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第六話 はじめての冬支度

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 秋の後ろ姿が見えはじめ、色づいた葉が枝から全部落ちてしまうと、霧降きりふり山の天辺てっぺんから、冷たい風が吹き下ろすようになった。

 やがてその風に乗って、カタクリのこなのような細かい雪が運ばれて来るようになる。これは山頂に積もった粉雪で、キラキラと朝日に照らされて舞う様子はそれは見事なものだ。

 この風花かざはなが舞うようになると、そろそろ里の者は冬支度ふゆじたくをはじめる。

 ここいらの冬の木枯こがらしは、ユズの尻尾が流されて真っ直ぐになるほどに吹き荒れる。
 そうしてその木枯しがある日ピタリと止んで、大きくて重そうな牡丹雪がドカドカと空から落ちて来るようになると、いよいよそこからが冬本番だ。

 人も、動物も、妖魔も……等しく雪に閉ざされる。


 里長さとおさである茜婆から、もう幾日かで雪の雲がやって来ると知らせがあり、里は大急ぎでの冬支度ふゆじたくに追われていた。

 寒さに弱い水の一族や、たくさんの食べ物を必要とする入道たちは、雪解けまでの時期を眠りの中で過ごす。時々眠りが浅くなり、寝床から腕を伸ばして枕元に置いた飴玉なんぞを口に入れ、もごもごと口を動かしながらまた眠りへと落ちてゆく。
 起きている寒さに強い妖魔は、定期的に眠り組の様子を伺いに行き、枕元のおやつを補充したり、寝床から飛び出た足を仕舞ったりの役目を負うのだ。

『起きている妖魔』の代表格は炎の一族だ。その一員であるユズは、里の誰よりも元気に駆け回っていた。今日は仲良しの河童の姉妹が眠りにつく予定だ。

 ユズが二人の家を訪れると、すでに姉妹は揃って眠そうな顔をしていた。妹のにじは、姉のたきに寄り掛かりこっくりと船を漕いでいる。

「たきちゃん、きゅうりのお漬物持って来たよ! 寝る前に食べてね。こっちは小魚の飴寄せ! 枕のお供にして!」

「うん、ユズ。ありがと。ああ、飴寄せ、カリカリしてて美味い」

 いつもはキリリと涼しげな滝の目が、トロンとゆるんで幼く見える。気が強く、泳ぎも達者で気っ風いい滝のこんな顔ははじめてだ。

「たきちゃん、にじちゃん、いい夢見てね! また春に会おうね!」

 なんだか照れ臭くて、眠り組への定番挨拶を口にして手を振る。

「うん、ユズ。また春に会おう」

 外に出ると、強い風が河童の姉妹の家の納戸なんどをカタカタと鳴らし、ユズの髪の毛をボサボサに乱す。

「わー、すごい風! 寒い!」

 鼻と頬を真っ赤にしたユズは、それでもまた元気いっぱいに駆け出した。

 雪が降るまでには、自分の家の支度もしなければならない。何しろ、たったひとりきりの家族である婆さまがあてにならないのだ。
 婆さまはユズの新しい綿入れ半纏はんてんを作ることに、もう二週間もかかりっきりだった。婆さまはユズに内緒にしているつもりらしいが、ユズはとうに気づいている。

 婆さまはユズが寝るのを待ってから、毎晩夜鍋をして半纏を縫っている。不器用なので、時々「あっつつ!」とか「痛っ!」といううめき声が聞こえて来る。
 ユズはそのたびにハラハラしながら起き上がる。けれど遠慮したり、無理するなと止めたりはしないことにした。婆さまが顔をしかめて必死に針を動かしているところを思い浮かべると、お腹がほっこりと暖かくなるからだ。

「ふふふ……半纏、楽しみ!」

 ユズは布団に潜って、ニヤニヤと笑いながら眠りにつく。窓の外はヒューヒューと冷たい木枯しが吹いていても、ユズは少しも寒くなかった。



     * * * *



 茜婆の予想通り、それから程なくして空から牡丹雪がドカドカと落ちて来た。ユズの家の冬支度は、婆さまの二晩の徹夜と他の妖魔の気づかいで、何とか雪には間に合った。新しい半纏は紺地に黄色い柚子模様で、なかなか可愛らしい仕上がりだった。

 ユズは跳ね回って喜んで、さっそく羽織はおって雪の中に飛び出した。

「袖の長さは違うし、あわせの紐の位置もズレておるに……まぁ、喜んどるし良しとするか……」

 寝不足の溜まっていた婆さまは、ユズが雪にはしゃぐ様子を満足そうに眺め、布団へと潜り込んだ。


 その晩婆さまはいくらゆすっても、とうとう一度も目を開かなかったとさ。

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