Rasanz‼︎ーラザンツー

池代智美

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EMANON side

EMANON side:エッシ

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 朝からアイツと二人でJP区に、例の記憶喪失の子の護身用である銃を受け取ってくるようスマーニャさんに頼まれた。
 一緒に行く人間に不満があったけど、スマーニャさんも忙しい身だ。
 あたしは二つ返事で了承すると、移動ターミナルを使ってJP区に向かった。
 いつものお店に行くと、店主の一重かずしげさんが店の入口を箒で掃いていた。
 一重さんは拳銃を点検ついでに見せると、軽く説明をした。
 お代は既に払ってあるそうで、一重さんは妹の琴ちゃんを呼んだ。
 琴ちゃんは兄の武器屋の隣に店を構える修理屋である。
 今日の修理屋は昼からの営業のようで、服は作務衣ではなく私服だった。

「お久しぶりです! 元気でした?」
「元気だよー琴ちゃんは?」
「見ての通りです! あ、そうだエッシさん! 最近流行りのコレ知ってます?」

 琴ちゃんは上着のポケットからスマホを取り出すと、画像のチュロスを見せた。

「チュロスは知ってるけど、流行りはわかんないな~」
「これ味が十種類の中から選べるんですよ! 良かったら一緒に行きません?」
「え! いいの? じゃあマリアさんも誘う? あとあたしも美味しそうなお店昨日見つけたんだ! そっちも一緒に行かない?」
「え! 行きたいです!!」

 琴ちゃんと楽しみだねと笑うと、お互いに行きたい店の情報交換をしあった。
 あたしは約束を忘れないように、マリアさんにメッセージを送信した。
 世間話をしていると結構時間が経っていて、名残惜しさを感じながらも、私は挨拶をしてブラッドと事務所に帰った。
 帰り道の途中、警察官がブラッドを職質してきたけど、あたしは早く帰りたかったからブラッドを見捨てて帰路に着いた。
 事務所に戻ると、よもぎと大福が真っ先に出迎えてくれた。
 いつもの席にスマーニャさんはいない。
 二匹を撫でていると、ルイスくんがおかえりなさいと言ってきて、あたしは声がした方に目を向けた。
 すると例の子とちょうど目が合った。
 金髪で、右目には眼帯をしている。
 左目が赤いのが気になったけど、あたしは笑顔を作って手を差し出すと、軽い自己紹介をした。
 あたしが挨拶すると、男の子は礼儀正しく言葉を返して、私の手を優しく握る。
 あたしは知り合ったばかりだけど、この子はいい子そうな予感がした。

 外から騒がしい足音が聞こえてくると、案の定入ってきたのはブラッドだった。
 遅れて来たブラッドはあたしに先に帰った事についての文句を言ってきたけど、あたしが言い返すと馬鹿は変な嫉妬をしたのか、自己紹介の後サンくんの手を強く握った。
 あたしはブラッドの手を叩き落とすと、サンくんにブラッドの非礼を謝った。
 サンくんは気を遣って痛くないと言っていたけど、馬鹿は悪びれなく痛くしてないから当たり前だと開き直った。
そもそもの話、サンくんがシェルアさんに今の出来事を伝えたら一発でアウトなのに、相変わらず頭が悪い男である。
 ブラッドはルイスくんに引かれて喧嘩を始めようとしていたから、あたしは手招きしてサンくんを座らせようとした。
でもサンくんはルイスくんの隣がいいみたいで、首を横に振ってやんわりと断った。
 マリアさんは先に二人の飲み物を淹れていたらしい。
 
 あたし達に挨拶をすると、マリアさんはせっかくこっちに来たのに、飲み物を聞いてまたキッチンに戻ってしまった。
 あたしはふと、以前ブラックコーヒーを飲んで吐いていた男の姿を思い出した。
 飲めたのかと聞くと、ブラッドはむせただけだと言った。
 あたしは次に、サンくんにコーヒーが好きか聞いた。
 サンくんは好きでも嫌いでもないと言った後、マリアさんが淹れてくれたコーヒーは好きと可愛らしい回答をした。
 好きか嫌いかの二択でその言葉が自然と出てくるあたり、サンくんはきっといい子なのだろう。
 
 いい子だと言うと、ルイスくんも間髪入れずにそれに同意した。
 サンくん本人は否定していたけど、いい子の信憑性しんぴょうせいが高まるだけだった。
 あたしは記憶喪失のこの子の力に少しでもなりたくて、協力するから遠慮しないでと声をかける。
 サンくんからはまっすぐな感謝が返ってきて、あたしは自然と笑みが溢れた。
 年齢は十九歳らしい。
自分が思っていたよりも若くてびっくりした。
 ブラッドがあたしも若いと言ってきたけど、十代と二十代はまた別である。
 比べるなと言うと、あたしの発言に同意するように大福とよもぎが鳴いた。
するとブラッドは大福の頬を引っ張った。
 いじめるなと言うルイスくんに、ブラッドはいじめてないと言い返す。
 大福が鳴くと、ブラッドは裏声でいつも優しいと言っていると気持ち悪い事を言った。
 睨まれたけど怖くない。
 大福を慰めると、嬉しそうに尻尾を振っていた。

 マリアさんが戻ってくると、あたし達に飲み物とお手拭きを配ってくれた。
 大福くんがマリアさんに吠えると、ルイスくんがマリアさんにソファに座るよう促した。
 マリアさんは自分の仕事を気にしていたけど、あたしはたまにはゆっくりしましょうとマリアさんを誘った。
 ついでにマリアさんの飲み物を淹れてくると言って離席すると、キッチンに向かった。
 あたしはキッチンで紅茶の淹れ方動画を再生しながら、マリアさんの紅茶を淹れる。
 普段家で簡単に飲めるスティックタイプのインスタントしか淹れた事がないから難しかったけど、動画の通りに淹れたから不味くなる事はないはずだ。
 あたしは淹れたばかりの紅茶とお手拭きのウェットティッシュをトレイに載せて、マリアさんに持っていった。
 マリアさんはふわりと微笑むとあたしに御礼を言った。
 ソファに座って、マリアさんが淹れてくれたミルクティーを一口飲む。
 ミルクと砂糖も置いてくれたけど、それがいらないくらいマリアさんの淹れてくれたミルクティーは美味しかった。
 マリアさんに美味しいと言うと、あたしの淹れたストレートの紅茶も美味しいと言ってくれて更に嬉しくなった。
 ブラッドはシェルアさんと入れ違いになったのを残念がっていたけど、マリアさんによっぽど好きなんですねと言われると若干照れていた。

——そんなに好きなら早く女遊びやめて告白すればいいのに。

 この男はしょっちゅう違う女の子を連れているという噂がある。
 好きな人がいるのにそんな事をする神経があたしにはわからないし、わかりたくもない。
 
 ルイスくんはクズにさっきの態度を注意したけど、馬鹿なブラッドには通じなかったみたいで、世間の厳しさを教えてやったと意味のわからない事を言った。
 あたしとルイスくんは思わず無言になった。
 クズ馬鹿は怒っていたけど怖くないし、何なら腹が立ったから肘鉄をお見舞いしてやった。
 ブラッドの代わりに謝ると、クズは此処がどんな場所か教えてやっているだけだから文句を言われる筋合いはないと馬鹿の発言をした。
 ルイスくんと一緒にブラッドを詰めていると、マリアさんに落ち着くように言われてしまった。
 マリアさんはブラッドの心情を見抜くと、サンくんは優しい子だと話した。
そしてマリアさんはサンくんにどう思うか聞いた。
 サンくんはブラッドにあれだけの態度を取られながらも、自分の一存ではどうにも出来ないから許容はしてほしいとあたし達にお願いした。
 誰も責めないサンくんの態度に、あたしはクズを責めていた自分が恥ずかしくなった。
でも同時に、こんないい子に圧をかけていた馬鹿が許せなくて目で訴えた。
 サンくんは誰も傷付ける意思はないと、マリアさんの問いに頷いて返事をする。
 ブラッドに視線が集まると、あいつは堪えられなかったらしく、煙草を吸ってくると逃げるように部屋から出ていった。
 閉まるドアの隙間を大福がすり抜けて、追いかけていく。
 よもぎは興味がなさそうにマリアさんの足元で欠伸をした。

 あたしが三度目となる謝罪をすると、サンくんはブラッドの言う事ももっともだと言った。
 むかついたでしょと言い返しても、サンくんはシェルアさんの事を大切に想っているとしか言わなかった。
 
——あれだけ言われてそれでもあんなクズを気にかけているなんて、この子はいい子だ。

 いい子すぎて心が洗われると言うと、ルイスくんが同意する。
 ルイスくんはサンくんを善人だと評すと、お人好しだと話した。
 最下層では珍しい性格の人間である。
 サンくんの話をしていると、マリアさんからサンくんが困っているから会話をやめるようにやんわり言われた。
 年下の子と話す機会なんてそうそうないから完全に浮かれていた。
 あたしはサンくんにすぐ謝った。
 サンくんはマリアさんにコーヒーを勧められると、コーヒーを口にして美味しいと顔を綻ばせた。
 マリアさんに美味しいコーヒーの淹れ方を教えてほしいとお願いすると、マリアさんは快く了承してくれた。
 あたしに便乗して、サンくんもマリアさんにコーヒーの淹れ方を教えてほしいと言う。
 どうせなら美味しいコーヒーを淹れられるようになってそれをあたし達に飲んでほしいらしい。
 理由が健気すぎて、あたしはサンくんの眩しさに天を仰いだ。
 ルイスくんもあたしと同じ反応だった。
 
 馬鹿が屋上に逃げて三十分が経過した。
 トークアプリに一件のメッセージが入って、スマホを開く。
 送り主はシェルアさんからで、そこには昼食の買い出しをしてほしいという内容が綴られていた。
 メッセージ画面を見せると、マリアさんが早速買い出しに行こうと動く。
 私は男連中で行ってほしいのと、ついでにあの件の依頼料を受け取るように言われている事をマリアさんに伝えて引き止めた。
 マリアさんはちょっと心配そうな顔をして、自分のスマホを確認した。
 大丈夫かと言うマリアさんに、流石にあの馬鹿もそれくらいは弁えているだろうと返事をする。
すると大きな音を立ててブラッドが中へ入ってきた。
 ブラッドの足元には尻尾を振る大福がいる。
 ブラッドは偉そうに行くぞとルイスくん達に言うと、足早に外に出ていった。
 ルイスくんもサンくんも大福もブラッドを追いかけていく。
 あたしとマリアさんはいってらっしゃいと皆を見送った。
 
 よもぎは眠いのか欠伸をして、伏せの体勢になっている。
 久しぶりの女子会だと言うマリアさんに頷いて最近の様子を聞くと、マリアさんはスマーニャさんとはどうなのかと逆に聞いてきた。
 あたしは慌ててマリアさんの名前を呼ぶと、あたしの事はいいからと咎める。
 美味しそうな店の話題を振ると、マリアさんは話に乗って何が美味しいのか聞いた。
 あたしはパスタ専門店の話をすると、その店ではの種類やソースが選べる事を話して店の写真を見せた。
 最近ビーフシチューを作ったと言うと、美味しく出来たのか聞かれて心苦しくなった。
 赤ワインを入れすぎて美味しくなくなったと素直に話すと、マリアさんはあたしに気を遣ったのか料理を練習しないかと提案した。
 料理上手なマリアさんから教えて貰うなんてまたとない手である。
 藁にも縋る思いであたしはマリアさんの手を握ると、今までにしてきた失敗を話した。
だって何度レシピ通りに作っても上手く出来ないのだ。
 マリアさんは優しく大丈夫ですよと言うと、あたしの料理練習をお互いが休日の時にしてくれる事を了承してくれた。

 話をしていると、琴ちゃんが言っていたチュロスの店を思い出した。

「あ、そうだ! 今日琴ちゃんがチュロス食べに行こうって言ってたんです」
「チュロスですか?」
「はい!」

 あたしはマリアさんに琴ちゃんから貰った店の写真を見せた。

「一応メッセージでも送ったんですけど……」
「あら本当。気付かなかったわ」
「一緒に行けます?」
「ふふ。断る理由がありませんよ~。家にいてもルイスのお世話があるだけですし」
「やった! 楽しみですね!」

 マリアさんはあたしの反応にニコニコ笑うと、今日のお使いの話を聞いてくれた。
 ブラッドへの愚痴を吐き出していると、スマーニャさんとシェルアさんが帰ってきた。
 依頼の内容的にたいしたものじゃなかったから切り上げて早めに帰ってきたらしい。
 スマーニャさんはすぐに上着を脱いで椅子にかけると、座ってパソコンを操作し始めた。
 仕事が出来る人は大変だ。
 
「あ、スマーニャさん、そこに一重さんから預かった物置いてあります」
「うん、ありがとう」

 報告だけすると、スマーニャさんの視線はすぐにパソコンに向いたけど、御礼を言われるだけであたしには充分だった。
 
 十分後、ルイスくん達が帰ってきた。
 怪我をしていないから、道中トラブルに巻き込まれずに済んだらしい。
 あたしはマリアさんと昼食の準備を始めた。
 先に忙しそうなスマーニャさんから昼食のサンドイッチとコーヒーを配ると、今度は微笑んで御礼を言われて心臓が高鳴った。
 あまりに自分の心音が大きすぎて、あたしはスマーニャさんに聞こえていないか心配になった。
 あたしの昼食はライ麦パンを使ったサンドイッチとチョコレートマフィン、紙パックのジュースを選んだ。
 サンくん達が戻ってくると、ルイスくんは帰りが早かった事を言った。
 スマーニャさんはルイスくんの声に新聞を広げながら答える。
 ルイスくんはサンくんにソファに座るよう促すと、大福に取られるぞと忠告した。
 大福はお腹が空いているのか、いつもより勢いよく食べている。
 あたしは最初にストローを紙パックをさすと、野菜ジュースを飲んだ。
 サンドイッチを一つ食べていると、もう食べ終わったらしい大福がサンくんの足元にやって来た。
 サンくんは大福を気にしながらもホットドッグを咀嚼している。
 大福はどうもおこぼれを狙っているみたいで、あたしはサンくんなら貰えると思っているというマリアさんの言葉に頷いた。
 ルイスくんはサンくんが食べづらいからと大福に注意していたけど、大福は意味がわからなかったのか、その場からちょっと横にズレて移動した。
 おとぼけな所が可愛くてマリアさんと一緒に笑うと、大福は不思議そうに首を傾げて、あたし達の匂いを順番に嗅いでいった。
 最後に大福はブラッドの足に自分の前足を置くと、ワンと鳴いて避けるブラッドの足を追った。
 あたしはそれを見て犬が人間に順位付けする話を思い出した。
でもルイスくん曰く、これは実際には違うようで、人間の接しでで犬の性格や行動が変わるらしかった。
 馬鹿は大福に下に見られているだけと思っていたと言うと、馬鹿はあたしをアホと言ってきたため、あたしはクズと返してやった。
 睨み合いが始まると、マリアさんはその辺でと仲裁に入る。
 仕方なく食事を再開すると、大福がソファに飛び乗って伏せの体勢になった。
 大福はあたしの膝に顎を乗せてくりくりした瞳でじっとあたしを見上げている。

……もしかして、あたしが怒ってないか気にしているのだろうか。

 あたしは少し罪悪感を覚えて、なるべく優しく大福に怒ってないよと声をかけた。
 本当かと言いたげな大福に怖かったかと聞くと、ブラッドが怖い時しかないと余計な事を言ってきた。
だけどブラッドはシェルアさんに名前を呼ばれると固まって、謝罪の言葉を口にした。いい気味である。
 シェルアさんは喧嘩するのもほどほどにと言うと、クズとあたしが仲良しみたいな事を言った。
 あたしは全力で仲良くないと否定した。
 あいつと声が揃ってしまったのも不名誉だ。
 スマーニャさんの耳には届かなかったのが、本当に幸いな出来事だった。

 ジュースを飲んでいると、よもぎがソファに飛び乗って大福にじゃれついた。
 マリアさんが何気なく午後は久しぶりにゆっくり出来そうだと言うと、スマーニャさんは言葉を濁して少し顔色を悪くした。
 何かあったのかと問いかけるマリアさんとルイスくんに、スマーニャさんは言いづらそうに害虫駆除の件を話すと、毛虫だったからブラッドに任せて帰ったと説明した。
 あの日はあたしも出勤で、奴を見た瞬間鳥肌が止まらなかった。
 ブラッドはあたしとスマーニャさんが手伝わなかった事に不満を吐き出すと、パンを頬張った。
 マリアさんに虫の話を振られて、あたしは気持ち悪くならないのかと聞いてみた。
でもマリアさんもルイスくんもたくさん見たら多少不快感は抱くものの、あたしみたいに滅茶苦茶な嫌悪感はないようだった。
 サンくんに虫が得意か聞いてみると、サンくんは一瞬目を丸くした後、関わった記憶がないから得意でも苦手でもないと言った。
それでも蝶々は知っているらしくて、あたしは地上にも同じ種類の虫がいる事実にびっくりした。
 あたしの反応にサンくんは不思議がっていたけど、あたしが最下層生まれだから単純に地上に興味があるのだと言うと納得していた。
 スマーニャさんがいた地上が知りたくて、地上がどんな所だったかとだいぶ切り込んだ質問をすると、ブラッドが馬鹿にしたようにサンくんは記憶喪失だぞと言う。
 馬鹿と言おうとしてやめた辺り、シェルアさんを気にしているらしい。
 煽るように言葉の続きを促すと、何でもないという掠れた声が隣から聞こえた。
 あたしは冷めた目でブラッドを一瞥すると、サンドイッチを口に運んだ。

 ルイスくんが独り言のように今の地上はどうなっているのかと言うと、シェルアさんはどうなってるんだろうと曖昧に答えて、スマーニャさんは色々変わっているか変わっていないかだと極端な二択を答えた。
 何も変わらない事があるのかとルイスくんが聞くと、スマーニャさんは凡人が自らの変化を望むと思うかと逆に問いかけてルイスくんを納得させていた。
 地上はスマーニャさんにとってはそれほど良い環境ではなかったけど、自然が多いのは良かったようだった。
 スマーニャさんは地上を最下層よりは平和だと言うと、犯罪が起きたなんて話は聞かなかったと話した。
 あたしが羨ましいと言うと、その代わり退屈だとスマーニャさんは苦笑して、地上には地上のルールがあるからと補足した。
 何度か聞いた話ではあるけど、地上では本やテレビ、映画、スポーツ等、冒頭と末尾には必ず才人の真似はしないようにという注意喚起がある上に、学校ではテストが平均点を大きく上回ると目をつけられてしまうらしい。
しかも年に一度の“凡人テスト”で地上にいる才人を地下へ落とすというルールがあるようで、スマーニャさんはこれに該当したらしかった。
 全教科満点取ってそうだと言うと、スマーニャさんは最初は目をつけられて大変だったと懐かしむように返事をした。

——すごいなぁ、スマーニャさん。

 頭も良くて、倫理観もちゃんとしていて、何よりかっこいい。
 あたしはスマーニャさんが好きだけど、好きと言ったところで相手にされないのはわかっている。
だってスマーニャさんの一番大切な人は幼馴染であるシェルアさんなのだ。
 あたしみたいな小娘になんてきっと見向きもしないだろう。
 わかっているのに、あたしは胸が苦しくなった。

 シェルアさんの家には専属の家庭教師がいたようで、ルイスくんはシェルアさんをお嬢様と評した。
 シェルアさんはルイスくんの発言に、スマーニャさんもお坊ちゃまだと言葉を返す。
するとスマーニャさんはあからさまに嫌そうな顔をして、お坊ちゃまはやめろとシェルアさんに言っていた。
 あたしは二人の様子を見ていられなくて、視線を手元に落とすと、残りのサンドイッチを口に入れた。
 なんだか味がよくわからなかった。
 
 スマーニャさんは話を打ち切ると、今後の話をしようとサンくんに目を向けた。
 サンくんは慌ててパンを食べたのか、咽せ込んでいる。
 ルイスくんが大丈夫か聞くと、サンくんは消え入りそうな声で“大丈夫”と“すみません”を口にした。
 スマーニャさんは気を取り直して話を戻すと、サンくんに護身用の拳銃を渡した。
 サンくんは驚いて拳銃を受け取っていたけど、見た事はあるとスマーニャさんの質問に答えていた。
 拳銃を怖がるサンくんを笑うと、スマーニャさんは拳銃の説明をした。
でもサンくんにはいまいち理解出来なかったようで、ルイスくんの簡単な説明を受けて初めて理解したみたいだった。

 サンくんは持っている拳銃を見つめると、何を思ったのか自分はスマホを持っていると言った。
 スマーニャさんは淡々とサンくんにスマホを奪われたら、壊されたら、何か戦う術を持っているのかと聞く。
 最終的にサンくんはスマーニャさんに正論を言われてしゅんとしていた。
 EMANONにいれば最早通過儀礼みたいなものである。
 あたしは最初スマーニャさんに叱られた過去を思い出した。
 ルイスくんがスマーニャさんのアレは全員言われているとサンくんに小声で教えると、サンくんは本当かと言うようにそうなのかと小声で聞き返した。
 マリアさんがスマーニャさんの厳しさは優しさなのだとサンくんに伝える。
あたしはマリアさんの言葉に何度も頷いて同意した。
 サンくんはひとしきり落ち込むとすっきりしたのか、拳銃の使い方を聞いている。
するとブラッドがあたしを指差して、無闇に発砲するなとサンくんに言った。
 どうやら二ヶ月前の話らしい。
 あたしはちょうどそこにあんたがいたから、弾がスレスレで標的に当たらなかったと不満を口にした。
 ブラッドは射撃が上手くないならサブマシンガンを使うなと偉そうに言い返すと、耳ついてんのかとあたしを煽った。
確かにあたしは拳銃の扱いが上手くないけど、そこまで言われる筋合いはない。
 売り言葉に買い言葉を返していると、大福がブラッドの腹部に突進した。流石大福だ。
 次は頸動脈を狙うよう言うと、馬鹿は殺す気かと怒った。
 ぐちぐち文句を言うクズによもぎが珍しく近付くと、よもぎは慰めるようにクズの膝の上に乗った。
 よせばいいのに、ブラッドは大福を挑発するような発言をしてからかっている。
 落ち込む大福が見ていられなくて、あたしはブラッドに注意をしたけど、反省の色は見えなかった。
 睨み合っていると地震がきて、部屋全体が緩やかに揺れた。
 少しして揺れが収まると、スマーニャさんは今回はただの自然現象だと言った。
 サンくんは地震が多いのか気になったみたいで、上司二人に聞いていた。
 サンくんのいる地上では地震はなかったらしい。
 シェルアさんが配慮が足りなかった事を謝ると、ブラッドがサンくんに目で圧をかけた。
 サンくんは焦りながら怖くなかったと言っていたけど、明らかにブラッドを気にした様子だった。
 スマーニャさんは新聞を読みながら地震の数は住んでいる場所で変わってくるからと、さっきのサンくんの質問に答えると、地下の方が半分程度の揺れで済むと諸説を話した。
 初めて知る情報に感心していると、ルイスくんが地下にいる自分達はラッキーだと言う。
 あたしが最下層にいる時点で危険も何もないんじゃないかと言うと、スマーニャさんはあたしの言う事は尤もだと言って笑った。
 スマーニャさんの笑顔に思わず身体中の熱が顔に集まる。
 好意がバレないように笑って誤魔化すと、マリアさんが此処は自然災害より事件や事故の方が多いと口にして、ルイスくんにサンくんを脅すなと怒られていた。
 マリアさんはハッとして謝っていたけど、空気の読めないブラッドは事件や事故の方が多いと同意してパンを頬張った。
そして平和なら警察なんて組織なくていいと、元も子もない事を言った。
 スマーニャさんはブラッドの一言に対して、自分の友人が職を失うと冗談を返すと、ルイスくんの賞賛を流してシェルアさんに冷たい目を向けると、シェルアさんの交友関係についてを指摘した。
どうやらスマーニャさんはシェルアさんの動向を心配しているらしい。
スマーニャさんにとってはたった一人の幼馴染だからやっぱり大切なんだろう。
シェルアさんを見るスマーニャさんの目は厳しくても、瞳の奥には優しさが宿っていた。

 空気が重くなると、真っ先に大福が動いてスマーニャさんの所に行った。
 此処からは見えないけど、大福はデスクの下でじっとスマーニャさんに目で訴えてかけているようで、スマーニャさんは困った顔をしている。
 シェルアさんはそんなスマーニャさんを笑うと、大福を呼び寄せてスマーニャさんに軽口を叩いた。

 あたしは二人の仲の良さを目の当たりにして、心臓を掴まれたような痛みを感じた。
 あの人の立場に自分がなるなんてどう頑張ったって出来ないのはわかっているのに、生まれてくる場所が一緒だったらとか、もう少しあたしが早く産まれてきたらとか、そういう考えが一瞬頭をよぎった。

……最初は傍にいられるだけで良かったのにな。

 あたしはいつの間にか欲張りになってしまった自分にそっと溜息をついた。
 当のシェルアさんはよもぎと大福を膝に乗せて作業をしている。
 明後日の依頼は区域清掃らしく、ブラッドは地味な仕事だと不満を溢した。
 いちいち口に出さないと駄目なのかと呆れた目を向けて、平和な証拠だと言うと、期間限定の平和とは何だと言い返された。知るかそんなの。

 適当に返事をして、最後のサンドイッチに口をつける。
 尚も不満を言うブラッドにあたしは筋トレを勧めると、ルイスくんはゲームでのフィットネスを勧めた。
しかし馬鹿は実戦がしたいのだと我儘を言った。
だんだん腹が立ってきたところで、シェルアさんが馬鹿を組手に誘った。
でもブラッドは好きな人の誘いを断ると、役不足かという問いにNOを突きつけた。
 あたしは明らかに焦っている馬鹿の脇腹を肘で小突くと、組手ぐらいしてやれと小声で言った。
馬鹿は組手どころじゃなくなると言うと、それならお前はスマーニャさんと組手が出来るのかと言ってきた。
 常識的に考えて出来る訳がない。
 小声で言い返すとブラッドが小声で逆ギレしてきたけど、マリアさんのブラッドが紳士という発言にルイスくんと宇宙を背負った。
 紳士というならどう考えてもスマーニャさんの方が適切である。
 あたしはマリアさんの天然さにびっくりした。


 

 
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