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第二十二話 元の時間軸における早川亜紀の告白
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私の罪? 数え上げたらいくつになるだろう。取り返しのつかないことが起きてしまった。私はその罪を償う方法を、まだ見つけられずにいる。
美咲に初めて会ったのは、ブラスバンド部の部室だった。体育館で行われた部員勧誘のための演奏会の直後に、仮入部の申請書を握りしめて部室の前に立っていた。
「あの! 初心者なんです! 楽譜も読めません。でも、さっきの演奏、感動しました! 私もあんな風に、楽器を演奏してみたいです!」
同じ一年の私を、先輩と間違って頭を下げて仮入部申請書を差し出した。私はその紙を受け取って、後ろでクスクスと笑っている先輩に手渡しながら言った。
「大丈夫、最初は誰でも初心者だから。まずは楽器選びからだね。私は中学からサックスを吹いています。一年B組、早川亜紀。よろしくね」
美咲はそのままブラスバンド部に入部して、私と同じサックスを希望した。一年生でサックスは私だけだから、自動的に私が美咲の指導係になった。
ブラバンは体育会系文化部と呼ばれている。肺活量を増やすために走り込みや、硬い風船を膨らませたりする。美咲は運動神経も肺活量もなかった。
顔を真っ赤にして風船を膨らませる美咲を見ていると、自然と比護欲が湧いて来た。マウスピースを噛む練習からはじめて、綺麗な音が出た瞬間の顔は、今でも忘れられない。
美咲が時々人見知りをして浮かべる、誤魔化してやり過ごすような笑顔とは、比べ物にならない。少し涙目になった瞳を輝かせて『鳴った! すごい! 私でも出来るんだ!』と、殻を破って顔を出したばかりの、ひな鳥みたいに笑った。
私と美咲はすぐに、ブラバンの名物になるくらい仲良くなった。それは美咲にカレシが出来ても変わらなかった。変わらないと思っていた。
一ノ瀬克哉くんは、私と同じ中学出身だ。その関係で二人は親しくなった。
私のすぐ隣で恋に落ちてゆく二人を見るのは、不思議な気持ちだった。なぜなら、私は男の子は嫌いだったから。無神経で乱暴で、すぐに大きな声を出す。
「ねぇ美咲、克哉くんのどこが好きなの?」
「うーん、話してると楽しいし、照れ屋なくせにロマンチストで面白い」
「独占欲、強そうだよ?」
「亜紀ちゃん、よく見てるねぇ。その通り! でもそこも好き!」
照れ臭そうに笑う美咲は、なんだか私の知らない大人の女の人みたいに見えた。
私はそのあと克哉くんから目が離せなくなった。美咲と二人でもいるところを見かけると、ずっと目で追ってしまう。
それは私が、美咲を心配しているせいだと思っていた。私はサックスを持ってひよこのようについて来る美咲の、保護者のつもりでいたから。
美咲を取られたみたいで寂しいとか、ひよこの美咲を大人の顔をするように変えてしまった克哉くんが恨めしいとか、そういう気持ちだと思っていた。
でも、美咲と克哉くんの両方から相談ごとを受けたりしているうちに、自分の気持ちに気づいてしまった。
私は克哉くんのことが好きだったのだ。ずっと前から。
克哉くんを目で追っていたのは、美咲を心配していたからなんかじゃなかった。
元々私との方が親しかったのに、克哉くんが美咲を選んだことに傷ついた。ひよこだと侮っていた美咲が、克哉くんを私の目の前でさらっていったことで、裏切られた気持ちになった。
私はとても自分勝手で独りよがりな理由で傷ついて、二人に……二人共に、嫉妬していたのだ。
だからといって、二人の仲の良さは私が一番良く知っている。克哉くんが美咲を裏切って、私を好きになる可能性がないこともわかっていた。
だったら、美咲が他の人と幸せになればいい。それなら美咲を悲しませずに済む。可哀想な克哉くんは、私が慰めてあげればいい。
そんな時に、蓮水さんの存在を知った。
蓮水さんには、美咲のバイト先のパン屋さんで会った。いつも美咲のレジを選んでパンを買いに来る。見るからに美咲を気に入っている人だ。
私は自分の計画に、ぴったりの人を見つけてしまった。
その頃には、そうすることが二人のためにもなると思い込んでいた。私を抜きにして、二人だけが幸せだなんて間違っているのだから。
美咲にアドレスを教えてもらえずに、がっかりした様子で店を出る蓮水さんを追いかけて声をかけた。
「美咲はあなたのことを、大人っぽくて素敵だって言ってましたよ。いつもパンを買いに来てくれて嬉しいって」
蓮水さんは私の嘘を簡単に信じた。
「だよね! 俺が行くと、いつもすごくニコニコ笑ってくれるからさ! 絶対イケると思ったんだ!」
美咲が人見知りをしている時の、嘘くさい笑顔を勘違いしている。ますます好都合だった。私は蓮水さんに自分のメールアドレスを教えた。美咲になりすましてやり取りをするために。
そこからは、坂道を転がるみたいだった。
美咲は私がいくら蓮水さんを褒めても、決して克哉くんから目を逸らすようなことはしなかった。私は『それでこそ、私の美咲だ!』と嬉しく思ったりして、自分が何をしたいのか、よくわからなくなった。
蓮水さんが美咲と両想いだと思い込んで、克哉くんさえいなければと怖いことを言いはじめた時、私は自分が決定的に間違ってしまったことに気がついた。
私が気がつくのはいつも、取り返しがつかなくなってからだ。メールで美咲のふりをして『やっぱりカレシと別れられない。あなたとはつき合えない』と伝えると、蓮水さんはもの凄く怒った。私は怖くなって、メールアドレスを変えた。
それから二日後。泥酔した蓮水さんが、バイクで私と美咲に突っ込んで来て、二人共命を落としてしまった。
蓮水さんは美咲を、殺したいほど好きだったのだろうか。それとも私の嘘に気づいて、殺したいほど憎んだのだろうか。今となってはわからない。
もしかして、本当に偶然の交通事故だったのかも知れないと思うこともある。その逃げ道がなければ、私は生きてゆけない。
法律は私を罰してはくれなかった。
相談した弁護士さんは『殺人教唆には当たらない。君は生きて、自分で罪を償う方法を見つけなさい』と言った。
謝ることさえ出来ない。許しを乞うことすら出来ない。償う方法なんて、どうしたらいいかわからない。
ああ……今日も克哉くんが、泣き腫らした目をしている。
その顔を見て私は背筋がゾクゾクするほどの、喜びを感じる。私はどこか、壊れてしまったようだ。
美咲に初めて会ったのは、ブラスバンド部の部室だった。体育館で行われた部員勧誘のための演奏会の直後に、仮入部の申請書を握りしめて部室の前に立っていた。
「あの! 初心者なんです! 楽譜も読めません。でも、さっきの演奏、感動しました! 私もあんな風に、楽器を演奏してみたいです!」
同じ一年の私を、先輩と間違って頭を下げて仮入部申請書を差し出した。私はその紙を受け取って、後ろでクスクスと笑っている先輩に手渡しながら言った。
「大丈夫、最初は誰でも初心者だから。まずは楽器選びからだね。私は中学からサックスを吹いています。一年B組、早川亜紀。よろしくね」
美咲はそのままブラスバンド部に入部して、私と同じサックスを希望した。一年生でサックスは私だけだから、自動的に私が美咲の指導係になった。
ブラバンは体育会系文化部と呼ばれている。肺活量を増やすために走り込みや、硬い風船を膨らませたりする。美咲は運動神経も肺活量もなかった。
顔を真っ赤にして風船を膨らませる美咲を見ていると、自然と比護欲が湧いて来た。マウスピースを噛む練習からはじめて、綺麗な音が出た瞬間の顔は、今でも忘れられない。
美咲が時々人見知りをして浮かべる、誤魔化してやり過ごすような笑顔とは、比べ物にならない。少し涙目になった瞳を輝かせて『鳴った! すごい! 私でも出来るんだ!』と、殻を破って顔を出したばかりの、ひな鳥みたいに笑った。
私と美咲はすぐに、ブラバンの名物になるくらい仲良くなった。それは美咲にカレシが出来ても変わらなかった。変わらないと思っていた。
一ノ瀬克哉くんは、私と同じ中学出身だ。その関係で二人は親しくなった。
私のすぐ隣で恋に落ちてゆく二人を見るのは、不思議な気持ちだった。なぜなら、私は男の子は嫌いだったから。無神経で乱暴で、すぐに大きな声を出す。
「ねぇ美咲、克哉くんのどこが好きなの?」
「うーん、話してると楽しいし、照れ屋なくせにロマンチストで面白い」
「独占欲、強そうだよ?」
「亜紀ちゃん、よく見てるねぇ。その通り! でもそこも好き!」
照れ臭そうに笑う美咲は、なんだか私の知らない大人の女の人みたいに見えた。
私はそのあと克哉くんから目が離せなくなった。美咲と二人でもいるところを見かけると、ずっと目で追ってしまう。
それは私が、美咲を心配しているせいだと思っていた。私はサックスを持ってひよこのようについて来る美咲の、保護者のつもりでいたから。
美咲を取られたみたいで寂しいとか、ひよこの美咲を大人の顔をするように変えてしまった克哉くんが恨めしいとか、そういう気持ちだと思っていた。
でも、美咲と克哉くんの両方から相談ごとを受けたりしているうちに、自分の気持ちに気づいてしまった。
私は克哉くんのことが好きだったのだ。ずっと前から。
克哉くんを目で追っていたのは、美咲を心配していたからなんかじゃなかった。
元々私との方が親しかったのに、克哉くんが美咲を選んだことに傷ついた。ひよこだと侮っていた美咲が、克哉くんを私の目の前でさらっていったことで、裏切られた気持ちになった。
私はとても自分勝手で独りよがりな理由で傷ついて、二人に……二人共に、嫉妬していたのだ。
だからといって、二人の仲の良さは私が一番良く知っている。克哉くんが美咲を裏切って、私を好きになる可能性がないこともわかっていた。
だったら、美咲が他の人と幸せになればいい。それなら美咲を悲しませずに済む。可哀想な克哉くんは、私が慰めてあげればいい。
そんな時に、蓮水さんの存在を知った。
蓮水さんには、美咲のバイト先のパン屋さんで会った。いつも美咲のレジを選んでパンを買いに来る。見るからに美咲を気に入っている人だ。
私は自分の計画に、ぴったりの人を見つけてしまった。
その頃には、そうすることが二人のためにもなると思い込んでいた。私を抜きにして、二人だけが幸せだなんて間違っているのだから。
美咲にアドレスを教えてもらえずに、がっかりした様子で店を出る蓮水さんを追いかけて声をかけた。
「美咲はあなたのことを、大人っぽくて素敵だって言ってましたよ。いつもパンを買いに来てくれて嬉しいって」
蓮水さんは私の嘘を簡単に信じた。
「だよね! 俺が行くと、いつもすごくニコニコ笑ってくれるからさ! 絶対イケると思ったんだ!」
美咲が人見知りをしている時の、嘘くさい笑顔を勘違いしている。ますます好都合だった。私は蓮水さんに自分のメールアドレスを教えた。美咲になりすましてやり取りをするために。
そこからは、坂道を転がるみたいだった。
美咲は私がいくら蓮水さんを褒めても、決して克哉くんから目を逸らすようなことはしなかった。私は『それでこそ、私の美咲だ!』と嬉しく思ったりして、自分が何をしたいのか、よくわからなくなった。
蓮水さんが美咲と両想いだと思い込んで、克哉くんさえいなければと怖いことを言いはじめた時、私は自分が決定的に間違ってしまったことに気がついた。
私が気がつくのはいつも、取り返しがつかなくなってからだ。メールで美咲のふりをして『やっぱりカレシと別れられない。あなたとはつき合えない』と伝えると、蓮水さんはもの凄く怒った。私は怖くなって、メールアドレスを変えた。
それから二日後。泥酔した蓮水さんが、バイクで私と美咲に突っ込んで来て、二人共命を落としてしまった。
蓮水さんは美咲を、殺したいほど好きだったのだろうか。それとも私の嘘に気づいて、殺したいほど憎んだのだろうか。今となってはわからない。
もしかして、本当に偶然の交通事故だったのかも知れないと思うこともある。その逃げ道がなければ、私は生きてゆけない。
法律は私を罰してはくれなかった。
相談した弁護士さんは『殺人教唆には当たらない。君は生きて、自分で罪を償う方法を見つけなさい』と言った。
謝ることさえ出来ない。許しを乞うことすら出来ない。償う方法なんて、どうしたらいいかわからない。
ああ……今日も克哉くんが、泣き腫らした目をしている。
その顔を見て私は背筋がゾクゾクするほどの、喜びを感じる。私はどこか、壊れてしまったようだ。
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