13 / 15
第12話 異世界面接官のリスタート
しおりを挟む
『誰だ⁈ 誰が仕組んだんだ⁈ 言え! 言えよっ!』
耳元で、誰かが死に物狂いで叫んでいる。ジャラジャラと重たげな鉄の鎖の音が煩く、耳障りで仕方がない。
わたしの視界に多数の人間の姿が映る。ある者はざまぁみろと笑い、ある者は泣きながら首を振り、またある者は黙って俯いている。
『わたしを裏切ったのは誰だ⁈ ……許さない! 絶対に暴いてやる! ──いや。自ら罪を暴露させてやる! 待っていろ、必ずだ!』
グイと背後から強引に引っ張られ、息苦しくなると同時に、鎖の軋む音が聞こえた。
そこで、わたしはハッとした。
これは、わたしの記憶──走馬灯ではないかと。
走馬灯の中のわたし──生まれた世界で命を落とす間際のわたしは、かつて仲間と呼んでいた者たちに向かって獣のように吠え、噛みつく勢いで手を伸ばす。だが、彼らには何も届かない。
今なら分かる。あの中の「誰かが」ではなく、あそこにいた「全員」がわたしを裏切っていたことくらい。
でも、もう、それはいいんだ。裏切りを許すとか、そういう話じゃなくて……。
わたしは、目を閉じたまま力を抜く。
生まれた世界での憎悪に満ちた最期の回想なんて、一瞬のことだった。
初めて見た日本の青空、感動したテレビゲーム、緊張しながら腕を通したリクルートスーツ、社長との出会い、張り詰めた面接室の匂い、古川と行った居酒屋、灰原や白峰、部下たちとのなんてことない会話……。
「第二の人生は、得難いものだった」
気がつくと、声が出ていた。どうやら走馬灯が終わったらしく、ぼんやりと夜空のように果てしなく広がる濃紺の世界に、わたしは包まれていた。
わたしがここに来るのは、二度目だった。ここは、転生の間だ。
「わたし、古川を庇って死んでしまったみたいですね。まさか、自分がトラックに轢かれるなんて思っていなかったですよ」
「そうね。安村さんもびっくりするわよ」
わたしの言葉に応えたのは、グレーのパンツスーツに高いハイヒールを履いた若い女性──女神サヴリナだった。
彼女とは、昔通勤バスで出会って以来。わたしも、まさか彼女と再会することになるとは思っていなかったため、思わず場違いな笑みを浮かべてしまった。
「前に死んだ時は、サヴリナさんじゃない女神様だったのに。またお会いできて嬉しいですよ。ブラック企業は退社されて、女神業に戻られたんですか?」
「転生の女神って、当番制なのよ。秘密の副業」
なるほど、女神様も大変らしい。
そして再会の余韻に浸る間も無く、女神サヴリナは淡々とわたしに手続き説明をし始める。
「第二の人生、お疲れ様。もう間も無く、あなたの日本ライフは幕を閉じるわ。でも、落ち込まないで。ハズレスキルである【暴露】を上手く使いこなしていたボーナスで、次の生ではアタリスキルを授けてあげるから。何か、希望はあるかしら?」
【暴露】は、わたしの死ぬ間際に抱いた強い願望を具現化したスキルだった。
わたしは、人間の本性を暴きたかった。心根を吐露させたかった。何もかもを疑い、恨んでいたから。
「新しいスキルは要りません」
わたしは、青い闇に消えてしまわないように、はっきりとした口調で言い放った。
だが、サヴリナにとっては予想外の回答だったようで、彼女は聞こえているはずなのに「今なんて?」と聞き返してきた。
「うそでしょ? 継続希望? そんなに【暴露】が気に入ってたの? まぁ、便利といえば便利かしらね」
「いえ。【暴露】は、もう使えなくなったので、継続申請もしません」
「えっ、なんで⁈ スキルが消滅するとか有り得ないわよ!」
サヴリナは、マニュアル通りにいかないわたしという存在に戸惑っていた。臨機応変さがまだまだ足りない女神様だが、仕方がない。時には答えを教えてあげるのも、年長者の務めだろう。
わたしは、すでに理解していた。
「きっと、【暴露】のスキルが必要なくなったから、消えて無くなったんです。全てを疑い、暴こうとしていたわたしは、もういませんから」
わたしは、スタートイというゲーム会社が好きだ。わたし自身は、直接的にゲーム開発に関わることはないのだが、新しい社員を迎え入れ、育てることで、めぐりめぐって会社が発展していく様を見守ることが、何よりの喜びだった。
楽しかった。スタートイのみんなとする仕事は、わたしの生きがいだった。
上司に同僚、部下──、信じることができる仲間を得たわたしの心には、チートスキルも無双展開もいらない。積み重ね築いてきた信頼や自信があれば、それでいい。
わたしは、そのことをこの日本という名の異世界で学んできたんだ。
「サヴリナさん。新しいスキルに充てるはずだったボーナスというやつを別のモノに変換していただくことは可能ですか?」
「なぁに? 赤ん坊まで若返る? それとも最強装備? あ、まさかこのサヴリナ様とか言わないでよね! そんな、どこかの素晴らしい世界の真似したらダメよ!」
「いえ、わたしが欲しいモノは──」
わたしは、怪訝そうに綺麗な眉を歪めるサヴリナに笑いかけた。
耳元で、誰かが死に物狂いで叫んでいる。ジャラジャラと重たげな鉄の鎖の音が煩く、耳障りで仕方がない。
わたしの視界に多数の人間の姿が映る。ある者はざまぁみろと笑い、ある者は泣きながら首を振り、またある者は黙って俯いている。
『わたしを裏切ったのは誰だ⁈ ……許さない! 絶対に暴いてやる! ──いや。自ら罪を暴露させてやる! 待っていろ、必ずだ!』
グイと背後から強引に引っ張られ、息苦しくなると同時に、鎖の軋む音が聞こえた。
そこで、わたしはハッとした。
これは、わたしの記憶──走馬灯ではないかと。
走馬灯の中のわたし──生まれた世界で命を落とす間際のわたしは、かつて仲間と呼んでいた者たちに向かって獣のように吠え、噛みつく勢いで手を伸ばす。だが、彼らには何も届かない。
今なら分かる。あの中の「誰かが」ではなく、あそこにいた「全員」がわたしを裏切っていたことくらい。
でも、もう、それはいいんだ。裏切りを許すとか、そういう話じゃなくて……。
わたしは、目を閉じたまま力を抜く。
生まれた世界での憎悪に満ちた最期の回想なんて、一瞬のことだった。
初めて見た日本の青空、感動したテレビゲーム、緊張しながら腕を通したリクルートスーツ、社長との出会い、張り詰めた面接室の匂い、古川と行った居酒屋、灰原や白峰、部下たちとのなんてことない会話……。
「第二の人生は、得難いものだった」
気がつくと、声が出ていた。どうやら走馬灯が終わったらしく、ぼんやりと夜空のように果てしなく広がる濃紺の世界に、わたしは包まれていた。
わたしがここに来るのは、二度目だった。ここは、転生の間だ。
「わたし、古川を庇って死んでしまったみたいですね。まさか、自分がトラックに轢かれるなんて思っていなかったですよ」
「そうね。安村さんもびっくりするわよ」
わたしの言葉に応えたのは、グレーのパンツスーツに高いハイヒールを履いた若い女性──女神サヴリナだった。
彼女とは、昔通勤バスで出会って以来。わたしも、まさか彼女と再会することになるとは思っていなかったため、思わず場違いな笑みを浮かべてしまった。
「前に死んだ時は、サヴリナさんじゃない女神様だったのに。またお会いできて嬉しいですよ。ブラック企業は退社されて、女神業に戻られたんですか?」
「転生の女神って、当番制なのよ。秘密の副業」
なるほど、女神様も大変らしい。
そして再会の余韻に浸る間も無く、女神サヴリナは淡々とわたしに手続き説明をし始める。
「第二の人生、お疲れ様。もう間も無く、あなたの日本ライフは幕を閉じるわ。でも、落ち込まないで。ハズレスキルである【暴露】を上手く使いこなしていたボーナスで、次の生ではアタリスキルを授けてあげるから。何か、希望はあるかしら?」
【暴露】は、わたしの死ぬ間際に抱いた強い願望を具現化したスキルだった。
わたしは、人間の本性を暴きたかった。心根を吐露させたかった。何もかもを疑い、恨んでいたから。
「新しいスキルは要りません」
わたしは、青い闇に消えてしまわないように、はっきりとした口調で言い放った。
だが、サヴリナにとっては予想外の回答だったようで、彼女は聞こえているはずなのに「今なんて?」と聞き返してきた。
「うそでしょ? 継続希望? そんなに【暴露】が気に入ってたの? まぁ、便利といえば便利かしらね」
「いえ。【暴露】は、もう使えなくなったので、継続申請もしません」
「えっ、なんで⁈ スキルが消滅するとか有り得ないわよ!」
サヴリナは、マニュアル通りにいかないわたしという存在に戸惑っていた。臨機応変さがまだまだ足りない女神様だが、仕方がない。時には答えを教えてあげるのも、年長者の務めだろう。
わたしは、すでに理解していた。
「きっと、【暴露】のスキルが必要なくなったから、消えて無くなったんです。全てを疑い、暴こうとしていたわたしは、もういませんから」
わたしは、スタートイというゲーム会社が好きだ。わたし自身は、直接的にゲーム開発に関わることはないのだが、新しい社員を迎え入れ、育てることで、めぐりめぐって会社が発展していく様を見守ることが、何よりの喜びだった。
楽しかった。スタートイのみんなとする仕事は、わたしの生きがいだった。
上司に同僚、部下──、信じることができる仲間を得たわたしの心には、チートスキルも無双展開もいらない。積み重ね築いてきた信頼や自信があれば、それでいい。
わたしは、そのことをこの日本という名の異世界で学んできたんだ。
「サヴリナさん。新しいスキルに充てるはずだったボーナスというやつを別のモノに変換していただくことは可能ですか?」
「なぁに? 赤ん坊まで若返る? それとも最強装備? あ、まさかこのサヴリナ様とか言わないでよね! そんな、どこかの素晴らしい世界の真似したらダメよ!」
「いえ、わたしが欲しいモノは──」
わたしは、怪訝そうに綺麗な眉を歪めるサヴリナに笑いかけた。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
予想GUY
たっくんちゃん
ライト文芸
聡明で、利発で、ひとつひとつの所作からも知性を感じられるその青年。的を得た簡潔な受け答え。自信に満ち溢れたスマートな微笑み。同年代の若い女性たちが放っておかないような、清潔感のある端正な顔立ち。サッカーで鍛え上げたという、スーツが似合う細身で筋肉質な肉体。非の打ち所がない青年が目の前に座っていた。
転生をしたら異世界だったので、のんびりスローライフで過ごしたい。
みみっく
ファンタジー
どうやら事故で死んでしまって、転生をしたらしい……仕事を頑張り、人間関係も上手くやっていたのにあっけなく死んでしまうなら……だったら、のんびりスローライフで過ごしたい!
だけど現状は、幼馴染に巻き込まれて冒険者になる流れになってしまっている……
ハクラと銀翼の竜【ライト版】
古森きり
ファンタジー
リーネ・エルドラドには伝承があった。
壁海の割れ目の向こう側に、バルニアン大陸という“世界の半分”が存在する。
その大陸にはアルバニス王国という国があり、その国の向こう側には翼を持つドラゴンや、この世界の頂点に君臨する巨獣が住んでいるのだと。
科学が進歩して飛行機が飛ぶようになった今、世界はバルニアン大陸の発見は時間の問題だとか、そんな大陸存在しないことが証明されるんだとか、色々と言われているけれど…。
※『ポケットBLノベルクラブ』様より『小説家になろう』様へ加筆修正して完全転載したものです。『ポケットBLノベルクラブ』に投稿した方は削除致しました。
※15禁、ボーイズラブはあくまでも保険的なもので、そこまで激しい表現は期待されませんようお願いします。多分。BLとして書いたやつなんですこれでも。おかしいな。
しかし本作には残酷な表現やBL(近親相姦系など)の性的表現がありますのでご注意下さい。
※ミッドナイトノベルズさんに投稿してある『ハクラと銀翼の竜』の残酷表現、性的表現をやや軽〜くしたライト版になります。多分、ライトになっているはず。そこそこ読みやすくなって……ればいいなぁ。
※小説家になろうさん、アルファポリスさん、カクヨムさん、ツギクルさん(外部URL)にも掲載しております。
収監令嬢は◯×♥◇したいっ! ~全く知らない乙女ゲー世界で頑張ります~
加瀬優妃
ファンタジー
現代のちっぱい女子高生・繭(マユ)は、ある日突然、超ナイスバディの美少女になっていた。
どうやら、なんちゃってヨーロッパ風世界観のゲーム『リンドブロムの聖女』の世界に来てしまったらしいのだが、RPGしかプレイしたことのないマユには未知の領域。
「普通、自分のよく知ってるゲームに来るんじゃないの!? どういうこと!?」
新しい自分は、リンドブロム大公国の上流貴族筆頭フォンティーヌ公爵家の令嬢、マリアンセイユ。大公世子(=次期大公)ディオンの婚約者でもある。
しかしある事情により僻地に閉じ込められ、三年間ずっと眠り続けていた……。
以前の記憶があまりなく現在の記憶も全く無い状態から、マユがこの世界での目標を見つけ、幸せになるために頑張るお話。
★本編は第13幕で完結しています。
★後日談は本編完結後のマユの様子を少々。あくまでおまけです。不定期更新。
※マユが全く知らない状態からスタートしますので、ストーリー進行は遅めです。
※作者はゲーマーですが乙女ゲーをプレイしたことは無いため、なんちゃって乙女ゲー、なんちゃって悪役令嬢……になります。
※前半『辺境編』は第6幕まで。第7幕からは後半『学院編』となります。
※『学院編』ではマユ視点ではない「ゲーム本編」回があります。
●:ミーア編(マユは登場しない)
◉:ミーア編(マユもちょっといる)
■:ストーリー編(マユは登場しない)
▣:ストーリー編(マユもいる)
※表紙は「街の女の子メーカー」で作成いたしました。……悪女顔?(笑)
魔女の弾く鎮魂曲
結城芙由奈
ファンタジー
【魔女フィーネが姿を消して300年…その名は今も語り継がれる】
かつて親族と愛する婚約者に裏切られ、恐ろしい魔女と化したフィーネ。彼女はこの上ないほどの残虐非道な方法で城中の人間を殺害し…城を燃やし、その痕跡は何も残されてはいない。しかし今尚、血に塗れたアドラー城跡地は呪われた場所として人々に恐れられ、300年を隔てた今も…語り継がれている―。
『闇に捕らわれたアドラーの魔女』の続編です
※他サイトでも投稿中
※10話以内の短編です
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
『購入無双』 復讐を誓う底辺冒険者は、やがてこの世界の邪悪なる王になる
チョーカ-
ファンタジー
底辺冒険者であるジェル・クロウは、ダンジョンの奥地で仲間たちに置き去りにされた。
暗闇の中、意識も薄れていく最中に声が聞こえた。
『力が欲しいか? 欲しいなら供物を捧げよ』
ジェルは最後の力を振り絞り、懐から財布を投げ込みと
『ご利用ありがとうございます。商品をお選びください』
それは、いにしえの魔道具『自動販売機』
推すめされる商品は、伝説の武器やチート能力だった。
力を得た少年は復讐……そして、さらなる闇へ堕ちていく
※本作は一部 Midjourneyにより制作したイラストを挿絵として使用しています。
交通量調査物語
がしげげ
恋愛
消滅しそうな職業に常にランクインする交通量調査。
歩道上でパイプ椅子に座ってカチカチカチカチ計測している風景を見たことはありませんか?
それです。
実はこの交通量調査には独自の世界があります。
その世界に足を踏み入れた青年が出会う様々な人間と出来事。青年の歩む道を描きました。
実話や交通量調査の内容も盛り込んでいますので、是非交通量調査への理解を深めていただけますと幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる