九月のセミに感情移入してる場合じゃない

はなまる

文字の大きさ
上 下
18 / 25

第十八話 まだ祭りは終わりじゃない

しおりを挟む
 美咲と早川は、メインストリートの屋台を冷やかしながら、祭りの雰囲気を楽しむように人波に身を任せてのんびりと歩く。克哉は二人の少し後ろでキョロキョロと視線を彷徨わせている。おい、挙動不審だぞ。緊張し過ぎるなって言ったのに。

 浴衣姿の美咲を見ると、どうしたって葬式の日のことを思い出してしまう。血の通わなくなった美咲の頰は、ただしく肉の感触だった。それ以前に俺が触れたことのある、柔らかくあたたかい美咲の身体とはまるで別物で、目の前のはただの『物』なのだと、俺の血も引いた。

 その背筋の冷える感触を頭から締め出そうとしたら、代わりに浮かんで来たのは、初めて抱き合った翌日の寒い朝の記憶だった。

 お互い初めてで、途中からはムードも何もなくなり、寝技で四苦八苦している初心者格闘家同士の乱取りのようになった。今となれば微笑ましくて甘い記憶だが、当時の俺はスマートに出来なかったことで落ち込んだ。

 その、次の日の朝だ。

 慣れない腕枕で肘から先が痺れて目を覚まし、昨夜のことを思い出して、照れくささに悶絶した。
 今すぐ美咲を起こしたいような、ずっと寝顔を眺めていたいような……。くすぐったくて幸せな気持ちだった。

 浅い眠りの中で、シーツの冷たさから逃げるように抱きついて来る美咲にそっと口づけた。


 まさか美咲が肉のカタマリになるなんて、考えたこともなかったあの冬の日は、目の前の美咲と克哉にも訪れたのだろうか。



 ふと我に返る。女子高生の浴衣姿を眺めながら、何ということを思い出しているのか。下世話過ぎて嫌になる。美咲にも克哉にも顔向け出来ない。気まずい……。

 二人から目を逸らすと、一歩引いた場所から克哉を見つめる早川の視線に目が止まった。

 早川亜紀。

 美咲の親友であり、ブラバン仲間でもある。彼女は美咲の死後、何かと俺を気づかってくれた。俺はそれを、いわゆる傷の舐め合いに近いものだと思っていたのだけれど、美咲の一周忌の日に『ずっと好きだった』と告白された。

 早川は俺の返事を聞かなかった。その日に告白することを選んだのは、つまり……そういうことなんだろう。

 美咲の事故が起きなかった場合、早川は自分の気持ちをどうするんだろう。あの克哉じゃ、絶対に早川の気持ちには気づかない。まぁ、俺も気づかなかったんだけどな。


 色々思い出したり、周囲の様子をうかがったりしているうちに二時間が過ぎ、克哉の携帯電話が鳴った。21時30分。姉貴が迎えに来る時間だ。

「えー、まだ宵の口じゃない! お祭りこれからだよ!」

 ブーブーと女子二人が文句を垂れる声が聞こえて来る。克哉が美咲に携帯電話を渡して、直接姉貴に説得してもらっている。餌は『オープンしたてのオシャレカフェで食べ放題』だ。美咲も早川も早々に食いついた。

 克哉が一緒に行かないと聞いて、美咲が何か言っていたけれど、八木節の演奏が激しくなり聞こえなくなった。

 しばらくして、三人が方向転換して帰路に着く。ビニール袋に入った金魚や祭りのうちわを手に、履き慣れない下駄をカランコロンと鳴らして歩く。



 俺の知る時間軸での、交通事故発生まであと一時間を切った。



     * * * *



 美咲と早川を姉貴の車に押し込んで戻って来た克哉と合流する。今から、俺と克哉で『事故発生時刻の現場』を無人にするために動く。

 本来事故に遭うはずだった美咲と早川を排除してしまったことで、他の誰かが被害者となる可能性を潰すためだ。
 蓮水という加害者を行動不能にしたとはいえ、安心は出来ない。なぜなら、部室棟での火事は起きてしまったのだから。

 神輿のボランティアでチョロまかしてきた、交通整理グッズを使って、事故現場になった新桜橋を通行止めにしてしまうつもりだ。メインストリートから外れた小さな橋なので、普段はそう人通りの多い場所ではない。

 けれど祭りから帰る人が人混みを嫌って、抜け道的に流れて来ることが予想出来る。美咲と早川もそのクチだった。

 再び祭りの執行部の法被はっぴを着て、キャップをかぶる。実はこの変装セット、もう一組用意してある。執行部の皆さんごめんなさい。のちほど必ず返却致します。

 克哉に変装セットと通行止めグッズを渡す。蛍光ペンで作った『通行止め』の貼り紙と迂回路の地図、三角コーン、交通規制用のロープだ。
 俺が祭りから帰る人の足を止める。克哉は反対車線と歩道を担当してもらう。そっちはほとんど人通りがないからな。

『すみません! この先は通行止めなんです。迂回して下さい』

 誘導灯を振って、時々やって来る人に頭を下げる。誘導灯はホームセンターで買って来た。

 時間がジリジリと過ぎてゆく。人を捌きながら橋の向こう側の克哉の様子をうかがうと、克哉も俺に気づいたらしく携帯電話が鳴った。

「イチさん、そっち、どう? 俺の方はあんまり人来ないよ」

「こっちはそれなりだな。時間前に事故現場からは離れろよ。危険があるかも知れないからな」


 時刻は22時を回った。そろそろ、事故発生時間だ。

 克哉を三角コーンの内側へと退避させて、俺も橋の反対側へと走る。通行止めロープを無視して立ち入って来る猛者がいないことを祈る。

 走り出してすぐに、耳障りなブレーキ音が聞こえた。


 ガッシャーン!


 続いて、何かが衝突した音。ヤバイ! 確実に何かが起きている!

「克哉!」

 急いで走り寄ると、克哉はその音のした方向を惚けた様子で見つめていた。良かった! 無事だ!

「なあ、イチさん……。あれで、あれで済んだのかなぁ?」

 克哉が指の先に視線をやると、そこにはママチャリで電柱へと突っ込んでうめき声を上げる……。


 わりと元気そうな蓮水達彦はすみたつひこの姿があった。



しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

愚者による愚行と愚策の結果……《完結》

アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。 それが転落の始まり……ではなかった。 本当の愚者は誰だったのか。 誰を相手にしていたのか。 後悔は……してもし足りない。 全13話 ‪☆他社でも公開します

僕と精霊〜The last magic〜

一般人
ファンタジー
 ジャン・バーン(17)と相棒の精霊カーバンクルのパンプ。2人の最後の戦いが今始まろうとしている。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

普通の女子高生だと思っていたら、魔王の孫娘でした

桜井吏南
ファンタジー
 え、冴えないお父さんが異世界の英雄だったの?  私、村瀬 星歌。娘思いで優しいお父さんと二人暮らし。 お父さんのことがが大好きだけどファザコンだと思われたくないから、ほどよい距離を保っている元気いっぱいのどこにでもいるごく普通の高校一年生。  仲良しの双子の幼馴染みに育ての親でもある担任教師。平凡でも楽しい毎日が当たり前のように続くとばかり思っていたのに、ある日蛙男に襲われてしまい危機一髪の所で頼りないお父さんに助けられる。  そして明かされたお父さんの秘密。  え、お父さんが異世界を救った英雄で、今は亡きお母さんが魔王の娘なの?  だから魔王の孫娘である私を魔王復活の器にするため、異世界から魔族が私の命を狙いにやって来た。    私のヒーローは傷だらけのお父さんともう一人の英雄でチートの担任。  心の支えになってくれたのは幼馴染みの双子だった。 そして私の秘められし力とは?    始まりの章は、現代ファンタジー  聖女となって冤罪をはらしますは、異世界ファンタジー  完結まで毎日更新中。  表紙はきりりん様にスキマで取引させてもらいました。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

処理中です...