「被験者」よ、異世界の糧となれ

Nakman

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第1章:異世界来訪編

第9話:修行② ~イメージ力を養うべし~

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 指先につまんだ草切れを眺めながら、僕は意識を集中する。

 思い出すんだ。午前中の樹々の肌触りを。あのざらついた、堅牢けんろうな外皮の触感を。

 頭に浮かんだイメージを目の前の草切れに投影する。今手にもっているのは、力なく首を垂れる雑草ではなく、幾星霜いくせいそうを経た大木なのだ。瑞々みずみずしさをその内に蓄えつつも、衝撃に耐えうる力強さを秘めている。

 イメージが大切だ。
 大丈夫、僕ならできる。きっとこの難題を成し遂げて、すぐにでも魔物の群れと――。

 僕は草切れを握りしめると、それを地面に思い切り突き立てた。

「ふん!」

 恐る恐る掌を開くと、力なく丸まった草切れは地面に落ちた。ちょうどやってきた風に乗せられ、瞬く間に上空へと舞い上がっていく。

 ……突き刺さるわけない。そんなこと、地面に突き立てる前から分かっていた。
 イメージの投影が大切だというが、まったく成功した時のビジョンが浮かばない。

「何してんだか、僕は」

 こんなことやって何になるんだ。

 流王るおうは何か勘違いしているんじゃないだろうか。まるで見当違いの努力をしている気がしてならない。
 だって、いくら何でもこれはないだろう。こんなことが修行だというなら、現実世界で牛丼屋のバイトをした方がよっぽどましだ。ゲームの中なのに、これほど退屈な反復作業をひたすら、できるまで続けろとでも?

 肩を落として再び草切れを探そうと立ち上がった時、背後から声をかけられた。

丈嗣たけつぐ君!」

 振り返ると、宇羅うらと地味な女の子――布施ふせあかね、と言っただろうか――が並んで立っていた。

「宇羅さんと……布施さん、ですよね。戻ってたんですか」
「うん、これといった成果も上がらないから引き上げてきちゃった。流王さんにばらしたら怒られるから、これ内緒ね。
 ところで、何してるの? 土いじり?」
「……そう見えますか」
「うん。そんなに暇なら私たちが遊んであげようか」

 屋敷の庭で独りうずくまっていればそう捉えられても仕方がない。しかし、土いじりとはあんまりだ。僕だって、こんなこと好きでやってるわけじゃない。
 
 割り切れないやるせなさが、ふつふつと胸の内からわきあがってくる。

「一応、修行です。チートが使えるようになるための」
「あ、そういえばそうか! また丈嗣君はきたばかりだもんねー。
 ……で、どんな内容なの? いきなり魔物消しちゃうくらいだし、きっと凄くド派手で格好良いい修行なんだろうなぁ」

 宇羅が目を輝かせるせいで、ますます話すハードルが上がった。
 僕自身、内容を聞くまでは、現実では味わえないスリルと興奮を伴った修行に違いない、と思い込んでいたのも事実だ。自分の中の惨めさメーターが、あと一押しで振り切れてしまいそうになる。
 
 改めて、こんな修行を押し付けてきた流王への不満がくすぶり始めた。

「いや、とっても地味な内容ですよ。……話したところであんまり面白くないと思いま」
「聞きたい! 聞きたい!」

 宇羅にそんな迂遠うえんな表現は無意味だったか。

 ため息をつくと、僕は渋々今取り組んでいる修行内容について彼女たちに説明した。

「……えっと、つまりこの草切れを地面に突き立てろってことなの?」
「そうなりますね」
「このへにゃへにゃをギンギンのカチカチにして?」
「間違ってないですが、表現が誤解を招きそうだ」
「それすっごい難しそう! それに……」
「それに?」
「すっごいつまんなそう!」

 直接的ストレートすぎて素直には受け取りがたいが、実際その通りだ。

 既に修行を開始してから三時間ほど経過しているが、まるで成果は出ていない。のれんに腕押ししているような徒労感が身体中からにじみだしてきている。

 そもそも草に樹のイメージを重ね合わせるなんて、どうやれば良いのかさっぱり分からない

 自然、修行を指示した流王へのぐちが漏れる。

「こんなことして何になるのかさっぱりですよ。僕のチートって、魔物を消しちゃう能力じゃないんですか? それがこんな……草切れに樹のイメージを投影して地面に突き立てるなんて、努力の方向性が間違ってる気がしてならない」
「流王さんはそんな適当な人じゃないです」

 その声が誰から発せられたものなのか一瞬判断しかねたが、一歩前に出た布施茜を見て、それが彼女のものだったことに気づく。

 さっきまでだんまりだったくせに、何だって急に調子づいてきたのか。思わずムッとした声音が口から零れる。

「どうしてそんなことが言えるんですか」
「流王さんの人となりを知っていれば分かります。吉田さんだって、薄々勘づいてるはずです」

 久しぶりに苗字を呼ばれ、妙にむずがゆい感覚がうなじを走る。

「でも聞いてるでしょう。僕のチートはモノを消し去る力だ。流王さん自身、能力は本人に最適なものをって言ってるじゃありませんか」
「吉田さんは事象の結果しか見えていないから、そう感じているだけです」
「……どういうことですか」
「魔物が消えたのはあくまで結果であって、どういうプロセスで消えたのかは吉田さん自身理解していないでしょう。それが本当にモノを消す力なのか、あるいは全く類の違う力が発動して、結果的に魔物が消えただけなのか――これが分からず闇雲にモノを消す練習だけしたって、効率的じゃありません。
 流王さんは物事の表面だけでなく、その奥にある本質を見抜くことに長けた人です。無駄な指示なんてするはずない」

 茜はそこまで一気にしゃべり終えると、途端に咳き込んだ。宇羅が心配そうに顔を覗き込む。

「茜ちゃん大丈夫?」
「ありがとう。心配しないで、久しぶりに長めにしゃべったからちょっとむせちゃっただけ」

 宇羅は安堵した表情を見せると、僕に向き直って満面の笑みを浮かべた。

「茜ちゃんが言った通り、流王は色んなことが色んな方向から見えてる人だから。ちゃんと練習すれば、丈嗣君だってすぐに私たちに追いつくよ!」
「はい、これ。投げ出しちゃ駄目です」

 そう言って、茜はいつの間にか持っていた草切れの束を僕に手渡してくれる。かすかに残った彼女の掌の温もりの残滓ざんしが、再び僕のやる気に火を呼び覚ます。

 そういえば、他人に応援してもらったのはこれが初めてかもしれない。両親からは叱責こそされ、励ましてもらったことなどない。数少ない友人――今考えると、果たして「友人」だったのか疑問だが――からは、努力をすればするほど失笑を買った。

 だが、今目の前にいる2人の女の子はそうではない。純粋に僕が強くなるのを、強くなるために努力することを応援してくれている。共に歩いていこうと、手を差し伸べてくれている。

「……宇羅ちゃん、布施さん、ありがとう。僕、やってみるよ!」

 茜は力強く頷き、宇羅はなぜか驚いたように口をポカンと開けた。
 表情の意図が読めず、僕は彼女に尋ねた。

「どうしたんですか」
「今、私のこと『ちゃん』づけで呼んだ?」

 ……しまった。知らぬ間に口が滑ったらしい。

 すぐに顔が火照りだし、心臓が嫌な音を立てて肋骨を叩き始める。

「あ、いや……すみません」

 しかし、宇羅の反応はまったくの予想外だった。彼女はにっこり笑うと、

「謝ることないじゃん! むしろやっと、って感じだよ。やっとバリアを解いてくれたね」
「そんなつもりはないですけど……」
「はい! もう敬語は禁止ね! 『ちゃん』付けで呼ぶ相手に敬語使う方が気持ち悪いでしょ」
「……わ、分かったよ……宇羅……ちゃん」
「宜しい!」

 何だか夢を見ているような気分だ。いきなり「ちゃん」づけで呼ぶなんて、現実世界では恐ろしくてできなかった。嫌われるんじゃないかという不安が、いつだってつきまとっていた。

 あっけらかんとしている彼女を見ながら、僕は安堵あんどのため息を漏らすと同時に、心の中でそっとガッツポーズを決めた。

******

 宇羅と茜に励まされてからというもの、僕は昼夜を問わず修行に没頭するようになった。

 前提として、練習の仕方を見直すことにした。最終目標は草を地面に突き立てることだが、その過程として草を樹木のように硬くする必要がある。恐らくこの修行のキモはここにあり、そして1番の難所に違いなかった。

 草切れを触りながら樹木特有の質感を思い出すのは意外に難しい。ここにきてようやく、僕は流王が言った「樹の鼓動を聞く」意味を正確に理解した。
 あれは比喩などではなかったのだ。それほど意識を集中しなければ、樹々の質感を身体に覚えこませることはできない。ある時は1本の指先で、またある時は掌全体で、僕は樹の質感を可能な限り正確に知覚できるよう努めた。

 続いて、草切れに樹木のイメージを投影する作業に入る。指の腹に当たる柔らかな感触にあらがうようにして、僕は身体に染み込ませた樹木の質感を草切れに重ねていった。
 最初は上手くいかなかったが、少しずつ草切れの感触が変化しているのを感じた。時折森に出て樹々の触り心地を再確認しては、それをつまんだ草切れにフィードバックするという反復作業を続けた。

 イメージの投影には深い集中力が必要で、そのせいか練習中にしばしば脳が燃えるような酔いを味わった。初めてチートを使った時に似た感覚は僕をさいなみ、何度も投げ出したい気持ちに駆られたが、遂にあきらめることはなかった。

 現実世界では世の辛酸しんさんからひたすらに逃げてきた僕が何とか持ちこたえることができたのは、ひとえに他の皆――宇羅や茜だけでなく、流王や一条からの励まし由だった。

「君は珍しいことに、2種類の力を持っているようだ。だが最初から両方を伸ばしていのは難しいし、片方の力――モノを消失せしめる力――はまだ君の演算能力では処理しきれないと判断した」
「じゃあ、今の僕が高めようとしているのは一体どんな能力なんです?」
「それも含めて理解するのが、今回の修行の意図だからね。ま、頑張ってくれ」

 茜が言った通り、流王には明確な意図があったのだ。それが分かっただけでも、自然と練習には力が入る。

 1週間が経過した頃、僕は遂に草切れに樹木の質感を完全に投影することに成功した。
 目をつむれば、手の中にあるのが草切れだなんて自分でも信じられない。樹木の堅牢さと外皮のざらついた感触が余すことなく再現されていた。

「よっしゃぁぁぁ!」

 しかし同時に僕は悪辣あくらつな酔いに襲われ、その場に崩れ落ちた。初めて力を使った時と同じくらい強い揺れが頭蓋の中に感じられる。

 中天より差す陽光がひどくまぶしく感じられ、僕はうめき声を上げた。

「大丈夫か?」

 庭先で修行の様子を見ていた一条が駆け寄ってこようとする。初めて会った時には暑苦しそうだし関わりたくないと思ったが、色々と世話を焼いてもらう内にそんな気持ちはきれいさっぱり消えていた。
 
 心配そうな表情の一条を僕は手で制した。

「大丈夫です!」

 僕は左手で頭を抑えながら、草切れを握りしめた右手を高々と掲げた。

 まだ投影は崩れていない。掌の中の草切れは、ギンギンのカチカチのままだ。こいつを地面に突き立ててようやく、修行の最初の段階は完了する。

 頭蓋が燃えている。
 小気味良い乾いた音を立てながら、眼球の裏で火花が散る。

 これが僕の――この世界での第一歩だ。

「おおおおおおおおおお!」

 地面に叩きつけた右手に鈍い衝撃が走る。

 ゆっくりと掌を開くと、そこには天に向けて真っ直ぐのびる草切れがあった。先端は地面に深々と突き刺さっている。

 とうとう、やったのだ。

 乗り切った。投げ出さず、最後までやり切った。

 ぴんと背を伸ばしたその姿がこれからの僕の姿を象徴しているようで、自然と目頭が熱くなった。

「おい」

 朦朧とした中で頭を上げると、目の前に阿羅が仁王立ちしている。
 またいつぞやのように、僕を馬鹿にしにきたのか――そうかみつこうとした時、彼女の口から予想だにしない言葉が飛び出した。

「やったな」

 阿羅はそう言うと、今まで見せたことのないくらい思い切りよくにかっと笑った
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