九月のセミに感情移入してる場合じゃない

はなまる

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第二十話 女子高生の勘は侮れない

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 次の日の朝。土曜日ということもあり、早朝から克哉に電話で起こされた。

「イチさん! ゆうべあれからどうだった? もう大丈夫だよな! 美咲はもう死なないよな⁉︎」

 起き抜けで、そんな返事に困ることを聞かないで欲しい。

「あのあと12時過ぎまで様子を見たけど、何も起きなかったよ」

『もう大丈夫だ、安心しろ!』なんて言葉を、俺は克哉にあげられない。喧嘩しないで仲良くやってくれ。そうすれば少なくとも、手を離してしまった俺みたいな後悔はしないはずだ。

「なぁなぁイチさん! 今日は俺も美咲も部活休みだから、どっか遊びに行こうよ。美咲は午前中バイトだから、午後から!」

 俺の心、俺知らず。克哉は途端に脳天気なことを言い出した。二十歳も年上のおっさんと遊んで、面白いのか? しかも本人だぞ?
 まあな、俺も他にやることがあるわけじゃないんだけどな。あ……! 祭り執行部の法被はっぴ、クリーニング出して返却しないと。三角コーンや通行止め用のロープもだな。郵送で大丈夫か? 直接返しに行くのは、ちょっと難しいな。

 俺が実務的なことをアレコレ考えていたら、克哉がれた声を出した。

「なー、せっかく夏休みなんだから、海とか連れてって欲しい!」

「おまえ……それ、小学生が親父に言うセリフじゃね?」

「あはは! 本当だ! なんかイチさん、兄貴か父さんみたいに思えて来た」

 えらい懐いたな! 出会った時はギャンギャン吠えて威嚇してるチワワみたいだったくせに。

「さすがに海は無理だぞ」

 けっきょくバスで15分程度の距離にある、水族館へ行くことになった。この水族館は市営なので、入館料が50円だ。俺も子供の頃から何度も足を運んだ。
 確か平成二十年くらいに惜しまれつつ閉鎖されてしまう。今から七、八年後だな。俺は閉鎖された後に、それを人伝ひとづてで聞いてとても残念に思っていたのだ。

 克哉は『えーっ、ショボイじゃん』と乗り気ではなかった。俺が『あのショボイ感じが良いんだよ!』と言ったら『懐古趣味ってヤツ?』と、珍しく難しい言葉を使っていた。

 
 克哉との電話を終えて、昨夜の気がかりについて考える。

 美咲と蓮水が、顔見知り以上の関係だという可能性だ。おそらく克哉は何も知らない。つーか、俺も知らなかった。それが何を意味するのか考えると気が重い。もう、めちゃくちゃ重い。

 悩みに悩んで、美咲に直接聞いてみることにした。ちなみに美咲の電話番号やメールアドレスは、今でも俺のアドレス帳にある。


『美咲、早朝からごめん。『イチさん』の方の克哉だ。高校生の方の克哉抜きで、会って話がしたい。出来れば早い方がいい。バイトの前に会えないか?』


 簡潔なメールを打って、早速送信する。最近はチャットアプリかSNSで事足りてしまうので、仕事以外でメールを使うことがない。ちゃんと届いているだろうか? 心配するまでもなく、すぐに返信が来た。さすが若者は反応が早い。



『イチさん、おはよー。大丈夫だよ! 起きたばっかだから、一時間後くらいでイイ? 場所はいつもの河川敷ね!』


 顔文字と色つきハートマーク満載のメールだ。ジェネレーションギャップを感じずにはいられない。

 一時間後くらいか。『くらい』が気になるな。美咲は待ち合わせには常に遅れて来るタイプだ。
 そもそも起き抜けの女子高生が、シャワー浴びるところからはじめて、一時間弱で身支度が出来るとは到底思えない。

『一時間半後の八時半にしよう。バイトの時間大丈夫?』と送信したら、またすぐに『大丈夫だよー。了解でーす!』と返事が来た。

 俺もシャワーを浴びながら、美咲と蓮水のことを考えてみる。蓮水の事故は、事故ではなかったのかも知れない。人は、顔見知り程度の相手にバイクで突っ込んだりしない。美咲は俺を……克哉を裏切っていたのだろうか。

 どちらにしても、俺は今から二十歳も年下の元カノに『浮気してるんじゃないのか?』と問い詰めなければならないのだ。リアルタイムで傷つく、何も知らない克哉の顔を思い出してますます気が重くなる。それだけじゃない。俺は美咲とのことを、綺麗な思い出にしておきたいのだ。

 熱いシャワーを浴びても、少しも気分はサッパリしない。ダラダラと髪を乾かし、もそもそと着替えをしてビジホを出る。待ち合わせよりもかなり早いが、どうせ待つなら早朝の河川敷の方がマシな気がした。



 河川敷に着くと、意外なことにすでに美咲が来ていて『おはよーイチさん!』と手を振っていた。

「珍しいな、時間前に来るなんて」

「えー、私、そんなに遅刻魔じゃないよ! 克ちゃんとの待ち合わせだと、つい気が緩んじゃうの」

 そうか……。俺は美咲の特等席に座っていたんだな。いや……目の前の美咲の特別は俺じゃないけど。

「急にどうしたの? 克ちゃんに内緒の話?」

 美咲が朝の風に洗いたての髪を揺らして、悪戯っぽく笑う。

「ああ。克哉には絶対に言わないから、正直に話して欲しい。蓮水達彦を、知っているだろう?」

 敢えて断定的な言い方をする。

「蓮水さん? コンビニの店員さんだよね。よくパン買いに来るよ」

 克哉に聞いた通りの返事が返って来る。

「克哉は何も気づいていないよ。絶対に内緒にするから、正直に言ってくれ。大切なことなんだ」

「えー、なにそれ。私、疑われてるの? 浮気なんかしないよ!」

「本当か?」

「イチさん、ひどい! あっ……もしかして、未来の私、浮気しちゃうの⁉︎ それで別れちゃったとか?」

 注意深く観察しても、美咲に動揺はない。俺の考え違いか?

「個人的に会ったり、連絡先を交換したりは?」

「ケイバン聞かれたことはあるけど、教えてないよ!」

 だんだん美咲の機嫌が悪くなる。くちびるを尖らせてジト目になってきた。もう少し突っついてみよう。

「じゃあ、蓮水に口説かれたことは? 付きまとわれたり、しつこくされてないか?」

「ストーカー? そんな感じの人じゃない気がするけど……」

「……よく話すのか?」

「……お店に来た時だけだよ。親しくなんかしてない」

 美咲はあまり親しくない相手ほど、ニコニコと愛想よく振る舞う癖がある。人見知りが変な方向に向いているのだ。そのせいで、学校でも何人かの男が勘違いしてドギマギしていた。

「わかった。悪かったな」

「イチさん。なんか……あるんでしょう……。なにを知ってるの? 私に内緒で、克ちゃんとなにかしてるでしょう?」


「私と……克ちゃんに、何が起きるの?」
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