Rasanz‼︎ーラザンツー

池代智美

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区域清掃

区域清掃2

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 ゴミを拾い始めて一時間。
 拾ったゴミは空き缶や空き瓶、タバコの吸い殻が多かった。
 セシリオさんの話によると、最下層ではゴミのポイ捨ては罰金が科せられるけど、監視カメラがない場所や人目につかない場所だとどうしてもゴミを捨てられてしまうそうだ。
 セシリオさんは普段はこの区域の清掃員として働いているらしく、ビルの窓拭きや家の清掃を主に行なっていて、人手が足りない時はよそに派遣で働きに行っているとの事だった。
 先頭を歩いていたセシリオさんが振り向いて立ち止まる。
 一瞬僕と目が合うと、セシリオさんが口を開いた。

「しかし記憶喪失とは大変だな。何か思い出せたのか?」
「えっと……それが、まだ、何も……」

 家族や友達の顔を思い出せないでいる自分が後ろめたくて視線が自然と下に落ちる。
 セシリオさんはそのまま僕をまっすぐ見つめた。

「……まあ、これも何かの縁だ。俺に出来る事……があるかはわからないが、あれば言ってくれ。力になる」
「ぁっ、ありがとうございます!」

 僕は前を向いて歩くセシリオさんの背中に感謝を伝えた。
 もっと寡黙な人かと思っていたけど、セシリオさんはその中に優しさも持ち合わせている人だった。
 セシリオさんの優しさに感動していると、不意にズボンの裾を引っ張られて僕は下を向いた。
 僕のズボンを引っ張ったのはリタちゃんで、不思議そうな顔をして首を傾げている。

「ねえねえ、なんの話?」
「えっと……」
「リタにはまだ早い話だ」
「またお兄ちゃんはそうやって子供あつかいする! わたしお兄ちゃんに聞いてないもん! サンちゃんに聞いてるんだもん!」

 リタちゃんは僕の手を引いてまっすぐ走り出した。
止めようにもリタちゃんの表情が見えなくて、どうしようと思いながらついて行くと、しばらくしてリタちゃんが後ろを振り返って足を止めた。
 少し離れた所にいるセシリオさんとルイスさんを確かめるようにチラチラ見ている。

「ここなら聞こえないかな……」
「あの、リタちゃん? 急にどうしたの?」
「あっ、あのね! さっき何話してたの? 大事な話?」

 リタちゃんの表情は真剣だった。
 さっきセシリオさんははぐらかそうとしていたけど、この様子だと僕がはぐらかしてもリタちゃんは納得しないだろう。
 過度に嘘をつく必要もないし、僕は正直に話す事にした。

「さっき話してたのは僕の病気の話なんだ」
「病気? おめめの話?」
「うーんと、目じゃなくて頭の話」
「頭? 頭悪いの?」
「う、うーん……語弊があるけど……まあ、記憶がね。僕、家族の事思い出せなくて」
「忘れちゃったの?」
「うん」

 頷くとリタちゃんは黙ってしまった。
 やっぱり子供には難しい話だったかもしれない。
 僕は話した事を少しだけ後悔した。

「……お父さんとお母さんも?」
「うん。いたと思うんだけど……」
「そっかぁ……あのね、リタもお父さんとお母さんいないよ」
「!」

 思いがけない言葉にどう返事をすれば正解か考えている内に、リタちゃんが口を開く。
 
「でもね、お兄ちゃんとオットーがいるからさみしくないよ!」
「そう、なんだ……」
「だからね、えーっと……サンちゃんもさみしくないようにみんないっしょにいるからね!」

 リタちゃんは小さな手でぎゅっと僕の手を握った。
 きっとリタちゃんなりの励ましなのだろう。
 僕は胸がいっぱいになった。
 しゃがんでリタちゃんの頭を優しく撫でると、リタちゃんは目を瞬かせた。

「ありがとうリタちゃん。リタちゃんは優しいね」
「えへへ。リタはお姉さんだからね!」
「うん」
 
 自分をお姉さんだと言って得意げな顔をするリタちゃんは、確かに妹というよりはお姉さんに見えた。

「あ! ねえサンちゃん」
「ん?」
「サンちゃんはルイくんと仲良しなの?」
「ルイくん……? あ、ルイスさん?」
「うん。仲良し?」
「んーと……仲良しだと思うよ。たまにゲームして遊んだりするし」
「そっかー……」

 リタちゃんの表情が曇った。
 もしかしたらリタちゃんは自分が思うようにルイスさんと仲良く出来ていないから、僕に話を聞いたのかもしれない。 
それかもしくは、ルイスさんに気にかけて貰っている僕に嫉妬しているかだ。
 後者だとしたら仲良しという言葉は軽々しく使うべきじゃなかった事に気付いて、僕は慌てて弁明の言葉を頭の中で探した。

「あっ、えっと、でもほら僕とルイスさんは兄弟みたいな感じだから!」
「きょーだい?」
「うん。お兄ちゃんみたいな!」
「お兄ちゃん……リタのお兄ちゃんみたいな感じ?」
「うん! そうそう! そんな感じ」

 僕の返事を聞くと、リタちゃんはホッとした様子で少し離れた所で話しているセシリオさんとルイスさんを盗み見た。
そして内緒話をするように僕の耳に顔を近付けた。

「ねえサンちゃん、ルイくんっておよめさんいる?」
「えっお嫁さん? お嫁さんはいないと思うよ」
「そっかー……よかったぁ」

 心底安心したという表情で、リタちゃんは胸を撫で下ろした。
 どうやらリタちゃんはルイスさんにお嫁さんがいないかを心配していたらしい。

「あのね、わたしがルイくんのおよめさんになりたいって言ったらみんな笑うの。なんでだと思う?」
「うーん……みんなリタちゃんの事が可愛いからだと思うよ」
「……リタかわいいの?」
「うん、とっても」

 僕がそう言うと、リタちゃんは頬を両手で覆ってえへへと笑った。
 リタちゃんはちょっとだけ恥ずかしそうにしながら自分の口元に手を当てる。

「んとね、サンちゃんもかわいいよ!」
「あはは。ありがとうね」
「うん!」
「じゃあ、ルイスさんの所に行ってみる?」
「えっ」

 笑っていたリタちゃんは、さっきまでの可愛らしい表情とは打って変わって、おろおろし始めた。なんだか僕がいじめているみたいだ。
でもこのままルイスさんに誤解されているのも可哀想な気がして、僕は余計なお節介だと思いながらもリタちゃんにそれを伝える事にした。

「ルイスさん、リタちゃんに避けられてる~って落ち込んでたよ」
「うぅ……」
「ちょっとだけお話してみたら? 僕もいるから」
「……できるかなぁ?」
「大丈夫だよ」

 僕はリタちゃんの手を取って、ルイスさんの名前を呼んだ。
 ルイスさんはすぐにこっちに走って来てくれた。

「どうした? 何かあったか?」
「あ、いえ、リタちゃんが……」
「リタちゃん?」

 不思議そうにするルイスさんに、僕は頷いて返事をする。
 リタちゃんは僕の手を握りながら、自分の顔を隠そうとしていた。

「……る、ルイくん、わたしの事嫌いになった?」
「いや、嫌いにはなってないけど……」
「ほんと?」
「本当」
「あのね、わたしルイくん見るとドキドキしちゃうの。だからね、えっと……さけちゃってごめんなさい……」

 今にも泣きそうな顔をするリタちゃんに、ルイスさんは目を丸くした。
 ルイスさんはすぐに屈んでリタちゃんの目線に合わせると、リタちゃんの頭にそっと手を置いた。

「あー……それ、気にしなくていいぞ」
「おこってない?」
「ないない。ただ俺がリタちゃんに嫌われてるかと思って心配した」
「ごめんなさぁい」
「いいって。ほら、泣いたら可愛い顔が台無しだろ」

 そう言ってルイスさんは、リタちゃんの目から溢れる涙を指先で拭った。

——いや、かっこよすぎでは……!?

 リタちゃんを見てみると顔を真っ赤にしていた。
 小さな子供といえど、好きな人に触れられればそういう反応にもなるだろう。
 ルイスさんは赤くなっているリタちゃんに気付いていないのか、リタちゃんの頭を優しく撫でている。
一方でリタちゃんはどうしていいのかわからず、僕の顔をしきりに見てはやり場のない手を動かしていた。

「あの、ルイスさん」
「ん?」
「リタちゃんが恥ずかしいみたいなんで、そろそろ……」
「あ、そうなのか。ごめんな」
「ウン……」

 林檎みたいに真っ赤になったリタちゃんはふらふらと僕の方に歩いてくると、脚にくっついた。
 まだ顔の熱は取れないらしく、ぐりぐりと僕の脚に顔を押し付けている。
 なんだか初恋泥棒を見た気分だった。

「……イケメンって怖い」
「? なんの話だよ?」

……ルイスさんの話ですと言っても、ルイスさんは自分をイケメンだとは認めないだろうな。

 僕は脚ににくっついたまま離れようとしないリタちゃんの様子に、この子も大変だなとしみじみ思った。




 

 
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