あなたを狂わす甘い毒

アマイ

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番外編

世界一可愛い②

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「エマ!」

東屋に入りかけた人影が、驚いたようにビクリと身を震わせ、こちらを振り返った。

「え、ジョエル?」

真っ白なナイトドレスがフワリと風にそよぎ、暗闇に浮かび上がる。
露出した手足の抜けるような白さ、華奢な肢体──そのあまりに儚げな風情に、存在すら闇に溶けて消えてしまいそうな錯覚に襲われ、俺は激しい焦燥のまま駆け出し、手にした上着を被せながらエマを腕に掻き抱いた。

「ダメだ行くな! どこにも、行くな……!」

エマは逆らわず俺に身を預けた。

「大丈夫よ、どこにも行かないわ」

全身に感じるエマの鼓動と温もりとに、頭が徐々に冷静を取り戻していく。
ダメだな俺は。エマを前にするとこんなにも容易く狂気に呑まれる。

「すまない……またお前を喪うような気がして……」

エマは俺を宥めるよう背を優しく撫でた。

「私こそ不安にさせてごめんなさい……少しね、考え事がしたくて散歩していたの」

「何か、悩み事か」

エマは顔を上げ、観念したようにふっとため息を零す。

「……もうすぐね、兄は爵位を継承するんですって」

「それが、どうかしたのか?」

エマは憂いげに目を伏せた。長い睫毛が不安を示すように震えている。

「前世と同じなの……ちょうど今くらいの時期、兄が爵位を継承するって父から聞かされたわ」

エマの手が縋るように俺のシャツを掴んだ。

「カレンガ家を脅かす叔父様もマリカももう居ない……頭では分かっているのに、父と兄に前世と同じことが起こる度怖くなるの……何かを間違えていないか、本当に大丈夫なのかって」

「エマ……」

震えるエマを強く抱きしめた。俺にはエマの気持ちが痛いほど分かる。
前の生では取り返しのつかないこと、失ったものがあまりに多過ぎた。
その傷は、今なお俺を苦しめ苛む。

普段気丈にしていても、エマだって多くの苦しみを味わい、心に深い傷を負っている。様々なものから解き放たれた時、俺はそのことにようやく気付いた。

本当にどうしようもなく愚かだな、俺は──

「大丈夫だ、何があっても必ず守る。お前が望むことは、俺がすべて叶える」

「ジョエル……」

「苦しいなら好きなだけ吐き出してくれていい。俺はあまり気の利いたことは言えないが……一緒に背負うことはできるだろ?」

「……っ!」

エマは声を殺して泣いた。俺にしがみつき、全身を震わせるような激しい慟哭に、心が捻りあげられるように痛んだ。

だが同時に嬉しくもあった。
奥底にしまい込んでいた心の傷を、こうして俺の前で曝け出してくれている。
真実エマが心を許してくれていると感じられて、こんな状況にありながらもそれが堪らなく嬉しかった。

やがて泣き疲れたのか、俺にしがみついたままエマはぐったりとその身を預けてきた。

「取り乱して……ごめんなさい……」

「気にするな。俺の前ではどれだけ取り乱しても構わない」

「ダメ、今優しくされたら、また泣いてしまう……」

「好きなだけ泣くといい。ここには俺とお前しかしかいないだろ?」

髪を撫で梳くと、エマは俺の胸にグリグリと顔を押し付けながら呟いた。

「ジョエル……あなたにも記憶があって良かったって、心から思うわ」

「そうか」

「少なくとも今私は孤独じゃない。そしてきっとあなたも。生涯の秘密を共有し合えるって、すごいことよ」

「そう、かもしれないな」

エマと共有する生涯の秘密──それはどうしようもなく俺の心を揺さぶった。また一つ積み重なる、エマとの逃れられない縁。

「ずっと、一緒よ?」

エマは俺を見上げると、嬉しそうに笑った。
エマの顔は目元も鼻の頭も真っ赤で、恐らく女性としてはひどい有様なんだろうが、俺にはその飾らない笑顔が堪らなく眩しかった。

ああ、エマ……俺のエマ──

暗闇の中、潤んで琥珀色に輝く瞳に見惚れながら、俺はそっとエマに口付けていた。

その柔らかさを確かめるよう、啄むごとに角度を変え、深く舌を絡めて咥内を味わう。
口付けの合間合間に漏れる吐息は次第に熱を孕んで、俺を呼ぶエマの声音はひどく甘い。

脳髄がジンと痺れ、エマの甘さに、柔らかさにジワジワと現実を失ってゆく。このまま湧き上がる情動に身を委ねてしまいたくなるが、なけなしの理性で踏みとどまる。

こんなところで大切なエマを傷付けたくはない。それにまだ夜は冷える。エマの身体を冷やしてはいけない。

俺はエマを抱いたまま深く息を吐いて、熱く昂った身体を無理矢理鎮める。エマはそんな俺を見てふふっと笑った。

「優しいのねジョエル。少し肌寒かったから、上衣も助かったわ」

「そうか」

上衣は完全に無意識だった。無意識下にあっても俺の頭はこんなにもエマのことばかりなのだな。苦笑する俺を、エマは不思議そうに見ていた。

「なあエマ、今度セドリックを屋敷に招こう」

「え?」

「以前にはできなかったことを、これからしていくんだ。俺と、お前とで」

前世とは違う「今」を生きているのだと、エマが不安を感じる事などないように。そして俺自身もエマとしたかった様々なことを今度こそ叶えたい。

「ジョエル……ありがとう、本当に」

エマの瞳が再び潤む。だが涙が零れるのを必死で堪えるよう、引き結んだ唇がへの字に歪む。

『僕の妹は世界一可愛いだろ』

ああ、本当にな。俺のエマは世界一可愛い。
どれだけ泣き腫らそうと、涙を堪えて顔を歪ませようと、どんなエマも俺には可愛くて愛おしくて仕方がない。
まったく、これではセドリックの事をどうこう言えないよな。

「もう、何を笑っているの?」

どうやら俺は笑っていたらしい。エマはそんな俺を見て怪訝そうに眉根を寄せている。

「いや、エマが可愛くて仕方なくて」

「嘘だわ! 今きっとひどい顔してるもの」

「嘘じゃない。どんなエマも俺には可愛い」

「……もう!」

隠れるように俺の胸に顔を埋めるエマを抱きしめる。そうして頬に口付け、柔らかな耳朶を喰んだ。

「エマ、愛してる」

エマは俺のシャツを掴むと小さく呻いた。照れてるんだろうか。やっぱり可愛いな、俺のエマは。

「今度こそお前の心も守りたいんだ」

二度と喪うものか。
お前も、お前の心も。
時を経るほどに幾度も思い知らされる。エマは俺のすべてなのだと──

「ジョエル……なら、温めて。心も体も」

声が震えていた。今日のエマはひどく感傷的で、些細なことにも心乱されてしまうようだ。
ならば優しく蕩かせて甘やかしてやらないと、な。

素早くエマを抱き上げると、エマは咄嗟に俺の首に手を回した。

「ああ、朝まで離さない……良いか?」

エマはわずかに目を見開くと、困ったように笑った。

「バカ……そんなこと、わざわざ聞かないで」

返事の代わりに、エマは俺の唇を喰むように塞いだ。それだけでようやく鎮まりかけていた情欲の残り火が再び熱く滾る。

ダメだ、きっと今夜は抑えが効かない──そう予感した通り、翌日エマは起き上がることが出来ず、久々マーサからは小言を受けた。

申し訳ない気持ちはある。だが、こんなことはこれからもしばしばあるんだろうな。

だって仕方ないだろ?
俺のエマは「世界一可愛い」んだから──
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感想 172

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みんなの感想(172件)

亀姫
2021.04.17 亀姫

本、買いました!! 既に2回読みました! 書店で、こそっと買おうと思ったら、なかなか見つからず、ガッツリと店員さんに探してもらいました。マスクの時代でよかったです。

2021.04.17 アマイ

亀姫様

な、なんと!既に2回も読んで下さったなんて!!ありがとうございます😭その上書店でそんな目にあわれたとは!本当にマスクの時代で良かったです💦ついでに探して下さった店員さんにも感謝であります🙇‍♀️

解除
manan
2021.04.15 manan

書籍化おめでとうございます(^ ^)
とても好きなお話で単行本購入しました♡(今日購入、配送待ちでソワソワ待ってます笑)
番外編投稿頂けて嬉しいです!
これからも頑張ってください!!

2021.04.16 アマイ

manan様

ありがとうございます😆そして本の方もご購入頂けたなんて!ありがとうございます😭少しでも楽しんで頂けましたら幸いであります🙇‍♀️本の方に番外編を載せることが出来なかったので、亀ではありますが💦少しでもその後の様子などお届けできたらな、と思っております!暖かいお言葉を賜り本当にありがとうございます😊

解除
蜜
2021.04.12

更新ありがとうございます😊

久しぶりの2人らしい2人を読めて、キュンキュンで大満足でした〰︎💕
ジョエルが甘くて温かくて、嬉しくなりました。

激しくも甘く優しくなった2人の愛は、相思相愛によってジョエルも癒してくれるんだろうな…穏やかになろうとも、エマ至上主義の狂愛ジョエルでいて欲しいな 笑

今世では、そりゃもう確定的にエマの身体も心もしっかりとジョエルに守られて行くでしょうね🥰

はぁ…いいなぁエマ😍

2021.04.12 アマイ

蜜様

こちらこそ見て頂いてありがとうございます😊
キュンキュンして頂けたなんて嬉しいです😆ジョエルちょっと余裕ができて穏やかになってますが、本質的に狂的な部分はずっと抱えているんでしょうね💦
そうですね、色々苦い経験をしてるので、きっとエマの身も心も命がけで守ってくれるんだろなあなんて思います☺️

解除

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