前世魔性の女と呼ばれた私

アマイ

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9 親友とお邪魔虫

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「ミシア!」

私は駆け寄ってミシアを抱き締めた。はしたない、とか令嬢らしくない、なんてどうでもいい。会いたかった私のたった一人の親友。

「ティアよく来てくれたわ!一月ぶり……かしらね」

「ええ、ずっと会いたかったわ」

前世で徹底的に同性に嫌われた影響だろうか。今世の私は、特に同年代の女性を自然と敬遠してしまう。

けれどミシアだけは違った。彼女は自分自身の物差しと価値観とを持っている。噂や他人の評価に振り回されない、ニュートラルな女性だ。家族やシグルド以外で、私が唯一素顔を晒せる稀有な人。

今日は息抜きにでも、とミシアが邸に招いてくれたのだ。学園を辞めて以来なので一月ぶりの再会。私は楽しみのあまり昨夜は中々寝付けなかった。

「ティアの好きそうな恋愛小説なんかも用意したのよ。良かったら持って行ってね」

「まあ!最近はゆっくり本を読む余裕もなかったから……本当に嬉しいわ」

「ふふ、今日は天気がいいから外でティータイムにしましょう」

私達は笑い合い、とりとめもない話をしながら四阿ガゼボへと向かった。






「ティアももうすぐ結婚なのね」

「まだ実感は湧かないけど……ミシアも卒業後はカラム様と結婚でしょう?」

「ああ……まあそうなるわね」

ミシアは伯爵家嫡男カラム様との婚約が決まっている。カラム様はミシアのお兄様のご学友で、たまたま引き合わされたミシアに彼が一目惚れしたのだとか。

熱量の違いにミシアは未だ戸惑っているようだけれど、徐々に絆されているのが分かる。

「今度の夜会でお会いできるわね、楽しみにしているわ」

「私もティアに会えるのは楽しみよ」

少し顔を赤らめ、眉を顰めるミシアは中々に「ツンデレ」のようだ。そんな彼女が可愛らしくて、思わず笑った時だった。

「ご令嬢方、ご機嫌麗しく」

突然の闖入者に私とミシアは固まる。そして声の主を認め、慌てて立ち上がり膝を折った。

「ああ、非公式だから楽にして」

鷹揚に手を振って私達に着座を促した。

「ルクス殿下、なぜこちらへ?」

ミシアの声は心なしか冷たい。

「近くに来たから寄ってみたんだよ。昔はよく遊びに来ただろう?懐かしくてつい、ね」

悪びれる様子もなく、侍女に差し出されたカップを優雅に傾ける。
確か殿下のお祖母様がミシアの一族の出だったはずだ。それにしても何故このタイミングで?

「リーティアはミシア嬢のご学友だったかな?」

ミシアがピクリと片眉を吊り上げた。殿下は態と私を呼び捨てにされたのだ。

「ええ、ミシアは大切な友です。今日は……本当に楽しみでしたのよ」

遠回しに邪魔だと言ってみるものの、殿下には鉄壁の笑顔で躱された。

「ミシア嬢、少しリーティアを借りるよ」

殿下は立ち上がると私の手を取り、庭園の方へ強引にエスコートされた。

振り返ると、ミシアが殿下の背に冷たい視線を送っていた。本当になんという日だろう。






「殿下……わたくしに何か?」

殿下はふっと微笑むと、私の手の甲に口付けた。

「つれないねリーティア。私はあの日以来君が頭から離れないというのに」

「お戯れを……」

「私が戯れでこんなことをするとでも?」

「まさかわたくしに会いにいらしたとでも?」

「どう思う?」

殿下が微笑む。男性でありながら、なんという妖艶さだろう。でも呑まれてはいけない。私は閉じたままの扇子を唇に押し当て、首を傾げた。

「矮小なわたくし如きが殿下のお心を計るなど……」

「そんなつれなさも堪らなく愛らしく見えるのだから、私も相当だな」

殿下は笑みを深めて一歩私へと歩み寄る。私は思わず後ずさる。と、ヒールが小石を踏んで重心を狂わせた。

倒れる!覚悟した次の瞬間、私は殿下の腕の中に居た。これは……なんという既視感。

「申し訳ありません、殿下。手をお離し下さい」

身を捩ると、逆に殿下にきつく抱き締められた。

「少しだけ……お願いリーティア」

耳元で囁かれる声は酷く掠れていた。私に縋り、懇願するその様は、ひどく切実なものに見えた。

「殿下」

「ルクスだ」

「……ルクス様、わたくしは男性が好きではありません。正確には……苦手なのです」

「そう、私には慣れてくれると嬉しいのだが」

「シグルドだけが例外なのです。それと」

私はルクス様の胸に扇子を当てて軽く押した。少しルクス様との距離が開く。そしてルクス様を見上げると、過去の私が蕩けるような微笑を浮かべた。

「わたくしは殿方を堕落させる類の女……距離を間違われてはいけませんわ」

殿下は食い入るように私を見詰める。ふと手の力が緩んだ隙に私は身を翻して、逃げるようにその場を後にした。







特に気を引いたつもりはないけれど、ルクス様は私に興味を持ってしまったようだ。
過去の私ならむしろ、遊び慣れたルクス様の様な方を好んだことだろう。きっと身を持ち崩してゆく様すら楽しんだ筈だ。本当に私は禄でもない女だった……

けれど、今世の私は愛を知った。シグルドは……シグルドだけは全力で幸せにしたいのだ。

無性にシグルドに会いたくなった。

「シグルド……」

私はぎゅっと目を瞑ると、自らを宥めるように抱き締めた。









「リーティアは?」

「帰りましたわ」

「そうか」

どこか上の空な私の様子に、ミシア嬢は怪訝な顔をする。

「今日の件は……兄に聞いたのですね?」

「ふふ、どうだったかな」

まあ、その通りなんだけれどね。

「殿下がどういうおつもりかは存じませんけど、ティアはシグルド様と愛し合っているのです。戯れはおよしになって」

「戯れ、か」

「本気だとでも?」

「さて、どうだろう」

私は逃げるように去ったリーティアの残像を追うよう、くうを見詰めていた。
日に透け、金にも見えた美しい亜麻色の髪と、私を見透かすような艶やかな笑みとが、ずっと抜けない棘のように胸に突き刺さっていた。あの時、私は確かに堕ちてもいいとすら思ったのだ。

「私は……愚かだな」

「え?」

自嘲混じりの呟きは、誰の耳に届くこともなく空に解けて消えた。
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