヤーでバスガイドをした。
宿泊の想いでにと、廊下でお客さんをつかまえては渾身のギャグを披露した。
二階の窓から瓦屋根に上ることが好きで、そこからお客さんを見送った。
母には呆れられ、父には散々叱られた。
あぁ、今思えば黒歴史。恥ずかしくてしかたない。
でも、全部全部楽しかった。旅館の人たちも、お客さんたちも優しくて、オレも、みんなが笑ってくれるのが嬉しくて……。
今だって、みんなのことが大好きだ。父さんの跡を継ぐ気はないけど、オレなりに《かがみ屋》のためにできることを考えてたんだ。……誰にも言わなかったけどさ。
「ましろが言うみたいに、父さん、分かってくれんのかなぁ」
つい、不安が口から飛び出してしまったが、「じゃあ、出たまま消えちまえ」と白兎はシッシを手をひらひらさせる。
大丈夫だ。きっと伝わる。――いや、伝えるんだ!
白兎は、《かがみ屋》のシンボルである緑の鮮やかな竹林を遠目に見つめながら、強くうなずいた。
***
土曜日のティータイム。
本当なら、ファミリーレストラン《りんごの木》は、ディナータイムに向けて一度お店を閉める時間だ。
けれど、今日はアリスパパとアリスママが来る日。アリス君の本気でパティシエになりたいという気持ちを見てもらう日なので、りんごおじさん、アリス君、ましろはお店に来ていた。
りんごおじさんは審査の見届け人、もちろんアリス君はスイーツを作る役で、そしてましろは、なんとウェイトレスを務めることになった。
「わ、わたしがやっていいの⁈」
「アリス君のテストに合格したなら、大丈夫ですよ。僕が近くで見てますから、安心してください」
りんごおじさんから赤いエプロンをもらい、ましろはドキドキしながら身に付けた。恩田さんに手直ししてもらったため、サイズはぴったりだし、新しくりんごおじさんに買ってもらった靴も、足にぴったりだ。そして、ふわふわの髪はアリス君がポニーテールにしてくれた。なんだか、大人の仲間入りをした気分になる。
わぁ! うれしい!
「えへへ! 似合う?」
「ええ。立派です」
明日がデビューかと思っていたが、まさかアリス君の大切な日にウェイトレスをさせてもらえるとは思っていなかった。
「頼むぞ、ましろ! 父さんと母さんを笑わせて来い!」
そんな任務はお断りだと思いながら、ましろはアリス君からスイーツの大きなお皿を一皿受け取った。そして、トレーに乗せてゆっくり気を付けて運んで行く。たった数メートルの距離が、何十メートルにも感じられる。
チラッと見ると、アリスパパとアリスママは、お店の真ん中のテーブルで、にこにこしながらましろを見守っていた。
「笑わせる」は、これでいいのかな?
「お待たせしました! 【かぐや姫の抹茶ロール】です!」
ましろがそっとお皿をテーブルに置くと、アリスパパとアリスママは、驚いて目を見開いた。
「本当だ。竹のようだな」
「竹だから、かぐや姫?」
「そうです! 色も香りもいいでしょ? おとぎ商店街のお茶屋さん自慢の抹茶を使ってるんですよ! それに、小豆もこの地域のブランド豆! だから、えっと、チサンチショウなんです」
チサンチショウ──、地産地消とは、その地域で生産されたものを、その地域で消費するという意味だ。
ましろはアリス君から聞いたばかりの言葉を、抹茶ロールケーキのアピールに使ったのだ。
そして、次は打ち合わせ通り。
「当店のパティシエ見習いのアリス君が、仕上げをさせていただきます」
ましろが言うと、キッチンからアリス君がやって来た。少しだけ緊張しているみたいだ。
「お前がパティシエ見習いとはな」
アリスパパの言葉が嫌味に聞こえたのか、アリス君はムッとしたようだったけれど、「そうだよ」とだけ短く返事をしていた。
がんばれ、アリス君! と、ましろはお祈りのポーズをしながら、アリス君の手元を見つめる。
抹茶ロールケーキは、当初よりも少しだけスリムになって、少し短い一本が大皿に横たわっている。そして、緑色の生地に粉砂糖が竹の節のようにかけられていて、ますます竹にそっくりだ。アリス君は、それを真ん中でスッとナイフでななめにカットして、断面に大つぶの真っ赤な苺を乗せた。
「まぁ、かわいい」
アリスママが、楽しそうな声を漏らした。
アリス君は、ななめに半分に切った抹茶ロールケーキを、一つずつ縦方向に小皿に盛り付け、周りに金箔を散らした。そして、赤色と黄色の扇子の形をしたアイシングクッキーを抹茶ロールケーキに添える。
すると、抹茶ロールケーキはまるで割られた竹! 輝く苺のかぐや姫!
「どうぞ。召し上がれ」
アリス君は緊張がなくなったのか、胸を張ってお皿を差し出した。
ましろは、アリス君の分までドキドキしながら、アリスパパとアリスママが抹茶ロールケーキを食べる様子を見守った。
どうか、わくわく楽しく食べて! おいしいって言って!
「…………白兎」
アリスパパが呟くように言う。
「このロールケーキは、誰に食べてもらおうと思って作った?」
アリスパパとアリスママじゃないの?
ましろはアリスパパの質問を不思議に思ったが、すぐに答えは分かった。
「……男も女も関係ない。全世代。オレが一番好きな場所に来てくれる人たち」
アリス君の好きな場所?
なんだかなぞなぞみたいだが、ましろはハッとひらめいた。
「《かがみ屋》さん⁈」
ましろは思わず声に出してしまった。
りんごおじさんは「しーっ」と静かにするようにとジェスチャーをしていたけれど、目では「そうですね」と言っていた。
「お前は、旅館が嫌いになったから、跡を継がないと言い出したのかと思っていたが」
「バカじゃねぇの」
アリス君は毒づいてみせたが、顔は完全に照れていた。そっぽを向きながら、チラリとアリスパパを見ている。
「白兎は、ずっと《かがみ屋》が大好きよね。分かるわ。このロールケーキは、お客様に食べていただきたいと思って、作ってくれたのね」
アリスママがほほ笑む。
「オレが生まれ育った場所なんだ。お客も従業員も好きに決まってんだろ。跡は継げないけど、パティシエとして《かがみ屋》に貢献したい……ってのは、ダメなのかよ?」
アリス君の言葉に、アリスパパは目を見開いた。驚いているけれど、うれしそうな顔だ。
「お前がそんなふうに考えていたとは」
「だって、聞いてくれなかったじゃんか。まぁ、オレも話そうとしなかったけど」
「そうだな。お互い、きちんと話していなかったな」
アリスパパは、コトンとフォークをテーブルに置くと、アリス君の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「おいしいぞ、白兎。これからもがんばれ」
「あ、ありがとう……」
アリス君は、思わず緩んでしまったほっぺたを両手でぴしゃりと叩くと、足早にましろとりんごおじさんの所に戻って来た。
「やったね! アリス君!」
「ましろのおかげで、親にちゃんと向き合えた。ありがとな」
アリス君は、ニヤッと笑いながら、ましろの頭をくしゃくしゃとなで回した。
「やめてー! せっかくポニーテールしてもらったのに!」
「またしてやるって。それより店長! こいつの接客、ダメダメっすよ! 明日どうします?」
アリス君の手をどけようとしても、身長差のせいで、ましろはどうしても逃げることができない。そのうえ、接客のダメ出しだ。
「えぇーっ⁈ そんなにダメだったの⁈」
「首だけでお辞儀してたし、言葉づかいもアウトだろ? あと、皿運ぶの遅すぎ」
うへぇ、厳しい! いつものアリス君に戻ってる。
ましろはりんごおじさんに助けを求めて目線を上げると、りんごおじさんは楽しそうに笑っていた。
「うちのエースパティシエが辞めずに済みましたから、フォローしてもらいましょう」
***
日曜日。ましろの友達、吉備野桃奈が母親と《りんごの木》に来てくれた。
「白雪さーん! やっほー!」
カゴいっぱいの美味しそうな果物をお土産に、桃奈はましろに手を振ってくれた。
「わぁっ! すっごく美味しそう! ありがとう!」
ましろはつい、桃奈とおしゃべりをしたくなってしまったけれど、アリス君の鋭い視線でハッとした。
いけない、いけない。わたしは、ウエイトレスなんだ!
「いらっしゃいませ! ファミリーレストラン《りんごの木》にようこそ!」
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