Rasanz‼︎ーラザンツー

池代智美

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EMANON

EMANON5

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「よもぎお前……慰めてくれてんのか……?」
「……」

 よもぎちゃんはブラッドさんの問いに何も答えず、尻尾を横に倒した。
 ブラッドさんが膝に乗っているよもぎちゃんを優しく撫でると、よもぎちゃんは気持ち良さそうに目を細めた。

「おい見てるか~大福~暴力男は嫌いだってよ~」
「ギャワン!?」
 
 大福はブラッドさんに挑発されてわかりやすくショックを受けると、よもぎちゃんを取り戻そうとクーンクーンと切なげに鳴いて擦り寄った。
 さっきブラッドさんにダイレクトアタックを決めた犬とは思えない。
 よもぎちゃんは関心がないのか、欠伸をこぼしている。

「ちょっと、大福からかうのやめなさいよ」
「からかってねーよ。事実言ってるだけだろうが」

 エッシさんとブラッドさんが睨み合って、また口喧嘩に発展するかと思いきや、地面が揺れた。
 部屋全体が緩やかに横に揺れるという初めての現象に、僕は戸惑いながらも座ったまま周りを見回す。
 少しすると、揺れが収まって音が止んだ。

「短かったな」
「そうだね。今回はただの自然現象だろ」

 シェルアさんの言葉にロジェさんが同意する。
 今回"は"という事は、前回も地震があったのだろう。
 みんな慣れた様子で誰一人慌てていなかった。
 地上だったら大騒ぎになるはずだけど、地下はそうでもないらしかった。

「あの、此処ってそんなに地震多いんですか?」

 僕はちょっと勇気を出して疑問を口にした。
 シェルアさんとロジェさんが、作業していた手を止めて僕に視線だけ向ける。

「もしかして地上ではなかった?」
「あ、はい。さっきので初めてでした」
「そうだったんだ。ごめん、怖かっただろう?」
「いっいえ、そんな怖くなかったので……!!」

 地震の怖さより今のブラッドさんの目の方が怖い。
何お前シェルアさんに謝らせてんだよという心の声が今にも聞こえてきそうで、とんでもない圧を感じる。
 僕はなるべくブラッドさんの方を見ないように目を逸らした。
 ロジェさんは僕に向けていた視線を新聞に戻して、コーヒーを飲んだ。

「地震の数は住んでいる所で変わってくるからなぁ……こればっかりは何とも」
「そうなんですか……」
「でも地震が起きたら地下の方が安全ではあるよ。諸説しょせつあるが、地上より半分程度の揺れで済む」
「「「へえ~」」」

 エッシさんとブラッドさんと僕の声が重なる。
 感心していると、ルイスさんが口を開いた。

「んじゃあ地下にいる俺達ラッキーっすね」
「まあ酸欠になる危険もあるけどね」
「最下層にいる時点で危険も何もないんじゃ……?」
「はは、確かに。エッシの言う事は尤もだ」

 エッシさんの一言にロジェさんが笑うと、エッシさんは頬が少し赤くなった。
 マリアンネさんが納得したようにポンと手を打つ。

「そういえば此処って自然災害より事件、事故の方が多いですもんね」
「おい姉貴、脅すなよ」

 ルイスさんが顔を歪めて注意すると、マリアンネさんはハッとなって自分の口元に手を当てた。

「あ、ごめんなさい。そんなつもりはなかったんですけど……」
「まーでも実際マリアさんの言う通り、そっちの方が多いだろ」

 ブラッドさんはさっき言ったマリアンネさんの言葉に同意を示すと、大きな口を開けて惣菜パンを頬張った。
 ブラッドさんの膝にはよもぎちゃんと大福がいて、二匹ともブラッドさんの食べる様子を見ている。
 ブラッドさんは食べ終わると、再び口を開いた。

「そもそも平和だったら警察なんて組織なくていいしな」
「それなら僕の友人の一人が職を失う事になるな」
「えっ、ロジェさんご友人に警察の人いるんですか?」
「まあね」
「へー。すごいですね」

 ルイスさんが流れるようにロジェさんに相槌を打った。
 確かに友達に警察関係の人がいるのはすごい。
でも僕達の感心をよそに、ロジェさんはシェルアさんに冷めた視線を向けた。

「そこにいる誰かさんは、僕より広い交友関係を持っているみたいだけどね」
「えぇ……? そんな事ないと思うよ?」
「……あまりあちら側に関わるなよ。君が戻ってこれなくなる」

 とがめるようなロジェさんの言葉に、シェルアさんは苦笑を浮かべている。

……あちら側? 戻ってこれない?

 僕は疑問に思ったけど、シェルアさんとロジェさんの大人二人の会話だから口を挟む気にはなれなかった。
 少し下がった部屋の温度にみんな何も言わないでいると、ブラッドさんの膝に乗っていた大福が床に下りて、ロジェさんの所に走っていく。
 デスクがあって大福の姿は此処から見えないけど、ロジェさんの目は下を向いていた。

「……」
「……」
「……無垢な瞳で僕を見るのやめてくれないかな」
「ワン!」
「君の主人をいじめた訳じゃないから」
「ワゥン?」

 困ったような顔をするロジェさんに、大福が首を傾げる。
 シェルアさんは二人のやり取りに肩を震わせていた。

「……笑ってないでどうにかしてくれよ」
「んっ、ふふ。あー、うん、おいで大福。私いじめられてないから大丈夫だよ」
「ワフッ」
「そうそう。ロジェはちょっと口うるさいだけだから」
「おい」

 ロジェさんはシェルアさんのちょっと失礼な発言に突っ込むと、溜息をついて新聞を読む作業に戻った。
 よもぎちゃんがブラッドさんの膝から下りて、大福の所に走っていく。
 シェルアさんは自分の所に来た二匹をまとめて撫でると、自分の膝に乗せた。
 キーボードを打つシェルアさんの腕の間から、顔を出す大福とよもぎちゃんが見える。
 シェルアさんは文字を打ち終わると、パソコン越しに僕達に目を向けた。

「明後日の依頼、区域清掃だから皆よろしく」
「え。先月もやりませんでした?」

 ルイスさんが首を傾げて問いかけると、シェルアさんは膝の上にいる大福とよもぎちゃんを両手でそれぞれ撫でた。

「人手が足りないんだって」
「最近地味な仕事多いすね」

 少し不満そうに言うブラッドさんに、シェルアさんはまた苦笑を浮かべた。
 ブラッドさん的には地味な仕事は面白くないらしい。
 エッシさんは本日何度目かの呆れた目をブラッドさんに向けている。

「平和な証拠でしょ」
「期間限定の平和ってなんだよ」
「知らないわよ。毎日戦争してるよりはいいんじゃないの」

 エッシさんはブラッドさんにそう言い返すと、ライ麦パンのサンドイッチに口をつけた。
 僕も残り半分になったベーグルを味わう。
 ブラッドさんは不満そうな顔のまま包み紙を開けた。
 
「そりゃそうだけどよー……身体なまっちまうぜこれじゃ」
「筋トレすれば?」
「流行りのフィットネスアドベンチャーゲームやればいいんじゃ?」
「舐めんな。実戦がしてェんだよ俺は」

 ブラッドさんはルイスさんとエッシさんの提案を却下して大きな口を開けると、二個目の惣菜パンにかじりついた。
そうしてブラッドさんは最後の一口を平らげると、指先に付いたソースを無造作に舐めた。
 
「じゃあ私と組手くみてでもするか? ブラッド」
「いや……それは、大丈夫です」

 シェルアさんの誘いにブラッドさんは目を泳がせながら断ると、シェルアさんは不思議そうに小首を傾げた。
二人のやり取りを見ていた大福とよもぎちゃんもシェルアさんの真似なのか小首を傾げている。

「ええ……何で? 私じゃ役不足?」
「いや……そうじゃなくて……とにかくダメです。俺が」

 ブラッドさんは言いづらそうにしながらも、はっきりとNOと告げた。
 話している間はシェルアさんの方を向いていたのに、途中で気まずくなったのか目が明後日の方向に向いている。
 シェルアさんは残念そうに大福とよもぎちゃんを撫でていたけど、ブラッドさんの額には汗がにじんでいた。
するとエッシさんがブラッドさんの脇腹を肘で小突いた。

「組手ぐらいやればいいじゃないのよ」
「組手どころじゃなくなるだろ普通に考えて……!」

 小声でエッシさんとブラッドさんが言い合っている。
 マリアンネさんはニコニコした様子で二人を見つめた。

「まあブラッドくんは紳士ですもんねぇ。特に女性には」
「「紳士……?」」

 ルイスさんとエッシさんが心の底から不思議そうにブラッドさんを見つめる。

「こっち見んな」

 ブラッドさんは二人のそれを煽りと感じたのか、顔を歪めて額に青筋を浮かばせている。
 今日が初対面の僕にはブラッドさんが紳士かどうかなんてわからないけど、今までの会話のやり取りからなんとなくブラッドさんは年上の女性に弱いのかなと思った。

 昼食後は、みんなそれぞれの時間を自由に過ごしていた。
 此処では仕事が入っていない時間は基本的に待機の状態で、何をしていてもいいらしい。
 シェルアさんとロジェさんの二人はパソコンで他の仕事をしているみたいだったけど、ルイスさん達は普通に会話したりゲームしたりしていた。
 職場だというのにこの緩さは、最初の僕のイメージとはかけ離れていてビックリした。

 僕は穏やかな午後の時間をルイスさん達と過ごした。
 帰りはシェルアさん達と一緒にスーパーに寄って買い物をして、夕食は四人で一緒に作って食卓を囲んだ。

 夜、ベッドの上でこれが日常になっていくのかと考えると、僕は少しだけ安心した。
今ある不安が全部消える訳ではないけど、凡人の僕がこの世界で誰かといてもいいと思えたのだ。
 僕は起床時間にアラームをセットして、眠りに就いた。
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