九月のセミに感情移入してる場合じゃない

はなまる

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第十一話 真夏の張り込みは楽じゃない

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 蓮水の出身中学が分かれば、電話帳から住所を逆引き出来る。これで『名前』『住所』『電話番号』『顔写真(七年前)』が揃った。個人情報、地元なら楽勝だな。

 克哉と連れ立って、蓮水の自宅を探しに行く。ここからなら自転車で30分ほどの距離だ。けっこう遠い。

「イチさん、チャリ使う? 姉ちゃんの高校の時使ってたチャリならあるよ。姉ちゃん使わないし」

 ありがたい申し出なので甘えることにした。これでずいぶん行動範囲が広がる。

 克哉がついでに部活の汗を流したいと言うので、リビングでチャー介とたわむれながら待つ。高校二年の夏というと、汗がTシャツで結晶になるくらい走ってた頃だ。俺は中学も高校も陸上部で、ハードルという地味めの競技に夢中だった。

 炎天下の今日も、克哉はあの厄介な障害物を飽きもせずに飛び越えてきたのだろう。
 サッカー部の掛け声と、テニス部のボールを打つ音が響く校庭。集中すると、その全てが聞こえなくなったっけ。

 懐かしいな。真夏じゃなければ、ちょっと見学に行きたいくらいだ。

 そういえば……確か祭りの前に部室でボヤ騒ぎがあったな。ちょっと悪ぶっているサッカー部の連中が、部室でタバコを吸ったとかなんとか……。

 あれは、今日の夕方の出来事じゃなかったか?

 割と大騒ぎになってしまって、サッカー部の大会出場辞退、当事者は停学処分になった。

 あの事件は、この時間軸でも発生するのか? そして、俺が動いたとしたら、阻止出来る?

「やってみる価値はあるな……」

 俺の記憶の中の出来事と、この時間軸での出来事。どの程度リンクしているのか、確かめてみよう。上手くいけば歴史の強制力も確認出来るかも知れない。

 風呂場から出て来た克哉にその話を振ると、すぐに乗ってきた。

「あっ、でも六時に美咲を迎えに行く約束だ。連れて行く?」

「うーん、女の子向きの案件じゃないかな」

 それに、何時ごろ火が出たのか覚えていない。メールが回って来たのは夜だった。

「美咲、ふくれると思うよ。さっきも『バイト休んであたしもイチさんと遊びたい』とか言ってた。遊びじゃねーっつーの。俺の気持ちにもなって欲しいよ」

「未来人なんて、滅多に会えるもんじゃないからな」

 昨夜の美咲の楽しそうな様子を思い出して、口元が緩む。何しろ美咲と二人の時間は二十年ぶりだ。正直言って少しときめいた。これも『横恋慕』と呼ぶんだろうか。

「いっそ姉ちゃんに美咲任せちゃう?」

「ああ、それはいい考えだな。車で迎えに行ってもらえば一番安全だ」

 克哉が『メールしてみる』と言いながら、もうガラケーの操作をはじめている。あ、両手でピポピポやるの久しぶりに見た。手、速いな!

「蓮水の方はどうするんだ?」

「家の特定と……出来れば今日中に本人の顔くらい拝んでおきたいな」

「張り込みとか、尾行とかするのか?」

 克哉がソワソワと落ち着かない様子で言った。非日常へと足を踏み入れることに、期待と不安を隠せていない。

「そんな感じかな」

 つい苦笑が浮かぶ。俺だって平凡に生きてきた人間だ。刑事や探偵の真似事をしたことはない。

 克哉と二人、自転車に乗って蓮水の住所のあたりまで走る。容赦なく照りつける真夏の太陽の下、汗だくになりながら姉貴の薄汚れたママチャリで走る俺は、どう頑張っても探偵ドラマの主人公とはほど遠い。

 せっかくの機会チャンスなんだから、ミニクーパーかビートルにでも乗って、ニヒルに決めてみたかったな!


『蓮水』の表札のついた家は、すぐに見つかった。普通の二階建ての一軒家だ。表札には『達彦』の名前もある。この家で間違いない。

「イチさん! バイク、バイクあるよ!」

 庭の隅に屋根付き駐車スペースがあり、その端に400CCらしき中型のバイクが停められていた。俺はバイクには詳しくないが、おそらくあれが美咲を跳ね飛ばしたバイクだろう。

「バイクがあるってことは、出かけてないってことかな⁉︎」

 克哉の声が興奮で若干大きくなる。声を潜めるよう言い含めて、蓮水の自宅から距離を取る。家人の出入りだけでも確認したい。

 少し離れた場所にあるコンビニの前に自転車を停め、はす向かいの駐車場に身を潜める。ここからは長丁場だ。今日中に蓮水の顔を確認出来ればおんの字だろう。

「イチさん、どうやって酔っ払い運転、阻止するんだ? やっぱりバイク壊しちゃう?」

「うーん……」

 具体的に考えると難しい。俺が若い女性ならハニートラップでも仕掛けて、事故当日の夜に連れ回すことも可能だ。けれど、ひと回りも年上の初対面の男では、誘い出すことすら難しいだろう。

 いっそ拉致監禁の方が手っ取り早い気がして来たな……。

 どこかに閉じ込めてしまえば、酒を飲むこともないだろう。この時間軸の住人ではない俺なら、犯罪紛いのことをしても身元が割れる心配はない。現行犯だとヤバイけど。

 まぁ、克哉をそんな物騒な手段に巻き込む訳にはいかないので、本当に最後の手段だな。

「じゃあ、どうすんの?」

「とりあえず顔見てから考えよう」

 やべぇな。一番平和的な方法が『バイクを壊す』しか思いつかない。


 けっきょく四時間粘ったが、蓮水の自宅は人の出入りが一度もなかった。夕方の気配が満ちてくる午後五時半過ぎ。俺と克哉は仕方なくその場をあとにした。

 美咲のバイト先へは、姉貴が車で迎えに行ってくれることになったので、俺たちは直接学校へと向かうことにした。

 そろそろ練習試合から戻ったサッカー部の悪ガキたちが、部室にたむろしている時間だ。




 
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