「被験者」よ、異世界の糧となれ

Nakman

文字の大きさ
上 下
14 / 30
第1章:異世界来訪編

第13話:歓迎の宴

しおりを挟む
「良かった~心配したんだよぉ」

 「始まりの魔窟」を出ると、宇羅うらがまなじりを下げて駆け寄ってきた。
 もしや、抱きついてくるのか――口元を緩ませたのも束の間、爽やかなハイタッチに、僕のさもしい欲望は粉微塵こなみじんに打ち砕かれる。

「何とかなったよ」
「あんだけやれるなら、最初からビービー言うなっての」

 木立に背を持たせかけた阿羅あらはそう毒づいたが、その表情はどこか穏やかだ。普段は見せない柔らかな顔に、思わず少し見とれた自分が恥ずかしい。

「あ、そうだ! あれは手に入れた?」
「これ、だよね」

 青白く輝く「老退竜ろうたいりゅう尾鱗びりん」を差し出すと、2人は安堵のため息をついた。

「良かった! これ持ち帰らないと、流王るおうさんには認めてもらえないから」
「忘れるわけないじゃないか。ここまで来てそんなへまやらかさないよ」
「でも、実際に過去にはいたんだよ。間違えてただの石ころを拾ってきた人」
「あはは! 何それ、バッカだなぁ」

 宇羅は若干苦笑いしながら、ちらりとかたわらに立つ阿羅に視線をやった。

「どうしたの、宇羅ちゃん」
「……最後の一言が余計だったな、丈嗣たけつぐ
「あれ、まさか」

 阿羅なの、それ?

 最後の一言を口にする間を与えず、彼女は突然、顔目がけて拳を突き出してきた。すんでのところでかわし切ったが、たたらを踏んでその場に転がってしまう。顔を上げると、阿羅の怒号が耳に飛び込んできた。

「泣き言垂れてたやつが良い度胸じゃねぇか! あんたがその気なら、私だって覚悟がある。決闘だよ、決闘!」
「ちょっと、落ち着いて! そんなこともう良いじゃない」

 急いで仲裁に入ろうとする宇羅だったが、僕も黙ったままではいられない。
 すぐさま立ち上がると、彼女に負けず劣らず胸を張った。

「良いよ。正直、阿羅には色々と言いたいことがあるんだ。僕だって弱っちいままじゃないことを証明してやる」
「丈嗣君まで! 何乗っかっちゃってるのよ」
「ハッ、本気で勝てると思ってる? 悪いけど、あんたがゴメンナサイするのに1分とかからないよ。
 ……それに、しれっとタメ口聞いてんじゃねぇ!」

 火花を散らしあう2人に挟まれ、宇羅は力なく息を吐いた。
 「喧嘩するほど」仲が良いのは結構だが、こう何度も巻き添えを食っては堪らない。

「もお! 駄目ったら駄目ぇ!」

 途方に暮れた宇羅の叫び声が、熟れた果実のような夕焼け空に響いた。

******

 拠点に帰ると、僕たち3人は真っ先に流王の部屋へと向かった。
 「老退竜の尾鱗」を見せると、彼は少しだけ目を見開いた。

「思ってたよりずっと早いな。流石だね」
「当たり前ですよ。途中で助太刀されてましたからね、こいつ」
「ちょっと、阿羅」
「それに、私たちが喝入れなきゃ、『始まりの魔窟』にすら辿り着けませんでしたよ」
「やめなって、もう」

 阿羅が憎まれ口を叩いてくるが、無視を決め込む。
 今日は宇羅にいさめられてしまったが、いずれ彼女とは白黒はっきりさせてやるのだ。

 そういえば、と宇羅が思案顔になる。

「あのプレイヤーなかなかの腕だったねぇ。何であんなとこいたんだろ」
「あの3本角のヘルム、どこかで見た覚えがあるんだよなぁ。多分、有名なギルドだった気がするんだけど」

 ライプラスを倒してから、あの大男とは少し会話をした。白銀の重装騎士は、ラバーチップと名乗った。見た目とのギャップに、思わず吹き出しかけたのは内緒だ。
 訊けば、彼も「老退竜の尾鱗」を探していたのだという。何でも、手に入れる手間に比して割高に売れるのだそうだ。
 あの洞窟の中心でうすぼんやり輝いていたのが、まさに「老退竜の尾鱗」であった。

 プレイヤーとはなるべく関わらないよう、流王からは度々念押しされていた。
 僕は話したい気持ちもそこそこに、その場を足早に立ち去るしかなかった。ラバーチップからは、愛想のないやつだと思われたかもしれない。しかしまぁ、2度と会うこともないだろう。

「ともかく、これにて丈嗣君も晴れて、我が『流王ファミリー』の一員というわけだ」
「もお、そんな変な名前勝手につけないでください。豪君あたりがまたがみがみ言いますよ」

 宇羅の忠言にも、流王はどこ吹く風だ。

「まあまあ。名前は後で考えるとして、今夜は丈嗣君の歓迎祝いだ!」
「……まだ歓迎されてなかったんですね」
「はぁ……何であんたってそう卑屈なの」

 僕の自虐ボケに、阿羅が即座にツッコミを入れる。
 流王は苦笑しながらも、「さ!」と言って立ち上がった。

「何はともかく、ご馳走の準備をしちゃおう!」
「ガッテン!」

 宇羅が流王に続いて立ち上がると、2人は子どものように目を輝かせながら部屋を出ていった。遠くから、僕の聞いたことのない料理について、熱く語るの声が漏れ聞こえてくる。
 宇羅が料理上手であろうことは想像がつくが、まさか流王も――。確かに、見ようによっては今流行りの「イクメン」に見えないこともない。

「阿羅は行かないのか」
「生憎器用な方じゃなくてね。『流王ファミリー』は適材適所がモットーなので」

 阿羅はやれやれと首を振って立ち上がったが、ふと部屋を出がけに立ち止まる。視線はこちらに向けぬまま、半ばつぶやくように言葉をつむいだ。

「良かったな」
「え?」
「死なずにすんで」

 彼女の口から1番飛び出しそうもない発言だっただけに、僕は耳を疑った。

「……皮肉のつもりか」
「そんなんじゃない。正直、意外だったのよ。
 最初見た時には、どうしようもないとヘボと思ってたあんたが、あそこまで堂々と魔物と渡り合うとはね」

 褒められているのか、けなされているのか判然としないが、自然と顔が熱くなる。

 あれ、もしかして、照れてるのか、僕――。

「最初だって、キュクロプスを倒したじゃないか。そんなにヘボに見えたか」

 赤らんだ顔を見られまいと俯きながら、わざとぶっきらぼうに返事をした。
 阿羅は声音の変化には気づいていないようだった。小さな笑い声が、優しく鼓膜を揺らす。

「違うよ」
「どっちなんだよ、ヘボって言ったり、そうじゃないって言ったり」
「そっちじゃない」
「え?」
「あんたを最初に見た時さ。キュクロプスの時じゃない。もっと前だ」
「……どういうことだ」
「正確には、私たちが見られていた、というべきかな。
 ほら、いつかの夕暮れ、あんたどっかのプレイヤーと道を歩いてて、私が魔物を消し炭にしてるとこに通りかかったろ」

 阿羅はそこで振り返ると、にやりと口角をつり上げた。

 1ヵ月ほど前の記憶を掘り起こすと、確かにそんな覚えがある。
 ――そうだ。驚くほど正確に、稲妻がごとくく、魔物が炎に包まれていった光景。夕闇の中で無秩序に咲き乱れる炎の花は、惚れ惚れするほどに美しくて。
 
 フードを被った2人組の魔術師。
 その正体が、まさか。

「……あれ、阿羅だったのか?!」
「な~に無邪気に驚いた顔してんの。人のこと『狩場荒らし』呼ばわりしといて。チートを使う練習してただけだっつの。あ、因みに宇羅も気にしてたから、ちゃんと謝っといた方が良いよ」

 げ、確かにそんな話もした記憶がある。どんだけ地獄耳なんだ、この女。
 それに、隣にいたのが宇羅だったとは……! 必死に弁明の言葉を口にしようとしたが、焦って舌が上手く回らない。

「あれは安原さんが」
「言い訳すんなッ」

 思わず首をすくめると、頭に拳がこつんと当たった。
 彼女の拳は小さくて、今にも雛鳥がかえらんとする卵のようにほのかに温かかった。

「あの時は、こんなヘタレがうち来たら迷惑だな~とか思ってた」
「……」
「強くなったね、丈嗣」
「皆のおかげだ。僕だけの力じゃない」
「当然。その謙虚な姿勢を忘れんなよ」

 阿羅は朗らかに破顔すると、いきなり僕の手を引いて立ち上がらせた。

 ほんの数十センチ先に、阿羅の切れ長の眼がある。見つめている内に、どこか深いところへ吸い込まれてしまいそうになる。心なしか、鼓動の音がいつもより甲高い。

 その瞳が、柔らかに細められた。

「さ、主賓しゅひんだからってぼさぼさすんな。皆を手伝いにいくよ」
「主賓なのに?」
「関係ないッ」

 阿羅に追い立てられ、僕は慌てて流王の部屋を飛び出した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

聖女のはじめてのおつかい~ちょっとくらいなら国が滅んだりしないよね?~

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女メリルは7つ。加護の権化である聖女は、ほんとうは国を離れてはいけない。 「メリル、あんたももう7つなんだから、お使いのひとつやふたつ、できるようにならなきゃね」 と、聖女の力をあまり信じていない母親により、ひとりでお使いに出されることになってしまった。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

処理中です...