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あー…これ、アレだわ、転生ってやつだわ。


一瞬にして流れ込んできた、前世の記憶という大量の情報で、頭をぐわんぐわん言わせながらもその事実に気付く。



―――――――――***



下町の小さな家で母と2人、貧しいながらも幸せに暮らしていた。
しかし、少し無理をして働き続けていた母が過労で倒れ、そのまま息を引き取ってしまった。
残された私は、母が残してくれた僅かな財産と、近所のパン屋さんのお手伝いをして賃金を貰い、何とか生活していた。

そんなある日、私の父親だと名乗る男爵様が私を迎えに来た。
断る事などできず、言われるがままついていくと、大きな御屋敷についた。

それからの生活はまるで夢のようだった。
今まで住んでいた家の倍はある部屋に、かわいい家具。
まるで物語のお姫様が着るような、綺麗な服。
毎日お腹いっぱい食べられる美味しいご飯。
子供に恵まれなかった男爵夫妻はとても優しくて、色々なものを与えてくれた。

そう、私はすっかり舞い上がっていた。

貴族の子息令嬢が通う王立学園への入学までの間、大した教育も施されずに入学式となってしまった。
令嬢としての準備が全然できていないという事実に気付けないまま。

だから入学式会場へと、令嬢らしからぬ小走りで向かい、更に転んでしまったのだ。



「いったぁー」



地面に手をついて体を起こすと、すっと顔の前に手が差し出された。



「大丈夫かな?」



柔らかく響く声に顔をあげると、心配そうにこちらを伺う青く澄んだ瞳。
金色の髪をサラサラとなびかせ小首を傾げてこちらを見る顔に、思わず見蕩れながら差し出された手に手を重ねた瞬間、こめかみに鋭い痛みを感じて目を瞑ると、雪崩のように前世の記憶が流れ込んで来た。


思わずふらつく頭を手で押さえる。



「大丈夫?立てる?」



そう声をかけられて我に返る。



「だっ、大丈夫です!申し訳ありません!こんな醜態を晒した上に、お手を煩わせてしまって!本当、全然大丈夫ですのでっ、失礼します!」



触れていた手を離し、勢いよく立ち上がって、汚れてしまったスカートをパパっと払って、頭を下げながら早口で言うと、逃げるように医務室へ向かった。


膝にできた傷を手当てしてもらっている間考える。


ここはあの乙女ゲームの世界だ。
前世の私が最後にやっていた『幸せの鐘を鳴らして』という、王道乙女ゲーム。
庶民として育ったヒロイン、マリア・フルールがある日突然男爵令嬢となり、天真爛漫な振る舞いと可愛らしい見た目で、学園に通う攻略対象たちと恋愛しパッピーエンドを目指す、よくあるシンデレラストーリー。


さっき手を差し伸べてくれたのが、まさにその攻略対象筆頭の王太子、アルフォンス・オルサドールだ。


あれはまさに最初の出会いイベント。
悪役令嬢であり、王太子の婚約者であるローゼリア・コートナー公爵令嬢と会場へ向かう途中、目の前で転んだヒロインを助け起こした際、向けられた裏のない笑顔に惹かれ、その後も何かと気にかけているうちに、ヒロインへの恋を自覚する。


金髪碧眼のまさに王子様という見た目と、柔らかく優しい人当たりだが、実は腹黒という所まで含めて、鉄板のメインヒーロー。


前世での推しだ。


メインヒーローの鉄板として俺様タイプもあるが、私はそれが苦手だった。
いくら地位的に偉いとはいえ『お前』呼びされるのは嫌だ。全くときめかない。



そんな事より、攻略対象の中では確かに王太子が推しだが、最推しではない。
このゲームでの最推しは、悪役令嬢。
ローゼリア様だ。


しまった!
さっきはあまりの事にパニックになり、ローゼリア様がいたはずなのに、チラとも見なかった!
推しに気付かないとか、一生の不覚!



治療を終えて入学式会場へと急ぐ。


ギリギリ間に合い、空いていた席に座るとすぐに式が始まった。


あっ、あの殿下の隣にいるのはローゼリア様じゃない!?
はぁー、遠目でも美しいっ!


ずっとローゼリア様を見ていたら、あっという間に式は終わり、教室へと向かうと後ろから声をかけられた。



「あなた」



「はい?」



返事をしながら振り返ると、目の前には銀髪の美少女。
少しつり目の紫色の瞳に、薔薇のように赤い唇。



な、生ローゼリア様が、こんなに近くにっ!!



「...大丈夫かしら?」



「はっ!失礼致しました!マリア・フルールと申します」



慌ててスカートを掴み、慣れないカーテシーをする。



「フルール男爵…最近迎え入れたという令嬢ね?どうやら教育は間に合わなかったようね。…ところで先程転んでいましたけど、大丈夫かしら?」



私なんかの怪我を心配してくれるなんてっ!天使かな!?



「大丈夫です!少し膝を擦りむきましたが、これくらい全然!」



「…そう、なら良かったわ」



そう言って歩き始めるローゼリア様に、思わず声をかける。



「あの、コートナー様!」



「なにかしら?」



「私なんかがこうしてお話させて頂くのもおこがましいというのは、重々承知なのですが、もしもご迷惑でなければ私にマナー等教えて頂けないでしょうか!?」



「私に?」



「はい!コートナー様の事は『淑女の鏡』だから、学園でお会いしたらお手本にするといいと、マナーの家庭教師から言われていましたし、実際お会いしてこんなに美しい方で、私なんかの心配までしてくださって…コートナー様は私の憧れであり目標なんです!」



「…だいぶ先は長そうですけど?」



「はい、それも承知しています。私、今日まで浮かれてました。平民として母と2人細々と生活していたのが、急に贅沢な暮らしになって…。お姫様になった気でいました。家で行ってくれた教育も、学園で学ぶんだから今やらなくてもって、真剣に受けてなかった。でも今日、ここに来てやっと周りが見えました。他の方達は生まれた時から貴族で、それぞれ教育を受けた上で、この学園で学ぶんですよね。私が教わっていた事なんて、とっくに習得している事で、私が必死に毎日学んだとしても全然足りてなかったんだって。こんな状態でのこのこ入学してしまったのが、本当に恥ずかしいです…」



「…ただの脳天気なお馬鹿さんではないようね。私は厳しいけれど、ついてこれる自信はあって?」



「っ!?はいっ!!勿論です!!」



「ならいいわ。これから私と一緒に行動しなさい」



「はい!よろしくお願いします!」







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