前世魔性の女と呼ばれた私

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17ロジーヌ家の人々

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「ああ、ティアとても綺麗だ」

鏡台の前で私に豪奢なネックレスを着けながら、レイ様が満足げに微笑んだ。
今日は贈りたいものがあるから、とレイ様に招かれてロジーヌ邸を訪れていた。

「こんな高価なもの……」

「これは我が家で代々娘に受け継がれてきたものなんだ。ティアはもうすぐ私の娘になるのだろ?」

レイ様がウィンクする。この方が男性でなくて良かったとつくづく思う。

「ふふ、ありがとうございます……お義母様」

「ああ、いいなあ!私は本当に娘が欲しかったんだっ!」

ぎゅっと後ろから私を抱きしめて、レイ様は私の頭に頬ずりした。この感覚は――シグルドの愛情表現がレイ様譲りのように思われて、私は思わず笑みが溢れた。









「ティア、あまり聞きたくないかもしれないが……」

手にしたティーカップを受け皿に戻しながら、レイ様はふっと苦味を含んだ切ない笑みを浮かべた。私はその表情だけで痛いほど分かってしまった。

「ユージンのこと、ですね?」

「ああ、先日手紙がきたんだ」

「まあ!」

「ザハトで縁あって、今は王宮勤めをしているらしい」

「そう、ですか。良かった……」

私は心から安堵のため息が零れた。そして何故かユージンではなく、最後に会ったあの日のセレイスが思い出された。ユージンは頂いていく、と去っていった美しい後ろ姿。幸せに、やっているのだろうか。

「実の息子だからこそ、あいつに対しては私も複雑なんだ」

レイ様はふっと苦い笑みを浮かべた。私への気遣いと、ユージンへの愛情。レイ様の感情は清濁入り乱れる複雑なものと察せられた。

「ユージンのことは私の中で綺麗に方がついているんです。今私本当に幸せですから」

「ティア……ありがとう。君が私の娘になってくれるのが本当に嬉しい」

レイ様はアイスブルーの瞳を潤ませた。

「私もレイ様をお義母様、と呼べるのが本当に嬉しいです」

私たちはふふっと微笑み合った。

「ティア、良かったらディナーを一緒にどうだ?シグルドも喜ぶだろう」

「まあ、嬉しい!是非」








レイ様は張り切って私のドレスや化粧の手配をされた。娘が欲しくて堪らなかった、という欲求が爆発したのだろうか。既に私用のドレスが何着も用意されていた。そして着せ替え人形にされ、私は夜会並に疲れ切っていた。


「来てたのかティア!」

階段を降り立ったところで、丁度帰邸したシグルドに遭遇した。

「お帰りなさいシグルド。今日はレイ様にお招き頂いたの」

「それは……大変だっただろう。それにしても今日の君は何て……」

シグルドは目を細める。言葉はなくともシグルドの瞳は雄弁だ。熱を帯びた瞳を見上げて私は微笑む。

「今日の私は……何?」

シグルドは私の腰を抱いて、耳元に唇を寄せた。

「綺麗だ。帰したくない」

「ふふ、レイ様の見立ては完璧ね」

「……認めざるを得ないようだな」

シグルドはため息混じりに苦笑を浮かべると、私の頬に口付けた。そして視線が唇に注がれるのを感じて、目を伏せかけたその時──

「そこまでだシグルド!」

「っ!」

シグルドの後頭部に扇子がピシリと打ち付けられた。とてつもなく痛そうな音がした。

「母上……」

「気持ちは分かるがまだ結婚前だ、節度を持て馬鹿者!」

険悪に睨み合う母息子。

「あ!シグルド、ディナーの前に着替えてきてはどうかしら?」

「ああ、そうだな。ティアまた後でな」

シグルドは私を抱き締めると、レイ様の扇子攻撃を軽くいなしながら階段を駆け上がっていった。

「すまないなティア。いつからか知らんがあれは君が好きで仕方ないようだ」

「ふふ、私もシグルドを愛してますよ」

「そうか、それを聞いて安心した」

レイ様は愁眉を開いて、すっと私の手を取る。

「食堂までエスコートさせてもらおう、お姫様」

「ふふ、光栄です」

にっこり微笑み合って、私たちは食堂へと向かった。










「久しぶりだなティア!」

食堂には公爵が既に着座されていた。

「おじさま!お久しぶりです」

公爵は熊のように厳つい面を柔らかく緩めた。ガッシリと体も大柄で、幼い頃の私は無邪気に「熊のおじさん」などと呼んでいた。見かけに反してとても優しいおじさま。私は彼が大好きだった。

「俺だけ中々会えなくて寂しい思いをしていたんだぞ」

「ふふ、もうじきイヤでも沢山お会いできますよ」

公爵はうんうん、と頷いて嬉しそうに顔を緩めた。泣く子も黙る鬼の騎士団長と恐れられているそうだけれど、私にとっては昔から気のいいおじさまだ。

そんな公爵を見詰めながら、ふと思う。シグルドは一体誰に似ているのだろう、と。
顔立ちはどちらにも似ておらず、髪色も公爵はシルバーグレイ、レイ様はブラウンと全く被らない。

「あの、聞いてもいいですか?」

「ん?遠慮せず何でも聞いてくれ」

「シグルドの赤毛はどちら譲りなのですか?」

「ああ……」

レイ様が柳眉を顰めた。

「私の叔父なんだが……爵位を剥奪され、一族からも存在を抹消されるようなどうしようもない放蕩者だったんだ」

「そのような方が……」

「ああ、シグルドは見た目が生き写しでな、同じ気性を受け継いでるのではと恐ろしくて、必要以上に厳しく育ててしまったよ」

レイ様は自嘲的な笑みを浮かべる。

「まあ、お陰ですっかり女嫌いになってしまったようでな。中々結婚もしてくれないから私も責任を感じていたんだ。ティアはシグルドにとって正に救いの女神だ」

「そんな、大袈裟です」

「大袈裟じゃないぞ、ティアは俺の女神だ」

どこから聞いていたのか、シグルドが颯爽と現れて、私の隣に当然のように着座した。そしてテーブルクロスの下で私の手をぎゅっと握った。

「シグルド……」

「待たせてすまない」

公爵が頷いて片手を上げると、食事が次々運ばれてきた。そうして私は久方振りにロジーヌ家の方々との団欒を楽しんだ。








話が思いの外弾んでしまい、結局私はロジーヌ邸に泊まることとなった。

湯を頂いて、用意されていたナイトドレスを身に纏う。そして火照った体を冷ましたくてバルコニーに出た。

さあっと強い風が吹き抜けて、思わずよろけた所を逞しい腕に抱き留められた。見上げた先では、アイスブルーの瞳が不敵に笑んでいる。

「どうしてここに?」

「どうしてだと思う?」

私の部屋の外にはレイ様が騎士を配していた。もちろんシグルド対策で。

「私を攫いにでも来たのかしら?」

「ああ、その通りだ。君との時間を攫いに」

「時間?」

シグルドは掠めるように私の唇を奪う。

「俺が唯一ユージンに敵わない事……それがティアとの思い出と時間だ」

「シグルド……」

私はシグルドの頬を指先でそっとなぞる。

「これからの未来はあなたのものだわ」

 シグルドはふっと目を細めた。

「俺は君が思う以上に欲深いんだ」

「ふふ、私の心をこんなにも縛り付けておいて、まだ足りないだなんて……」

私はシグルドの耳朶を甘く食んで、耳元へ吐息混じりに囁いた。

「怖い男ひと」

シグルドはくくっと笑うと私を抱きすくめた。
ユージンとの他愛ない思い出にすら嫉妬してしまうこの人が堪らなく愛おしい。

広い背に腕を回して、大きく肌蹴た胸板に頬を擦り付ける。鼻孔を掠める私と同じ石鹸の香り。私はもうじき名実ともにシグルドのものになる――その実感が沸々と湧き上がって、私の胸は甘く疼いた。








「寒くないか?」

バルコニーでシグルドの膝の上に座らされ、後ろからすっぽりと抱きすくめられる。私は体に巻きつくシグルドの腕をそっと撫でた。

「熱すぎて火傷しそうだわ」

ふっとシグルドが笑う気配がした。

「思い出を一つ作りに来たんだ」

「まあ、どんな?」

「共に星を見る」

見上げると、空一面に眩い程の星々が煌めいていた。満天の星空、というのだろうか。前世ではプラネタリウムでしか見たことのない光景だった。

私はこの世界に暮らしながら、夜空を意識的に見たことがなかったのかもしれない。今初めて見るような感動に呑まれていた。

「キレイ……」

本当の感動に包まれている時程、悲しい位陳腐な言葉しか出ないものだ。

「ああ、ティアといつか一緒に見たいと思っていた」

「ふふ、ロマンチストなのね」

「そうだな、ティアとしたいことは沢山あるんだ。自分でもこんな一面があるとは知らなかったな」

「こんなロマンチストなあなたが女嫌いだなんて、ね」

私がふふっと笑みを溢すと、シグルドの掌が胸元からナイトドレスに潜り込み、膨らみを柔らかく撫でた。

「心外だな。女が嫌いなんじゃない、ティアだけが好きなんだ」

ぬるりとした舌が私の首筋を這い回る。この体はシグルドから与えられる快感を嫌という程知っている。そしてあの底なしの欲――あれを知ったら女嫌いなどと誰が言えるだろう。

シグルドの掌がゆっくりと私の体を這い回る。いつものように奪い尽くすような激しさはなく、そこにあるのは慈しむような優しさだった。
私はその心地良さと蓄積された疲労の為か、抗い難い睡魔に襲われた。

「んっ……シグル……わた、し……」

「お休み、俺のティア……」

口付けられたような気がする。その感触を最後に、私の意識は闇に呑まれた。








翌朝目覚めると、私はベッドの上だった。昨夜のシグルドとの逢瀬は夢だったのだろうか?
起き上がった時、何か硬いものが指先に触れた。小さな箱だった。

「まあ……!」

手に取って開いて見ると、そこにはダイヤの散りばめられた星型のピアスが並んでいた。中心には存在を主張するような鮮やかな赤い石。

「本当に……とんだロマンチストだわ」

私は溢れるシグルドへの愛おしさを、ピアスごと胸に抱き締めた。
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