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8 義弟
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私には兄弟がいない。そして次期公爵のシグルドを婿養子には得られないため、ロジェ家では養子を迎えることとなった。
既にある程度選定は済んでいたようで、父の弟カラフェ伯の次男レオンが来ることに決まった。
一つ年下のレオンとは幼い頃何度か会った記憶はあるものの、どんな青年になったのだろう。私は不安半分期待半分でその日を迎えた
「レオンです。今日からお世話になります」
ピシリと折り目正しくレオンは礼をした。艶やかな黒髪に、私と似た翡翠色の瞳。社交界に出たら騒がれそうな、中々の美形だった。
「お久しぶりですレオン。また会えて嬉しいわ」
私がにっこり微笑むと、レオンは真っ赤になって横を向いた。女性に慣れていないのだろうか。私はそんな様子も好ましく思った。
「お父様、レオンに邸を案内するわ」
「分かった。レオンまた後でな」
「はい、おじ……義父上」
レオンの少し照れ臭さそうな様子に、父は嬉しそうに微笑んだ。
邸内の案内を粗方終えて、私達は庭に出た。
「この花壇、よく覚えてます。リ……姉上が柵に躓いて転んで大泣きしましたね」
「そうだったかしら。忘れてくれると嬉しいのだけれど」
邸を案内し、言葉を交わすうちにレオンは大分打ち解けてくれた。幼い頃に戻ったようで私は嬉しかった。
庭を散策しながら取り留めもなく話し、笑いあっていた時、私を呼ぶ声がした。
「え?シグルド?」
振り返るとシグルドが邸の方からとんでもない速さで駆けてきた。
呆気に取られる私とレオンを尻目に、シグルドは荒い息を吐きながら私をすっぽりと抱き込んだ。
「ちょっ……こんな時間にどうして?」
「今日は午後からなんだ。少し顔を見に来た」
シグルドはこうして隙をみては私に会いに来る。嬉しいけれどきちんと休めているのかと心配にもなる。
「ありがとう、嬉しいわ」
私が彼の腕を撫でると、やっと力が緩められた。シグルドの腕を抜け出し、私はレオンに向き直る。予想はしていたけれど、レオンは真っ赤になっていた。
「レオン、ごめんなさいね。こちらは私の婚約者のシグルド。シグルド、彼は私の義弟になるレオンよ」
シグルドは鋭い眼差しをピタリとレオンに向けた。レオンは少し青褪めるも、丁寧に礼をした。
「レオンと申します」
レオンは長身だけれど、シグルドは更に大柄だった。レオンを威嚇するように見下ろすと、にいっと唇の端を歪めた。
「シグルドだ。お前、ティアに惚れるなよ」
レオンは目を丸くして、ポカンと口を開けていた。
「シグルド」
私は彼がこれ以上おかしな事を言わないように、人差し指と中指とでつつ、とその唇をなぞった。
「これ以上レオンの前で愚かなことは言っては駄目よ」
牽制を込めてにっこり笑うと、シグルドは楽しそうに口の端を吊り上げた。指先に口付けて、私の掌をそのまま頬に当てる。
「ティア、俺をどこまで馬鹿で愚かな男に堕とせば気が済むんだ?君は本当に……悪い女だな」
シグルドの瞳が妖しく光る。
「あ、あの……」
おずおずとかけられたレオンの声に、シグルドは横目でチラリと目線を送る。
レオンは片手で額を覆い、真っ赤になっていた。私は押し当てられていた手でシグルドの頬を一撫ですると、レオンに体を向けた。
「レオンごめんなさいね。シグルドの言うことはどうか気にしないで」
「あ、いえ……はい。僕は先に邸に戻ってますね」
レオンは私達から目線を逸らし、赤い顔に手を当てながら、足早に立ち去った。
何だかとても悪い事をしてしまったようで居た堪れない。八つ当たり気味にシグルドを下から睨むと、シグルドは額に口付けて、私を抱きしめた。
「そんな顔されても可愛いだけだ」
「シグルド……」
「早いうちに芽は摘んでおかないとな」
シグルドが耳元でくくっとおかしそうに笑う。
「レオンは従弟よ、本当の弟みたいなものだわ」
「ティアは本当に無自覚なんだな」
シグルドはふうっとため息をつく。
「まあいい。自覚する前にへし折ったから」
「何を言っているの?」
「独り言だ」
言い募ろうとする私の唇を塞ぐように、シグルドは口付けた。
啄ばむようなそれの合間合間に、もう、バカ、と私が漏らすと、彼は楽しそうに目を細めた。
「ティアのためなら俺はどこまでも馬鹿で愚かな男に成り果てるんだ」
「……ずるいわシグルド」
そんな蕩けるように見詰められたら、私はもう何も言えなくなる。
私は屈んだシグルドの首に腕を回すと、耳元で馬鹿、と囁いた。
そしてお仕置きとばかりに彼の首筋に口付けると、ちゅうと吸い上げた。シグルドに刻む所有印は妙に私を昂ぶらせた。気付けばシグルドの首筋には沢山の痕が散っていた。
熱を孕んだシグルドの瞳を見て、過去の『私』がうっとりと微笑んだ。
「ねえ、困ったわ。私も……あなたにはどこまでも馬鹿で愚かな女になるみたい」
刻み付けた所有印を指先で辿ると、シグルドに噛み付くように口付けられた。
「レオンちゃん大丈夫?顔が真っ赤よ」
アリアドネは心配そうにレオンの顔を覗き込む。レオンは慌てて顔を逸らした。
「だ、大丈夫です。おば……義母上、あの」
「ん?なぁに?」
「姉上とシグルド様は……その……いつもああいう?」
「ああ、当てられちゃった?」
レオンは思い出したのか又更に顔を赤らめた。
「二人は政略じゃなくてね、恋人同士なのよ」
アリアドネはにっこり微笑んだ。
「恋人……」
「特にシグルドちゃんの嫉妬独占欲は恐ろしいから気を付けてね」
既に洗礼を受けました、とは言えず、レオンは「はい」と殊勝に頷いた。
レオンにとってリーティアは淡い淡い初恋だった。美しくなったリーティアに再会して、レオンの心臓ははち切れんばかりだった。
そんな心情をシグルドは正確に見抜いたのだ。そして射殺さんばかりに牽制された。
初めから敵うはずもなかった。レオンが自嘲の笑みを浮かべる様を、アリアドネは不思議そうに見詰めていた。
既にある程度選定は済んでいたようで、父の弟カラフェ伯の次男レオンが来ることに決まった。
一つ年下のレオンとは幼い頃何度か会った記憶はあるものの、どんな青年になったのだろう。私は不安半分期待半分でその日を迎えた
「レオンです。今日からお世話になります」
ピシリと折り目正しくレオンは礼をした。艶やかな黒髪に、私と似た翡翠色の瞳。社交界に出たら騒がれそうな、中々の美形だった。
「お久しぶりですレオン。また会えて嬉しいわ」
私がにっこり微笑むと、レオンは真っ赤になって横を向いた。女性に慣れていないのだろうか。私はそんな様子も好ましく思った。
「お父様、レオンに邸を案内するわ」
「分かった。レオンまた後でな」
「はい、おじ……義父上」
レオンの少し照れ臭さそうな様子に、父は嬉しそうに微笑んだ。
邸内の案内を粗方終えて、私達は庭に出た。
「この花壇、よく覚えてます。リ……姉上が柵に躓いて転んで大泣きしましたね」
「そうだったかしら。忘れてくれると嬉しいのだけれど」
邸を案内し、言葉を交わすうちにレオンは大分打ち解けてくれた。幼い頃に戻ったようで私は嬉しかった。
庭を散策しながら取り留めもなく話し、笑いあっていた時、私を呼ぶ声がした。
「え?シグルド?」
振り返るとシグルドが邸の方からとんでもない速さで駆けてきた。
呆気に取られる私とレオンを尻目に、シグルドは荒い息を吐きながら私をすっぽりと抱き込んだ。
「ちょっ……こんな時間にどうして?」
「今日は午後からなんだ。少し顔を見に来た」
シグルドはこうして隙をみては私に会いに来る。嬉しいけれどきちんと休めているのかと心配にもなる。
「ありがとう、嬉しいわ」
私が彼の腕を撫でると、やっと力が緩められた。シグルドの腕を抜け出し、私はレオンに向き直る。予想はしていたけれど、レオンは真っ赤になっていた。
「レオン、ごめんなさいね。こちらは私の婚約者のシグルド。シグルド、彼は私の義弟になるレオンよ」
シグルドは鋭い眼差しをピタリとレオンに向けた。レオンは少し青褪めるも、丁寧に礼をした。
「レオンと申します」
レオンは長身だけれど、シグルドは更に大柄だった。レオンを威嚇するように見下ろすと、にいっと唇の端を歪めた。
「シグルドだ。お前、ティアに惚れるなよ」
レオンは目を丸くして、ポカンと口を開けていた。
「シグルド」
私は彼がこれ以上おかしな事を言わないように、人差し指と中指とでつつ、とその唇をなぞった。
「これ以上レオンの前で愚かなことは言っては駄目よ」
牽制を込めてにっこり笑うと、シグルドは楽しそうに口の端を吊り上げた。指先に口付けて、私の掌をそのまま頬に当てる。
「ティア、俺をどこまで馬鹿で愚かな男に堕とせば気が済むんだ?君は本当に……悪い女だな」
シグルドの瞳が妖しく光る。
「あ、あの……」
おずおずとかけられたレオンの声に、シグルドは横目でチラリと目線を送る。
レオンは片手で額を覆い、真っ赤になっていた。私は押し当てられていた手でシグルドの頬を一撫ですると、レオンに体を向けた。
「レオンごめんなさいね。シグルドの言うことはどうか気にしないで」
「あ、いえ……はい。僕は先に邸に戻ってますね」
レオンは私達から目線を逸らし、赤い顔に手を当てながら、足早に立ち去った。
何だかとても悪い事をしてしまったようで居た堪れない。八つ当たり気味にシグルドを下から睨むと、シグルドは額に口付けて、私を抱きしめた。
「そんな顔されても可愛いだけだ」
「シグルド……」
「早いうちに芽は摘んでおかないとな」
シグルドが耳元でくくっとおかしそうに笑う。
「レオンは従弟よ、本当の弟みたいなものだわ」
「ティアは本当に無自覚なんだな」
シグルドはふうっとため息をつく。
「まあいい。自覚する前にへし折ったから」
「何を言っているの?」
「独り言だ」
言い募ろうとする私の唇を塞ぐように、シグルドは口付けた。
啄ばむようなそれの合間合間に、もう、バカ、と私が漏らすと、彼は楽しそうに目を細めた。
「ティアのためなら俺はどこまでも馬鹿で愚かな男に成り果てるんだ」
「……ずるいわシグルド」
そんな蕩けるように見詰められたら、私はもう何も言えなくなる。
私は屈んだシグルドの首に腕を回すと、耳元で馬鹿、と囁いた。
そしてお仕置きとばかりに彼の首筋に口付けると、ちゅうと吸い上げた。シグルドに刻む所有印は妙に私を昂ぶらせた。気付けばシグルドの首筋には沢山の痕が散っていた。
熱を孕んだシグルドの瞳を見て、過去の『私』がうっとりと微笑んだ。
「ねえ、困ったわ。私も……あなたにはどこまでも馬鹿で愚かな女になるみたい」
刻み付けた所有印を指先で辿ると、シグルドに噛み付くように口付けられた。
「レオンちゃん大丈夫?顔が真っ赤よ」
アリアドネは心配そうにレオンの顔を覗き込む。レオンは慌てて顔を逸らした。
「だ、大丈夫です。おば……義母上、あの」
「ん?なぁに?」
「姉上とシグルド様は……その……いつもああいう?」
「ああ、当てられちゃった?」
レオンは思い出したのか又更に顔を赤らめた。
「二人は政略じゃなくてね、恋人同士なのよ」
アリアドネはにっこり微笑んだ。
「恋人……」
「特にシグルドちゃんの嫉妬独占欲は恐ろしいから気を付けてね」
既に洗礼を受けました、とは言えず、レオンは「はい」と殊勝に頷いた。
レオンにとってリーティアは淡い淡い初恋だった。美しくなったリーティアに再会して、レオンの心臓ははち切れんばかりだった。
そんな心情をシグルドは正確に見抜いたのだ。そして射殺さんばかりに牽制された。
初めから敵うはずもなかった。レオンが自嘲の笑みを浮かべる様を、アリアドネは不思議そうに見詰めていた。
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