前世魔性の女と呼ばれた私

アマイ

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14お酒は程々に

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ユージン失踪の噂から3日後、ミシアから手紙が届いた。

私への気遣いと気晴らしにどうか、と観劇への誘いだった。二人の身を案じて少し気が塞いでいた私は、彼女の優しさに心から感謝した。







「この演目、今凄い人気らしいの!チケットも入手困難で追加公演も決まったそうよ」

「まあ、よく取れたわね」

ミシアがそこで少し顔を赤らめてそっぽを向く。

「カラムに伝手があって……お願いしたの」

相変わらずミシアは「ツンデレ」のようだ。公の場では堂々と振る舞えるのに、私的な場ではまだ照れ臭さが抜けないようだ。
そんな様も可愛らしいくて、私は自然と顔が緩んでしまう。

「私の為、よね?ありがとうミシア。大好きよ」

そっと手を握ると、ミシアは悪戯っぽく笑って片目を瞑った。

「今までみたいに毎日学園で会えなくなってしまったんだもの、ティアに会う口実なら何でも良いのよ」

「ミシア……」

感激のあまり瞳が潤んでしまう。私はどうも同性に弱いらしい。こんな厚情を受けてはひとたまりもない。

「折角の機会だもの、思いっきり楽しみましょ!」

ミシアに手を引かれ、私達は毛足の長い赤絨毯を踏みしめた。
  









「て、ティア……大丈夫?」

ミシアが躊躇いがちに私の肩に触れる。終幕を迎えて、私はやや悄然と項垂れていた。

この劇自体は素晴らしい。役者も音楽も演出も何もかも。問題はストーリーだ。

主人公の男性が清楚可憐な令嬢と出会って真実の愛に目覚め、悪辣な婚約者を捨てて駆け落ちをする、というなんとも身につまされるストーリーなのだ。激しく感情が入ってしまい、私は精神疲労でぐったりしていた。

「ご、ごめんね、とにかく人気の演目をってリクエストして、ストーリーまでは知らなくて……」

「ミシア、謝らないで。どっぷり浸って私……思いっきり楽しませてもらったわ」

劇中の悪辣婚約者のようにふふっと笑ってみせると、ミシアがホッとため息をつく。

「よし!飲み物買ってくるわね」

ミシアは私の返事も待たず、喧騒に埋め尽くされているロビーの人混みに消えた。









「ねえミシア、これって……」

はい、と手渡されたそれはどう見てもアルコールの類だった。

「ティアはお酒ダメだったかしら?」

この国では厳密に飲酒は規制されていないけれど、18歳以上推奨という建前がある。

前世の私はかなりの酒豪だった。けれどリーティアの身で飲んだことはない。
私は興味が湧いた。仮に酔い潰れたとしても、帰りはシグルドが迎えに来ることになっている(断っても押し切られたので……)。

気が大きくなった私は、ミシアと笑顔で乾杯をして、久方ぶりのアルコールを楽しんだ。









「あああ……ティア、なんてこと……」

「どうしたのミシア?」

どこか現実感のない、フワフワと愉快で心地よい酔いに私は微笑む。途端にミシアが真っ赤になる。

「全く何て色気なの……不味いわ、このまま帰すのは……」

「ミシアったら一人で百面相ね、可愛い」

私がミシアの頬にそっと触れると、指先から激しい脈動が伝わる。

「まあミシア、大丈夫?具合が……」

「大丈夫じゃないのはティアよ!お水飲んで!」

押し付けるように手渡された水を、私は素直に飲む。そろそろシグルドが来る頃だ。酔ったままでは流石に不味い。火照る顔を扇子で扇ぎながら、私は気怠く水を飲み干す。

ふと、人の視線を感じた。自意識過剰ではないつもりだけれど、人に見られている気配をビシビシ感じる。

「ねえ私……どこかおかしい?」

「おかしい……といえばおかしいわね。その色気をしまってお願い……」

ミシアがうーん、と頭を抱えて追加の水を取りに立ち去った時――

「落とされましたよ」

不意に脇からハンカチを差し出された。振り返ると誠実そうな紳士が佇んでいる。

「まあ、ご親切にありがとうございます」

酔って覚束なくなっているのか、取り落としたことに全く気付かなかった。私は苦笑しながらそれを受け取る。

目が合うと、紳士ははっとしたように目を伏せた。やはり今の私はどこかおかしい様だ。

「お見苦しいところを……申し訳ありません」

「いえ……」

紳士は片手で額を覆う。

「あの、どこか具合でも?」

「違います。あなたはその……護衛などはいるのですか?」

「はい、そろそろ迎えが来る筈ですわ」

「そうですか。どうぞお気をつけて。今のあなたはとても……」

「とても?」

私は首を傾げて紳士をじっと見詰める。紳士はちらと私を見るなり目を閉じて頭を振った。目の前で揺れる濃紺の髪をぼんやり眺めていると――

「ティア、遅くなってすまない」

ぎゅっと腰を抱かれて、額に口付けられた。

「ロジーヌ卿のお連れだったか」

「これはクーベンヌ閣下、ご無沙汰しております」

シグルドが騎士の礼をする。クーベンヌ閣下?何処かで聞いたことがあるような……

「今は私的立場なので堅苦しいのは不要だ。そちらは?」

「婚約者のリーティアです」

「リーティア・ロジェと申します」

膝を折って微笑むと、閣下はすっと不自然に視線を逸らした。

「ロジーヌ卿も気が気ではないだろうな」

シグルドは何も言わずにふっと口角を上げた。

「正式な挨拶はまたいずれ……リーティア嬢」

私が微笑むと、閣下は目を伏せてため息をつかれた。これは相当心証が悪いのかもしれない。

「お気を付けて」

何を、と問う間も無く閣下は颯爽と立ち去られた。私はシグルドを見上げる。シグルドは私の顔を見るなりハッと目を見開いて抱きすくめた。

「ああ、良かったシグルド様来て下さって」

ミシアが私に水を差し出しながら、心底ホッとした様に表情を緩める。

「ミシア嬢、一体何が?」

「ごめんなさい、こんなことになるなんて……お酒を少々……」

「私今とても気分が良いわ。もう少し飲みたいくらい」

「ああ、分かった。一先ず邸へ帰ろうな」

シグルドは私の頭を撫でると、ミシアに礼を言って私を抱き上げた。

「歩けるわよ?」

「今の君は危険すぎるからな。誰にも見せたくないんだ」

私はシグルドの胸に頬を擦り付けて、ふふっと笑った。

「私、何だかとてもあなたに甘やかされたいわ」

首に腕を回して、シグルドの首筋に触れるだけの口付けを落とした。
シグルドはとんでもない速さでロビーを駆け抜けると、あっという間に私を馬車に押し込めた。

「シグルド?」

気付けば広い座席に押し倒されていた。

「君は……俺の忍耐を試しているのか?」

目の前には私を捕らえて離さない、獰猛なアイスブルーの瞳。私はうっとりと見詰めてシグルドの頬に触れた。

「その瞳、好きよ」

シグルドは低く呻くと項垂れて、私の胸に顔を埋めた。

「駄目だティア……おかしくなりそうだ」

シグルドは熱い息を吐き出すと、胸元の開いたドレスをコルセットごとぐっとずり下ろした。勢いで乳房が零れ出る。

シグルドは頂にちゅうと音を立てて吸い付くと、もう片方を摘んで引っ張るように擦り上げる。
私は吐息に混じる淫らな声を抑えながら、シグルドの髪に指を差し入れて抱き締めた。

シグルドは舌先で頂を嬲りながら、下肢に手を伸ばす。

「ティア、俺にどうして欲しい?君が望むこと……何でもしてやる」

下着の上から秘裂を撫で摩られ、私の背がビクリとしなる。

「んっ……口付けて、シグルド」

シグルドは啄ばむように口付けを落とす。何度も角度を変えて、触れる毎に深く、淫らに舌を絡めて。

「シグ、ルド……」

すがるように首に腕を巻きつけると、シグルドは私の背に腕を回して、ピッタリと体を合わせた。
そうして首筋に舌を這わせながら、時折ちゅうと音を立てて痕を刻む。

「ティア、外での飲酒は禁止だ。こんなティアを見るのは……俺だけでいい」

胸元に、乳房に、チクリチクリとシグルドは戒めのように痕を刻んでゆく。

「わかっ……た……も……ゆる、して……」

シグルドは頂を舌先で舐め転がすと、骨が軋むほど強く抱き締めた。

「ん……シグルド、愛してるわ」

そう囁くと、シグルドは荒い息を吐いて深く口付けた。








腕の中で眠るティアを見詰めながら、俺は深いため息をつく。元々ティアの男を掻き立てる色気は並外れている。

だがしかし、飲酒によってガードの緩くなったティアの破壊力は凄まじかった。辺りの男達は軒並みソワソワと落ち着かなく、堅物で知られるクーベンヌ閣下すらあの有様だ。

「シグルド……」

寝言のようだ。ふふっと幸せそうに笑うティアに、俺は堪らない愛おしさが込み上げる。

「ティア」

こめかみに、瞼に、唇に触れるだけの口付けを落とす。やっと手に入れた宝だ、誰にも渡さない。そして外での飲酒は厳禁、これは絶対だ。
それにしてもまた一つ悩みの種が増えたな、と苦笑しながら、俺は掌中の宝を抱き締めた。
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