九月のセミに感情移入してる場合じゃない

はなまる

文字の大きさ
上 下
20 / 25

第二十話 女子高生の勘は侮れない

しおりを挟む
 次の日の朝。土曜日ということもあり、早朝から克哉に電話で起こされた。

「イチさん! ゆうべあれからどうだった? もう大丈夫だよな! 美咲はもう死なないよな⁉︎」

 起き抜けで、そんな返事に困ることを聞かないで欲しい。

「あのあと12時過ぎまで様子を見たけど、何も起きなかったよ」

『もう大丈夫だ、安心しろ!』なんて言葉を、俺は克哉にあげられない。喧嘩しないで仲良くやってくれ。そうすれば少なくとも、手を離してしまった俺みたいな後悔はしないはずだ。

「なぁなぁイチさん! 今日は俺も美咲も部活休みだから、どっか遊びに行こうよ。美咲は午前中バイトだから、午後から!」

 俺の心、俺知らず。克哉は途端に脳天気なことを言い出した。二十歳も年上のおっさんと遊んで、面白いのか? しかも本人だぞ?
 まあな、俺も他にやることがあるわけじゃないんだけどな。あ……! 祭り執行部の法被はっぴ、クリーニング出して返却しないと。三角コーンや通行止め用のロープもだな。郵送で大丈夫か? 直接返しに行くのは、ちょっと難しいな。

 俺が実務的なことをアレコレ考えていたら、克哉がれた声を出した。

「なー、せっかく夏休みなんだから、海とか連れてって欲しい!」

「おまえ……それ、小学生が親父に言うセリフじゃね?」

「あはは! 本当だ! なんかイチさん、兄貴か父さんみたいに思えて来た」

 えらい懐いたな! 出会った時はギャンギャン吠えて威嚇してるチワワみたいだったくせに。

「さすがに海は無理だぞ」

 けっきょくバスで15分程度の距離にある、水族館へ行くことになった。この水族館は市営なので、入館料が50円だ。俺も子供の頃から何度も足を運んだ。
 確か平成二十年くらいに惜しまれつつ閉鎖されてしまう。今から七、八年後だな。俺は閉鎖された後に、それを人伝ひとづてで聞いてとても残念に思っていたのだ。

 克哉は『えーっ、ショボイじゃん』と乗り気ではなかった。俺が『あのショボイ感じが良いんだよ!』と言ったら『懐古趣味ってヤツ?』と、珍しく難しい言葉を使っていた。

 
 克哉との電話を終えて、昨夜の気がかりについて考える。

 美咲と蓮水が、顔見知り以上の関係だという可能性だ。おそらく克哉は何も知らない。つーか、俺も知らなかった。それが何を意味するのか考えると気が重い。もう、めちゃくちゃ重い。

 悩みに悩んで、美咲に直接聞いてみることにした。ちなみに美咲の電話番号やメールアドレスは、今でも俺のアドレス帳にある。


『美咲、早朝からごめん。『イチさん』の方の克哉だ。高校生の方の克哉抜きで、会って話がしたい。出来れば早い方がいい。バイトの前に会えないか?』


 簡潔なメールを打って、早速送信する。最近はチャットアプリかSNSで事足りてしまうので、仕事以外でメールを使うことがない。ちゃんと届いているだろうか? 心配するまでもなく、すぐに返信が来た。さすが若者は反応が早い。



『イチさん、おはよー。大丈夫だよ! 起きたばっかだから、一時間後くらいでイイ? 場所はいつもの河川敷ね!』


 顔文字と色つきハートマーク満載のメールだ。ジェネレーションギャップを感じずにはいられない。

 一時間後くらいか。『くらい』が気になるな。美咲は待ち合わせには常に遅れて来るタイプだ。
 そもそも起き抜けの女子高生が、シャワー浴びるところからはじめて、一時間弱で身支度が出来るとは到底思えない。

『一時間半後の八時半にしよう。バイトの時間大丈夫?』と送信したら、またすぐに『大丈夫だよー。了解でーす!』と返事が来た。

 俺もシャワーを浴びながら、美咲と蓮水のことを考えてみる。蓮水の事故は、事故ではなかったのかも知れない。人は、顔見知り程度の相手にバイクで突っ込んだりしない。美咲は俺を……克哉を裏切っていたのだろうか。

 どちらにしても、俺は今から二十歳も年下の元カノに『浮気してるんじゃないのか?』と問い詰めなければならないのだ。リアルタイムで傷つく、何も知らない克哉の顔を思い出してますます気が重くなる。それだけじゃない。俺は美咲とのことを、綺麗な思い出にしておきたいのだ。

 熱いシャワーを浴びても、少しも気分はサッパリしない。ダラダラと髪を乾かし、もそもそと着替えをしてビジホを出る。待ち合わせよりもかなり早いが、どうせ待つなら早朝の河川敷の方がマシな気がした。



 河川敷に着くと、意外なことにすでに美咲が来ていて『おはよーイチさん!』と手を振っていた。

「珍しいな、時間前に来るなんて」

「えー、私、そんなに遅刻魔じゃないよ! 克ちゃんとの待ち合わせだと、つい気が緩んじゃうの」

 そうか……。俺は美咲の特等席に座っていたんだな。いや……目の前の美咲の特別は俺じゃないけど。

「急にどうしたの? 克ちゃんに内緒の話?」

 美咲が朝の風に洗いたての髪を揺らして、悪戯っぽく笑う。

「ああ。克哉には絶対に言わないから、正直に話して欲しい。蓮水達彦を、知っているだろう?」

 敢えて断定的な言い方をする。

「蓮水さん? コンビニの店員さんだよね。よくパン買いに来るよ」

 克哉に聞いた通りの返事が返って来る。

「克哉は何も気づいていないよ。絶対に内緒にするから、正直に言ってくれ。大切なことなんだ」

「えー、なにそれ。私、疑われてるの? 浮気なんかしないよ!」

「本当か?」

「イチさん、ひどい! あっ……もしかして、未来の私、浮気しちゃうの⁉︎ それで別れちゃったとか?」

 注意深く観察しても、美咲に動揺はない。俺の考え違いか?

「個人的に会ったり、連絡先を交換したりは?」

「ケイバン聞かれたことはあるけど、教えてないよ!」

 だんだん美咲の機嫌が悪くなる。くちびるを尖らせてジト目になってきた。もう少し突っついてみよう。

「じゃあ、蓮水に口説かれたことは? 付きまとわれたり、しつこくされてないか?」

「ストーカー? そんな感じの人じゃない気がするけど……」

「……よく話すのか?」

「……お店に来た時だけだよ。親しくなんかしてない」

 美咲はあまり親しくない相手ほど、ニコニコと愛想よく振る舞う癖がある。人見知りが変な方向に向いているのだ。そのせいで、学校でも何人かの男が勘違いしてドギマギしていた。

「わかった。悪かったな」

「イチさん。なんか……あるんでしょう……。なにを知ってるの? 私に内緒で、克ちゃんとなにかしてるでしょう?」


「私と……克ちゃんに、何が起きるの?」
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

愚者による愚行と愚策の結果……《完結》

アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。 それが転落の始まり……ではなかった。 本当の愚者は誰だったのか。 誰を相手にしていたのか。 後悔は……してもし足りない。 全13話 ‪☆他社でも公開します

僕と精霊〜The last magic〜

一般人
ファンタジー
 ジャン・バーン(17)と相棒の精霊カーバンクルのパンプ。2人の最後の戦いが今始まろうとしている。

異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~

ファンタジー
 高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。 見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。 確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!? ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・ 気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。 誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!? 女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話 保険でR15 タイトル変更の可能性あり

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

普通の女子高生だと思っていたら、魔王の孫娘でした

桜井吏南
ファンタジー
 え、冴えないお父さんが異世界の英雄だったの?  私、村瀬 星歌。娘思いで優しいお父さんと二人暮らし。 お父さんのことがが大好きだけどファザコンだと思われたくないから、ほどよい距離を保っている元気いっぱいのどこにでもいるごく普通の高校一年生。  仲良しの双子の幼馴染みに育ての親でもある担任教師。平凡でも楽しい毎日が当たり前のように続くとばかり思っていたのに、ある日蛙男に襲われてしまい危機一髪の所で頼りないお父さんに助けられる。  そして明かされたお父さんの秘密。  え、お父さんが異世界を救った英雄で、今は亡きお母さんが魔王の娘なの?  だから魔王の孫娘である私を魔王復活の器にするため、異世界から魔族が私の命を狙いにやって来た。    私のヒーローは傷だらけのお父さんともう一人の英雄でチートの担任。  心の支えになってくれたのは幼馴染みの双子だった。 そして私の秘められし力とは?    始まりの章は、現代ファンタジー  聖女となって冤罪をはらしますは、異世界ファンタジー  完結まで毎日更新中。  表紙はきりりん様にスキマで取引させてもらいました。

処理中です...