「被験者」よ、異世界の糧となれ

Nakman

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第2章:城塞都市「ナラキア」編

第4話:13人目の迅騎士

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「俺、このバトルエリア好きなんだよ」

 ミルゲは薄笑いをしながら、ゆっくりと腰に差した剣に手をかけた。

「綺麗好きなんですね」
「ああ、現実世界もこんなにスッキリしてたらなぁ。でも今、目の前に便所バエ顔がいるからよ」

 緩慢な動作で剣を構えると、ミルゲは低い声でつぶやいた。

「台無しだぜ」

 言葉が、その場に置き去りにされた。
 まばたきを一回はさむ内に、ミルゲは既に僕の前に立っていた。吹くはずのない風が、耳元をかすめていく。

「ッ!!」

 一拍遅れて後ろに飛び退いたが、ミルゲは追撃してこない。一応構えてはいるものの、腕は無気力にだらりと下がっている。盾も背中に背負ったままだ。

 僕は高鳴る鼓動を押さえつけ、気づかれぬよう大きく息を吐いた。

 速い。不意をつかれたというのもあるが、全く目で追うことができなかった。一般プレイヤーに、こんな動きができるのか。
 
 全身が総毛立つ。
 この男、並ではない。

「やっぱなぁ。期待外れかよ、お前」
「……」
「今のについてこれない時点で完全にステータス不足でしょ。見たとこ騎士っぽいなりだけど、今時身体強化フィジカル・エンフォースメントも使えない脳筋じゃ、先は明るくないな。悪いけど、暇つぶしにもならない。ソシャゲ以下だぜ、お前」

 なるほど、尋常じゃない速さだと思ったが、魔術でブーストしていたのか。
 あの口調だと、スピードだけじゃなくパワーも底上げされているのだろう。盾にアウトプットするイメージは、一段上のものにした方が良さそうだ。

 ミルゲは無表情のまま、下がった両腕を胸の辺りまで上げた。

「可哀想だから、予告してやるよ。今から真っ直ぐ、お前に突っ込む。よける間は与えないから、ま、その貧弱な盾で形ばかりのガードでもするんだな」

 幸い、ミルゲはこの盾がデフォルト装備のものだと疑っていない。必ず貫けるという油断があるはずだ。
 勝機は一瞬。やつが突っ込んできたところを盾でいなし、を見舞う。

「外さないように気をつけるんですね」
「……何だそれ。面白くねえし、イラつくな、お前」

 ミルゲが膝を少し曲げる。その顔は無表情を装っていたが、ほおにぴりりと震えが走った。
 直後、彼の剣が白い空間を切り裂いた。白銀の切っ先が、音すら置き去りにして迫ってくる。意識を集中していたせいか、今度は地を駆けるミルゲの姿をかすかに捉えることができた。

 ここだ。

 僕は前面に盾を構えると、瞬時に「騎士長の黒銀盾」のイメージを投影する。物理攻撃のカット率がめっぽう高いこいつなら、ブーストされたミルゲの斬撃にも耐えうるだろう。

 ミルゲのつるぎが盾に接触した瞬間、形容しがたい衝撃が左腕を襲った。まるでトラックが突っ込んできたような重みだ。丹田たんでんに力を込め、全体重を左腕に乗せる。限界に近いが、何とか持ちこたえることはできそうだ。

 盾の向こう側に、ミルゲの狐につままれたような顔がある。目の前で起こっている出来事が信じられないといった表情だ。
 今頃やつの頭の中は、疑問であふれかえっていることだろう。何しろ、初期装備の木盾に真正面からぶつかって、逆に押し切られようとしているのだから。

 だが――まだだ。まだ終わらせない。
 で、決めてやる。

 右の掌を開くと、握っていた木剣が地面に落ちていく。盾越しに見えるミルゲの顔が更に驚きに染まった。

「お前、武器を――」

 僕は素早くその場に屈むと、右手をミルゲの足元の地面にそえた。

「沈め」

 ぐらり、と地面が揺れる。

 いや、揺れたのは地面の方ではなく、僕だ。久方ぶりの悪辣あくらつな“酔い”がじわじわと脳を浸す。平衡感覚が狂い、しりもちをつきそうになる。頭蓋の内側で火花が散った。

 地面に転がっていた木剣を拾い、ふくらはぎに力を込め素早く立ち上がると、何とか後ろに跳んで距離を取った。

 いつの間にか、左腕は動かなくなっていた。
 まさか黒銀盾ごしに左腕をもっていかれるとは思わなかった。そういえば、キュクロプスと闘った時も左腕を不能状態にされたんだっけ。

 しかしもう――そんなことは関係ない。

「……んだよ、これは」

 ミルゲの愕然とした表情が、そこにあった。
 僕は肩の力を抜くと、赤い鳳凰が刻印された立派なヘルムを見下ろした。

 成功だ。

 のどにつまっていた緊張が消え、僕は思い出したように息を吸った。下手をすれば、逆にこちらがやられかねない危険な賭けだったが、勝利の女神はこちらに微笑みかけたらしい。

「見たまんま、ですけど」
「どんな魔術使いやがった。こんなやり方、今まで誰も――」
「どうやったかなんて、関係ないでしょう。重要なことは、もうお得意のスピード勝負はできないってことです」

 ミルゲは目を皿のように見開いていたが、やがて忌々しそうに己の足元をにらみつける。
 彼の膝から下は、すっぽりと地面に埋まっていた。いや、飲み込まれていた、という方がしっくりくる。小さな騎士は必死に脚を引き抜こうとしていたが、白無垢の地面はそれを嘲笑うかのように無反応だ。

 地面への、水のイメージの投影――仮説を立てた時は半信半疑だったが、試行錯誤を重ねる内、ようやく技として形になった。
 TCK内の液体に接地判定がないことは、以前から知っていた。短時間でも相手の足場を液体に変えることができれば、効果が持続する限り相手は下へと続ける。

 動けない相手など恐れるに足りない。あとは反撃に合わないよう、慎重に間合いを見計らいながら、体力を削れば良い。

「終わりです」
「ハッ、そんな木剣でダメージが――んなっ!」

 一太刀浴びせると、ミルゲは途端に青ざめた。大方、体力バーの減り方が思っていたより「ちょっぴり」多かったのだろう。

「クソ、ただの木剣じゃねぇな。さっきの盾といい、この妙な魔術といい、テメェなにもんだよ」
「秘密です」
「……聞いたことがあるぞ。何でも、妙な力を使うチーター集団がいるってなぁ。下らん噂の類だと思ってたが、まさかお前」
「さぁ、どうでしょう」
「もったいぶってんじゃねぇよ! どっちにしろ、こんなんずりぃだろ! チートだ、チート!」

 その通り。れっきとしたチート能力だ。これは僕たち“サンプル”だけに許された力。

 横柄が服を着て歩いていたような男が外聞もなく慌てふためく様は痛快で、僕は胸の内で密かにほくそ笑んだ。

 言っただろ、豪、布施ふせさん。こんな一般プレイヤーを1人相手するくらい造作もない。最初に鳳凰騎士団第13序次とか言っていたけど、この分なら最強と呼ばれるアルク何とかの程度も知れているというものだ。

 僕は木剣を構えると、なおも地面から抜け出そうともがくミルゲに言い放った。

「降伏して下さい」
「はぁ?」
「降伏した方が、まだみじめな思いはせずに済みますよ。なんたってこれから、貴方は為すすべなく僕になぶられるんですから。一緒にいた人たちも、観戦しているんでしょう。醜態をさらすつもりですか」
「……やっぱイラつくな、お前。まだ勘違いしてんのか」
「降伏するつもりはないんですね。なら――」

 僕はミルゲの背後に回りこむと、一息に距離を詰めた。死角からの攻撃には、いかに一流の騎士といえど反応できまい。

「倒すまでです!」

 剣を振り下ろす刹那、嫌な予感がした。
 
 全身が泡立つような不快感。
 今斬りかかろうとしている男から発せられている、得も言われぬ殺気。

 次の瞬間、ビョウという風切り音が耳に届いた。遅れて、腹部から胸にかけて鋭い稲妻が走る。
 痛みはなくとも、ミルゲの斬撃が僕を捉えたことに疑いの余地はなかった。

 慢心していたことが災いし、僕の頭の中は一転、恐慌状態に陥った。体力バーの削られ方が半端でなかったことはもちろん、斬撃が自らを捉えたことに対する疑問と恐怖が、頭の中で音を立てて弾ける。

 おかしい。やつの腕の長さと可動域からして、ここは彼の刃圏の外のはずだ。こちらからは届くが、向こうからは届かない、絶対の安全位置。
 なのに、どうして――

「魔術が使えるようで、今のが何かもまるで分かっちゃいない。普通の魔術師なら目を引んむくところだぜ。騎士である俺が、γ1ガンマワン相当の魔術を使ってんだからな」

 ミルゲは上半身だけをこちらに向けると、白銀に輝く剣を僕に向け振るった。
 後ろに飛び退いたつもりが、またも鋭い斬撃が左脚を捉えた。確かに刃は当たっていないはずなのに、視界に表示された左脚の耐久値がみるみる赤色に染まっていく。

 どうなってる。不可視の斬撃か何かか。

「まさか、この俺が能力フル解放とはな……笑える話だよ、ほんとに」

 ミルゲは肩を揺すりながら、左手で顔を覆っている。指の隙間から、赤く輝く獣の瞳がぎろりとのぞいた。

 とりあえず、一旦距離を取るんだ。やつの刃圏から脱出しなければ。

「鳳凰騎士団序次第13の迅騎士ミルゲ、参る」

 それまでとは打って変わって低い声でつぶやくとともに、ミルゲは凄まじい速さで剣を振るった。
 甲高い風切り音が幾重いくえにも重なって、悪霊の叫び声となる。死の呼び声は風に乗って、僕の身体を刻むべく猛然と襲いかかってくる。

 とっさに盾を構えたが、これが純粋な魔法の場合、完全に防ぐ手立てはない。魔術が含まれた物理攻撃に有効な盾のイメージはいくつかあるが、生の魔術と相対した経験が僕にはなかった。案の定、風の刃は盾を難なくすり抜けて、僕の身体に突き刺さった。

 恐ろしいほど重い一撃だった。何とか体勢を立て直したが、膝が笑っている。
 あと一発でも喰らえば、即敗北だ。

 よけるしかない。
 しかし不可視の攻撃であるからして、頼りになるのは音だけだ。迫りくる鎌鼬かまいたちの唸り声から、斬撃の座標を予想する。

 HPヒットポイントを示す緑色のバーが、段々と短くなっていく。ミルゲの斬撃は止まらない。彼が腕を振るうごとに、空間が身悶みもだえするような鋭い一撃が飛んでくる。
 僕はミルゲの周りを旋回しながら攻撃をかわしていたが、時折身体の節々に衝撃が走った。風が意思をもって襲いかかってくるようだ。近づこうとする度に、何重にも編まれた風刃が一斉に吹きつけてくる。

 これが、鳳凰騎士団第13序次――迅騎士ミルゲ。

「じゃあな、チーター」

 最後の一撃をまともに食らい、僕の身体は吹き飛ばされ、無様に地面へと叩きつけられた。

 霞みゆく視界の内、黄色い体力バーがちらりと見えた。それこそ、僕がこの決闘に敗れたことの、動くことのない証だった。

 ああ。
 ……豪、布施さん、すまない。

 謝罪を口にする間も与えられず、意識は底なしの闇へと落ちていった。
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