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12サヨナラの前に
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「ルクス様、そろそろ休ませて頂けませんか?」
「ああ、気が利かず申し訳ない。あなたを相手にすると時間が経つのが早いな」
今日は王家主催の夜会だった。いつからか夜会でお会いする度、最低1曲はルクス様のダンスのお相手を務めるのが当たり前の様になっていた。
ルクス様にシグルド――社交界でも人気の二人を相手に、私は同性からの嫉妬を痛い程感じていた。
全く前世も含めて、よくぞここまで同性のヘイトばかりを稼ぐものだと我ながら感心する。
「ルクス様、美しい花ならここに沢山咲き誇っているではありませんか」
「ふ……何故だろうね、今はこの花が良いんだ。私にはここに居る誰よりも美しく見える」
これが「魔性」のなせる技なのだろうか。意図せず男を惹きつけるという何か──
「会場中の女性達の視線で私……殺されてしまいそうです」
ふうっと溜息をつくと、ルクス様は少し困ったように笑った。
「本当にままならない我が身だな……」
ダンスが終わるなりルクス様に群がる女性達に彼を押し付けて、逃げる様に立ち去ろうとした時だった。
「良いご身分ですわね」
振り返ると、儚げ佳人の仮面をベッタリ貼り付けたセレイスが微笑んでいた。
「今女性達の間ではあなたの噂で持ちきりですよ。流石ですわ」
「今はあなたの毒に付き合ってる暇はないのよ」
「釣れないことを仰らないで。少しで良いのです、お話出来ません?」
ただならぬものを感じて、私は分かった、と頷いた。
「結婚後は殿下の愛妾にでもなるおつもり?」
連れ立って訪れた庭園には、カップルが疎らに点在していた。ここなら話を聞かれる心配もなさそうだ。
セレイスは本性剥き出しの黒い笑みを湛える。
「そんな事になったら……シグルドがこの国を滅ぼすかもしれないわね」
私はにっこり微笑む。あながち的外れではない気がして薄ら寒い。
「ふ……まぁ精々楽しまれてください。あなたがどうなろうと興味もありませんわ」
「セレイス、喧嘩をしに来た訳ではないのでしょう?」
セレイスは笑みを消し、真っ直ぐに私に向き直った。そして見た事も無い穏やかな表情を浮かべるので、私は扇子で口を押さえたまま言葉を失った。
「お義姉様、お別れの挨拶に参りました」
「え?」
「わたくしは国を出る事にしました。ユージン様と共に」
「そ、んな……」
「ああ、あなたのそんな顔が最後に見られただけでも胸がスッとしましたわ」
少しの毒を含んでセレイスが笑う。小悪魔の様に蠱惑的な笑みだった。
「今は詳しいことは言えませんけど、落ち着いて気が向いたら手紙を書きますわ」
「ねえ、どうしてそれを私に?」
セレイスの両親が許すとは思えない。恐らく駆け落ちだろう。私が警邏に訴えでもしたら、二人は拘束される筈だ。
「わたくしはあなたが大嫌い。嫌い過ぎて無視できなかった……それだけよ」
ふっと微笑むセレイスの瞳は、陰を孕みながらもどこか穏やかさを湛えていた。ああ、セレイスは――
「あなた、ユージンを愛したのね」
セレイスは大きな目を見開く。
「案外奇跡って身近にあるものね。そう、あなた程の人が……」
私が微笑むと、セレイスは僅かに目を泳がせて背を向けた。
「どうとでも。もう会う事もないでしょうけど、精々お幸せに」
凛と伸ばされた華奢な背が、とても眩しく見えた。
「いつか、会いに来て」
セレイスは首だけ振り返ると、くっと唇を吊り上げた。
「いやよ。でもユージン様は頂いていくわ、さよならお義姉様」
立ち尽くす私の視界からセレイスの背が小さくなってゆく。
自己を憎悪する程両親の言いなりだったセレイスが、決別を選んだ。それが何も持たないユージンの為だとしたら、愛以外の何物だというのだろう。
ユージンの愛がセレイスを変えた。セレイスの憎悪を溶かしたのだ。それはなんて――
「ティア」
ふと気付けばシグルドに肩を抱かれていた。頬を指先で拭われて、私は初めて泣いていた事に気付いた。
「どうした?」
私の顔を覗き込んで眉間の皺を深めるシグルドに、私はふっと頬を緩めた。
「何か……美しいものを見た気がしたの。あれは何だったのかしらね」
惚けたように遠くを見つめる私を、シグルドは何も言わずに優しく抱きしめた。その腕の暖かさがとても掛け替えのないものに思えて、私はシグルドの胸にしがみついた。
――ユージンとセレイスが失踪した。
私がその噂を耳にしたのは、それから一週間ほど後の事だった。
「大丈夫だ。セレイスが居ればユージンは幸せになれる」
「シグルド……あなた何か知ってるのね?」
シグルドは意味深に笑ってはぐらかす。今は何も言うつもりがないらしい。私が恨めし気に見上げると、シグルドは笑って額に口付けた。
「君が俺の側に居てくれる限り、ユージンを不幸にはしないさ。ティアは……俺のものだ」
ギラリと底光る捕食者の瞳に射抜かれて、魅入られた隙を突くよう荒々しく口付けられた。
激情を叩きつけるような激しい口付けに翻弄されて、私が頭の片隅で二人の行く末を案じられたのはほんの一瞬の事だった。
「ああ、気が利かず申し訳ない。あなたを相手にすると時間が経つのが早いな」
今日は王家主催の夜会だった。いつからか夜会でお会いする度、最低1曲はルクス様のダンスのお相手を務めるのが当たり前の様になっていた。
ルクス様にシグルド――社交界でも人気の二人を相手に、私は同性からの嫉妬を痛い程感じていた。
全く前世も含めて、よくぞここまで同性のヘイトばかりを稼ぐものだと我ながら感心する。
「ルクス様、美しい花ならここに沢山咲き誇っているではありませんか」
「ふ……何故だろうね、今はこの花が良いんだ。私にはここに居る誰よりも美しく見える」
これが「魔性」のなせる技なのだろうか。意図せず男を惹きつけるという何か──
「会場中の女性達の視線で私……殺されてしまいそうです」
ふうっと溜息をつくと、ルクス様は少し困ったように笑った。
「本当にままならない我が身だな……」
ダンスが終わるなりルクス様に群がる女性達に彼を押し付けて、逃げる様に立ち去ろうとした時だった。
「良いご身分ですわね」
振り返ると、儚げ佳人の仮面をベッタリ貼り付けたセレイスが微笑んでいた。
「今女性達の間ではあなたの噂で持ちきりですよ。流石ですわ」
「今はあなたの毒に付き合ってる暇はないのよ」
「釣れないことを仰らないで。少しで良いのです、お話出来ません?」
ただならぬものを感じて、私は分かった、と頷いた。
「結婚後は殿下の愛妾にでもなるおつもり?」
連れ立って訪れた庭園には、カップルが疎らに点在していた。ここなら話を聞かれる心配もなさそうだ。
セレイスは本性剥き出しの黒い笑みを湛える。
「そんな事になったら……シグルドがこの国を滅ぼすかもしれないわね」
私はにっこり微笑む。あながち的外れではない気がして薄ら寒い。
「ふ……まぁ精々楽しまれてください。あなたがどうなろうと興味もありませんわ」
「セレイス、喧嘩をしに来た訳ではないのでしょう?」
セレイスは笑みを消し、真っ直ぐに私に向き直った。そして見た事も無い穏やかな表情を浮かべるので、私は扇子で口を押さえたまま言葉を失った。
「お義姉様、お別れの挨拶に参りました」
「え?」
「わたくしは国を出る事にしました。ユージン様と共に」
「そ、んな……」
「ああ、あなたのそんな顔が最後に見られただけでも胸がスッとしましたわ」
少しの毒を含んでセレイスが笑う。小悪魔の様に蠱惑的な笑みだった。
「今は詳しいことは言えませんけど、落ち着いて気が向いたら手紙を書きますわ」
「ねえ、どうしてそれを私に?」
セレイスの両親が許すとは思えない。恐らく駆け落ちだろう。私が警邏に訴えでもしたら、二人は拘束される筈だ。
「わたくしはあなたが大嫌い。嫌い過ぎて無視できなかった……それだけよ」
ふっと微笑むセレイスの瞳は、陰を孕みながらもどこか穏やかさを湛えていた。ああ、セレイスは――
「あなた、ユージンを愛したのね」
セレイスは大きな目を見開く。
「案外奇跡って身近にあるものね。そう、あなた程の人が……」
私が微笑むと、セレイスは僅かに目を泳がせて背を向けた。
「どうとでも。もう会う事もないでしょうけど、精々お幸せに」
凛と伸ばされた華奢な背が、とても眩しく見えた。
「いつか、会いに来て」
セレイスは首だけ振り返ると、くっと唇を吊り上げた。
「いやよ。でもユージン様は頂いていくわ、さよならお義姉様」
立ち尽くす私の視界からセレイスの背が小さくなってゆく。
自己を憎悪する程両親の言いなりだったセレイスが、決別を選んだ。それが何も持たないユージンの為だとしたら、愛以外の何物だというのだろう。
ユージンの愛がセレイスを変えた。セレイスの憎悪を溶かしたのだ。それはなんて――
「ティア」
ふと気付けばシグルドに肩を抱かれていた。頬を指先で拭われて、私は初めて泣いていた事に気付いた。
「どうした?」
私の顔を覗き込んで眉間の皺を深めるシグルドに、私はふっと頬を緩めた。
「何か……美しいものを見た気がしたの。あれは何だったのかしらね」
惚けたように遠くを見つめる私を、シグルドは何も言わずに優しく抱きしめた。その腕の暖かさがとても掛け替えのないものに思えて、私はシグルドの胸にしがみついた。
――ユージンとセレイスが失踪した。
私がその噂を耳にしたのは、それから一週間ほど後の事だった。
「大丈夫だ。セレイスが居ればユージンは幸せになれる」
「シグルド……あなた何か知ってるのね?」
シグルドは意味深に笑ってはぐらかす。今は何も言うつもりがないらしい。私が恨めし気に見上げると、シグルドは笑って額に口付けた。
「君が俺の側に居てくれる限り、ユージンを不幸にはしないさ。ティアは……俺のものだ」
ギラリと底光る捕食者の瞳に射抜かれて、魅入られた隙を突くよう荒々しく口付けられた。
激情を叩きつけるような激しい口付けに翻弄されて、私が頭の片隅で二人の行く末を案じられたのはほんの一瞬の事だった。
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