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第十話 時空警察への通報手段は周知されていない
しおりを挟む「部活、終わったのか? 美咲は?」
「うん、バイト。ちゃんと送り届けた。六時に迎えに行く」
昼メシがまだだという克哉と、寂れた商店街を物色しながら歩く。『えー、俺、ラーメンか焼肉がいい』という空腹モンスターを説得して、うどん屋の暖簾をくぐった。朝抜きの昼メシで、克哉の好むような背脂ラーメンはキツイ。そろそろ胃腸に優しくしてあげたいお年頃なのだ。
「ちゃんと仲直りしたか?」
「うん。……だけど、俺が束縛してるみたいでヤダ。焼きもちとか格好悪いし」
なるほど……思春期は難しいな。なんつーか、もうほんと、照れ臭いほどにアオハルだ。
「格好悪いくらい好きなの、すげぇ格好いいと思うけどな」
「なんだソレ。全然意味わかんねぇって……」
『好きな方が負け』みたいな気持ち、俺にも覚えがある。いつ頃、気にならなくなったんだろう? 恋愛なんてどうやったって格好悪いもんだ。
「なぁ、姉ちゃんからアルバム受け取ったんだろう? 見せて。どんなヤツ?」
克哉が大盛りの蕎麦を、吸い込む合間に聞いてくる。自分とDNAが同じだと思うと、見てるだけで満腹中枢が刺激されるな。
「ちょっと保留な。俺だけで一回接触してみる。平和的に解決出来るかも知れないし」
「なんで? 俺だって当事者だろう?」
箸を止めて不服そうな視線を寄越す。
「前に克哉が言ってた、バイク壊しちゃおうかってーの。本当にそういうことになるかも知れないだろう? そしたら克哉は関わらない方がいい。俺なら、いないはずの人間だからさ」
「いないはずとか言うなよ。イチさんはここにいるよ」
まず、そこに反応するのか。そしてそれを素直に口にする。俺が言うのもなんだけど、いい子だなぁ。このまま育って欲しい。
嬉し恥ずかしの衝動から、ついまた頭をポンポンと撫でたら、心の底から嫌そうな顔で振り払われた。子供扱いされるのは我慢ならないらしい。
「それに、俺がやらなきゃダメだと思うんだ。この時間軸の『今の俺』が。イチさんに任せっぱなしになんて出来ないよ」
上手く説明出来ねぇやと、顔をしかめる。
歳の離れた双子の弟を見ているような気持ちになってくるな。自分だという意識がだんだん遠くなって、家族に対する愛着や親愛に近くなってきている。比護欲みたいなものすら湧いてきた。
「わかった。教えるけど、一人で接触するのはナシだぞ。姉貴にも美咲にも絶対に内緒だ。二人で、なるべく穏便に解決しよう」
「うん。その方がいい」
克哉の顔がようやく緩む。そして思い出したように、また蕎麦を吸い込みはじめた。
「良く噛んで食えよ。急がなくて大丈夫だ。まだあと今日と明日の二日ある」
けっきょく克哉は、大盛りで足りなくて追加で盛りそば二枚おかわりをした。育ち盛りの胃、半端ねぇのな。
* * * *
色々相談するために、場所を変える。連泊の手続きを済ませてはあるが、ホテルに戻る気にはならない。元々俺は少し閉所恐怖症の気があるのだ。狭い閉鎖空間は息が詰まる。
とはいえ、夏真っ盛りの正午過ぎに、好んで野外を歩くほど酔狂じゃない。克哉が『かき氷が食いたい』というので甘味屋へ入った。まだ食うのかよ……。
昔ながらの甘味屋は、平日なので人気がなく内緒の相談ごとには好都合だ。この甘味屋、子供の頃婆ちゃんとよく来たんだよな。気づいたら、いつの間にかなくなっていた。懐かしい。
「卒アル、見して」
席に座るとメニューを見るより先に、克哉が催促してくる。注文する間くらい『待て』して欲しい。
卒業アルバムを紙袋から取り出しながら、もう後悔が心に湧いてくる。例えば歴史の強制力みたいなものが働いて、けっきょくは美咲が死ぬ未来を変えられない可能性もあるのだ。その場合、克哉は俺より深い傷を負うだろう。
いや……。俺は美咲が死んだ先の未来から来たことを伝えてしまった。もうすでに、俺は克哉を巻き込んでしまったのだ。だったら出来るだけのことをした方がいい。
「ほら、三年二組。『蓮水達彦』だ」
テーブル越しにアルバムを渡すと、食い入るように見つめて『普通の中学生だな』と俺と同じ感想を口にした。
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「でも、酔っ払い運転だったんだろう? 悪いヤツだ!」
まあ、確かにそうなんだけど。
「何か、事情があったかも知れないだろ? それを今から調べに行こう」
俺の言葉を聞いた克哉は、大きく頷いてから、猛烈な勢いでかき氷を口に掻き込みはじめた。
そしてお約束のようにキーンと来たらしく、こめかみを押さえて苦しんでいる。全く以って面白い生き物だ。……俺だけど。
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