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第3話 令嬢たちのディスカッション

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 わたしは日本の大手ゲームメーカー、株式会社スタートイの採用面接官だ。

 毎年この時期は新規採用の面接を行っているのだが、うちの社長はたいへんに気まぐれであるため、たまにぶらりと面接会場に現れることがある。

「だって、みんなが異世界でどんな経験をしてきたか、気になるじゃないか。見たことのない世界なんだよ?」

 社長が掃除の業者を装って、廊下をうろうろしている姿は、いくらなんでも古い漫画の読みすぎだと思うのだが、社長の純粋な好奇心に関しては、「可愛いな」と思ってしまう。

 わたしにも、そんなふうに楽しく異世界の話を聞こうとした時期があった。

 今日の日本では、異世界トリップは珍しくない。ヤンキーは「お前、どこの異世界だよ⁈」とガンを飛ばすし、ギャルは「異世界に行かないのが許されるのは中学生までだよね~」とガールズトークをする。

 失礼。ヤンキーとギャルは希少価値が高く、お目にかかったことがなかった。

 しかし、それにおいても現代日本はどんな異世界で何をしたかが重視される時代なのだ。
 とくに就職活動では顕著であり、わたしの勤めるスタートイの社長も、異世界で面白い経験をした若者を採用したいとの意向だ。

「社長。実際の面接は、そんなに愉快なものではないですよ。勇者聖女勇者令嬢おちこぼれ勇者……って、似たようなエピソードを話す就活生が多くて、個性がなかなか見えてこないですから」

「そんなこと言っても、君の前では偽れないんだから、テンプレのエピソードなんて無意味でしょ?」

 社長の言うことはもっともではある。
 異世界出身のわたしは【暴露】というスキルを持っており、これを使われた者は嘘偽りを述べることができないのだ。

「今日も、面接は演技力勝負って思ってる子たちを驚かせて来てくれ」

「分かりました。では、行って参りますね」

 わたしは社長に頭を下げると、面接会場の扉を開いた。



●美山れな(21)と鳴海詩織なるみしおり(34)
「美山れなと申します。私は、御社から配信されている乙女ゲームの世界で、前世の記憶……美山れなの記憶を取り戻し、一年間メインヒロインの令嬢、リリーナ・マインフォードとして活動しました」

 うちの会社で作ったゲームの異世界か。その異世界の神様や創世者は、うちのゲームのヘビーユーザーなのだろうか。

 わたしの担当するテーブルにいる就活生──美山れなは、勝ち気そうな印象の女性だった。令嬢というよりは、むしろ冒険者によく見るタイプだ。

 そしてもう一人。

「鳴海詩織です。偶然ながら私も、同じ御社の乙女ゲームの世界で、前世の記憶を取り戻し、令嬢として十年過ごしました。私の場合は、ゲームに登場しなかったモブ令嬢でしたが」

 鳴海詩織は、美山にチラリと目線をやりながら、控えめに微笑む。こちらはさらに令嬢生活が長かったためか、お辞儀が指先の動きまで優雅だ。

「同じゲームとは驚きですね。お二人の経験について聞かせいただいてもよろしいですか?」

 白々しいわたしの呼びかけに、まずは美山が口を開く。

「伯爵令嬢のリリーナ・マインフォードは、メインヒーローのアルヴィス・ヴァン・ワイズリー公爵の婚約者です。ところが、私はゲームにはなかった冤罪事件により、公爵に婚約を破棄されてしまい、逃げるように田舎に行きました」

 ありふれたラノベのような導入だが、うちのゲームでなければ、一度聞いただけでは人物の名前を覚えることは不可能だった。

 我が社のマーケティングチームによると、ユーザーはかえって覚えにくいようなキャラクター名(ミドルネームもあると尚よい)を呪文のように唱えることや、爵位ピラミッドを研究することが好きらしく、この乙女ゲームも御多分に漏れない。

「冤罪とは、災難でしたね。田舎では何を?」

「はい。男装をして、騎士学校に入学しました」

 わたしは「ス」から始まるライフスタイルかと構えていたのだが、別のベクトルだった。ハイハイ。男装令嬢ね。

「私は騎士学校の学生と触れ合い、屋敷ではできなかった、掛け替えの無い友人たちを得ることができました。また上級剣術も習得し、王子の近衛騎士見習いとして入城を果たしました。私はその経験から、新しい環境に順応し、目標に向かって邁進していくことの大切さを学びました」

「なるほど。つらい境遇にもめげずに、新天地での目標を持って生活をしていた、というわけですね」

 にっこり「はい!」と返事をする美山に、わたしは笑顔を返すと、続いては鳴海の方を向いた。

「鳴海さんは、モブ令嬢……とおっしゃっていましたが、そこでは何を?」

「はい。私はクリスティーナ・フェルドラという名前の没落貴族の娘でした。結婚のアテもなかったために、ワイズリー公爵家に奉公に行くことになり、公爵様の専属メイドとして働きました」

 鳴海の言葉に、美山の眉がぴくんっと動いた。

 没落、モブはよく耳にする単語だが、注目すべきはそこではない。

 うちのゲームでなければ聞き逃すところだったが、「ワイズリー公爵家」とは、乙女ゲームのメインヒーローであるアルヴィスの家。つまり、鳴海はアルヴィス公爵の専属メイドを務めたことになる。

 一方、鳴海も美山を気にしている様子であり、心なしか声が小さい。

「ワイズリー家での働きを認められ、公爵様との婚約、そしてフェルドラ家の復興にも支援をしてもらうことができました。ワイズリー家の方々からは、気配りができて面倒見が良いという評価をいただいております……」

「なるほど。メイドとして、そして一人の女性としても認められたわけですね」

 わたしはテーブルに流れる気まずい空気を堪能しながら、時計に目を落とす。

 さて、同じゲームの異世界にトリップした就活生たちが、わたしと共に卓を囲んでいるわけだが、これは偶然ではない。もちろん、履歴書を見て決めており、彼女たちの真実を暴くための座席配置だ。

「ありがとうございます。では、今からお二人でペアディスカッションをしていただきます」

 美山と鳴海の視線がわたしに注がれる。いったいどんなテーマで討論をするのか……と、緊張した面持ちだ。
 しかし、わたしの【暴露】ディスカッションでは、政治や環境問題なんかは登場しない。

「相手の異世界生活を『ディス』ってください。わたしはそれを拝聴しています」

 二人は予想外のテーマに驚いたようだった。 

「お互いを批判せよ、ということですか?」
「私たち、初対面ですが……」

 美山と鳴海は、「困りましたねぇ」いう顔を突き合わせつつも、もちろん面接には受かりたい。必死にわたしの意図を汲み、「ディスる」ポイントを探ろうとしていた。

 まぁ、無駄になっちゃうんだけどね。

「本音で話してくださいね」

 わたしは手のひらをメガホンがわりにし、【暴露】のスキルを発動させた。

 すると、さっそく美山が口を開く。

「あの、鳴海さん。アルヴィスをどうやってたぶらかしたんですか?……って、あれ⁈ 私、こんなこと言うつもりじゃなかったのなに!」

 驚く美山と身構える鳴海。勤勉な就活生ならば、【暴露】面接のことはリサーチしているはずで、見たところ、美山は知らなかったようだ。そして一方の鳴海は、事態を受け入れ、腹を括ったらしい。

「美山さん。彼は、誰にでも色目を使う貴女に嫉妬することに疲れたと言っていました。だから、罪に問われた貴女を庇う気になれなかった、と」

「誰にでもって……! れなは、念のために他の攻略キャラとも仲良くしておこうと思っただけで!」

 美山さん、崩れるの早いなぁ。一人称「れな」なのか。

 テレビのワイドショーで見たことがあるのだが、乙女ゲームの異世界にトリップして、複数の攻略対象と関係を持ってしまったという人は珍しくない。
 大円団ルートと言えば聞こえはいいが、よほど一途に一人を推していない限りは、可能性のあるイケメンには唾を付けておきたいものらしい。

「美山さんは、アルヴィスに対して不誠実だったのでは? ゲームの異世界だからといって、相手をNPCのように見ていませんでした? だから、攻略キャラだなんて言葉が出てくるんじゃないですか」

 お~。みんな、ゲーム異世界の住人をキャラクター扱いしがちなんだけど、鳴海さんは違うようだね。

 鳴海の口撃はなかなか激しいが、美山も黙ってはいない。

「そういう鳴海さんは、思いっきり若返って、はしゃぎまくったんじゃないですか? 噂で、アルヴィスの新しい婚約者は十六歳って聞いてました。まさか、中身がアラサー女だなんて、騙されたアルヴィスかわいそ~」

「年齢のことを指摘してくるなんて、ナンセンスですわ!」

 十年の令嬢キャリアのある鳴海は、感情的になったからか、その口からは令嬢言葉が飛び出した。

「無礼ですわ!」

「でも鳴海さんって、十年間モブ令嬢してたんですよね? てことは、クリスティーナが六歳のころから中身はオバさん? うわ、きっつ」

「たしかに、子どものフリをするのは大変でしたが、オバさんではありませんわ! 可愛く振る舞っていましたから!」

「だから、それがキツいんですって」

 美山は、同性として痛い部分を突いているのだろう。

 なぜかアラサー以上の人間は、異世界に行くと若返りがちだ。
 しかし、外見と精神年齢の乖離は、割り切って演じることを楽しめればいいが、年単位ならばストレスに違いない。わたしなら、頭がおかしくなる気がするため、某名探偵の精神力には脱帽である。

 そして、わたしがしばらくディスカッションを見守っていると、「年齢偽装!」、「ふしだら令嬢!」などと汚い罵り合いが始まってしまった。

 おいおい。君たち、面接中だってこと忘れてないか?

「美山さん。どうせ騎士学校にだって、イケメンを漁りに行かれたんでしょう? あそこは男子貴族学校ですもの」

「ふん! 悪い⁇ 成り行きを装って転がり込んでやったのよ!」

 この世でも異世界でも、ご都合主義な展開が起こる確率なんて、ごくごくわずかだ。だからわたしには、成り行きやトラブルは自ら起こすスタイルの美山を非難する気はない。

 まぁ、男漁りってのは不純な動機だけど。

「ほら、やっぱりそうですのね。アルヴィスの言った通り。騎士学校でも、不純異性交遊をされていたんじゃなくて? 騎士学校の学生って、女に飢えていそうですもの」

「騎士学校のみんなを悪く言わないで! れなの初めの目的はクズかったけど、騎士学校には浮ついた男は一人もいなかった! 真面目で、騎士になりたいって頑張ってる人しかいなかった!」

 美山は突然キレた。

 少し気になったわたしは、彼女の発言の真偽を確かめるべく、ディスカッションに口を挟んだ。

「落ち着いて、美山さん。君は、騎士学校で素敵な男性を探していたんじゃないの?」

「れな、さっき男装して入学したって言いましたよね? 最後まで男装を貫きましたよ。ラブイベントゼロの完璧な男装。だって、れなもみんなみたいに騎士を目指したかったから……」

 聞き進めると、近衛騎士見習いになったことも嘘ではなかった。美山れなは、本当に騎士道に目覚めていたのだ。

「その適応力と志、すごいね」

 わたしが就活生に関心することは珍しい。それくらい驚いたし、面白いと思ったのだ。

「ありがとうございます。イケメンドS公爵に責められて、キャッキャっしているアラサーとは違いますから」

 気が強そうな印象は、美山の騎士道から来るのかもしれない。

 そしてわたしは、「アルヴィス公爵はドS」という情報を頭のメモに書き込んでおいた。
 まぁ、乙女ゲームにはドS、プリンス、ヤンデレ、ツンデレ、女顔なんかは空気を吸うように登場してくるため、驚きはしないが。

 わたしは人間性の見極めはこの辺りにして、落とし所を探すことにした。

「では最後に、うちの会社に就職したら何がしたいですか?」

「はい。わたくし……、私は、御社の乙女ゲーム製作に関わりたいです。わたしの経験を活かして、シナリオ班に入りたいです」

 鳴海は、美山に圧倒されてしまったのか、すっかり声も態度も小さくなってしまっていた。

 わたしは黙って頷き、美山の方を向く。

「私は、新しいゲームを作りたいです! 『公爵に婚約破棄された令嬢が、騎士になって公爵の悪事を暴いてみます』なんて、ざまぁ展開のシナリオゲーム。どうですか?」

 みんな、『ざまぁ』が好きだなぁ。

 しかし、美山のそれは見てみたくもあるし、新しいゲーム作りへの意欲は、我が社には必要な素養だ。

「ありがとう。今日の面接は以上です。結果は追ってメールします」



 ***
 数年後、わたしは社内の新作ゲームプレゼンで、美山れなを見かけた。

「時代はBLゲームです! 騎士学校で先輩を襲っちゃう新入生! 闇のある先輩! たらしのフリをしている実はピュアな先生! 卒業したら、主君はオオカミ! 次回作はこれで決まりです!」

 なるほど。最近BLゲームの異世界にトリップする人が増えているのは、君のせいか。
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