前世魔性の女と呼ばれた私

アマイ

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6 初めての嫉妬②

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なんとその日の夕刻にシグルドがやってきた。

「ティア!」

顔を見るなり駆け寄ってきて、ぎゅうと抱き締められた。仄かに香るスパイシーな香り。私はその広い背に腕を回した。急いできたためか、体は少し汗で湿っていた。私に会うために……そんな些細なことに気付いて私は堪らなく嬉しくなる。

「シグルド、会いたかった……すごく……」

「ティア……」

はぁ、と切なげな吐息が耳に吹き込まれてゾクリと背筋が粟立った。シグルドが喜んでいるのが全身から伝わってくる。

私がされて嬉しい事、言われて嬉しい事はシグルドも嬉しい。そんな簡単なことにも思い至れないだなんて……思わず自嘲の笑みが零れた。

前世の私にはたくさんの男たちが居た。けれど濃密な心の触れ合いというものは皆無だった。私は愛というものを知らなかったから……

恋愛において私は初心者だ。前世の記憶なんて全く当てにならない。手探りで時にみっともない私だけれど、彼はどんな私でも笑って受け止めてくれる、そんな気がした。

「シグルド私……ハースリー王女に嫉妬したわ」

シグルドがガバっと私を引き剥がして、まじまじと顔を覗き込む。

「ティアが……嫉妬?」

「ええ……私、すごく独占欲が強いの。シグルドが他の女性に触れるのが嫌で堪らなかったし、その……シグルドは私のものよ!って叫びだしたくなったわ……」

俯く私の顎を掬ってシグルドが私の頬に口付ける。額に、鼻先に、唇の端に――

私が焦れて甘く睨むと、シグルドがはぁ堪らない……と言って唇に触れた。下唇を、上唇をちゅうと吸い上げて、熱い舌が差し込まれる。絡めとられて淫らにもつれ合う感触に、堪らず切ない吐息が漏れる。

「シグルド、こんな私……嫌いにならない?」

「嫉妬も独占欲も可愛くて堪らないのに嫌うはずないだろ?でも……俺がそんなことを許すのはティアだけだ」

そうやってティアは特別だ、ティアだけだとシグルドは甘い蔓で私を縛り上げる。こんなにも囚われて、シグルド以外のことなど考えられる筈がない。

「本当に……悪い人……」

こんなに私を好きにさせて、本当に憎たらしい程愛おしい。私はシグルドにあらん限りの力でしがみ付いた。シグルドはそんな私を優しく抱きとめる。

「はぁ……だめだ……我慢できなくなる……」

シグルドは辛そうに天を仰いだ。
私達は一度体を繋げていたし、両家両親にも知られている。けれどシグルドはあれ以来口付け以上の触れ合いをしようとはしなかった(その分口付けが濃厚過ぎて大変なのだけれど……)。

散々抱き潰しておきながら、結婚まで我慢するのが彼なりのケジメなのだそうだ。何を今更、と思わなくもないけれど、その気持ちが嬉しくもあるので私は尊重している。

「シグルド、愛してるわ……」

真っ直ぐに見上げると、シグルドが片手で顔を覆ってしまった。私はふふっと笑って胸に頬を擦り付ける。

「ティア……俺を殺す気か……」

シグルドは私を抱き締めると、そのままベッドに倒れこんだ。ぐっと押し付けられた下半身はとんでもない存在を主張していた。

「俺は物凄く重たい男なんだ。ティアが好き過ぎて本当なら誰にも見せたくないし、触らせたくない。昨日だってルクスを何度殺りたいと思った事か……妄想の中ならユージンなんて何百回と殺してる。ティアこそこんな俺が嫌にならないか?まあ、嫌と言われてももう逃さないけどな」

昏い笑みを浮かべて私を射抜くシグルドを、私は瞬きも出来ずに見詰めていた。

シグルドの言葉に嘘を感じたことは一度もない。この人は本当に私が好きで堪らないのだろう。昨日の嫉妬が馬鹿馬鹿しくなる程に、私はシグルドの執念のような愛情で満たされた。

「どうしてかしら、全く重たいなんて思わないの。むしろ……嬉しいわ」

シグルドの頬に口付けると、シグルドは嬉しそうに目を細めて唇を重ねた。彼の側にいるだけで、触れ合っているだけで幸せだと感じる。
もっとと強請るように私はシグルドの首に腕を回した。








「シグルドちゃん」

玄関ホールで俺はティアの母──アリアドネ・ロジェ夫人に声をかけられた。
幼い頃から可愛がって貰った、謂わば第二の母とも言える気やすい間柄だ。

「リアさん、挨拶もしないで申し訳ない」

「いいのいいの。約束通りティアちゃんのこと大事にしてくれてありがとう」

「俺こそティアとの結婚を許してくれてありがとう。ティアは必ず幸せにする」

リアさんはニッコリと満足そうに笑った。

「私はティアちゃんの幸せを第一に考えてるけど、シグルドちゃんやユーちゃんの幸せも願ってるのよ。その為の協力は惜しまないから、ね」

少女のようなあどけない笑顔で、時折この人は全てを見透かしているのでは、と空恐ろしく思うことがある。

「ありがとう、心強いな」

心から思う、あなたが味方で本当に良かったと。

「ティアちゃんも喜ぶからいつでも来て頂戴。不安なんて感じさせないくらい、ね?」

俺はリアさんの意図を正確に把握した。

「いいのか?俺はただでさえティアに会いたくて堪らないんだ。後で文句は聞かないぞ?」

俺がニヤッと笑うと、リアさんは綺麗な笑みを深めた。

「結婚まであと5ヶ月……二人でたくさん愛を深めると良いわ。私やあなたのお母様……レイのように」

リアさんも俺の母も、貴族にあっては珍しい恋愛結婚をしていた。確かに今なお睦まじい彼らは理想の夫婦像と言えるかもしれない。

「リアさん……気遣い感謝する」

俺が目を細めると、リアさんはふふっと少女のように笑った。
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