何度生まれ変わっても結ばれない二人

はなまる

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いわゆる来世を誓い合った恋人同士ってやつなんだけどさ

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 俺には前世の記憶がある。

 何度も死に、何度も生まれ変わっている。しかも全ての記憶を抱えたままだ。

 誰かに呪われているのかって?

 確かに! 俺は散々ひどい目に遭ってる。だが『誰に』と問われるならば『自分に』と答える。

 俺にはこんな因果に見舞われた理由に、この上ないほど心当たりがある。



 はるか昔、俺は激動の時代に生きていた。

 大きな権力を持つお屋敷で使い捨ての下人として生まれ、その命はいつか主人のために散らすことが決まっていた。
 俺の飼い主であり、持ち主でもあるお屋敷の一人娘のお嬢さま。今も俺の往生際を悪くしている存在……。それが『彼女』だ。

 あの頃の俺は彼女の盾となり傷を作ることが喜びで、彼女の代わりに死ぬことが望みだった。今考えるととんだ変態野郎だな。身分違いの恋というやつは、どうにもタチが悪い。

 ある晩、敵対勢力がお屋敷に火を放った。

 俺は侵入者を切り捨てながら、燃え盛る屋敷を走り回り、ようやく煙に巻かれてうずくまる彼女を見つけた。

 その瞬間、屋敷の天井が落ちた。

 焼けたはりを背に受け、熱風で潰れた喉で名を呼んだ。せめて近くで死にたいと、お互いに必死に手を伸ばした。

 だが、手は届かなかった。

 それがおそらく俺が転生する理由だ。

「あなたとなら、どこででも生きてゆける」

 そう言った彼女を、なぜさらって逃げることが出来なかったのか。飼い犬として生まれたのは誰のせいでもないが、負け犬のまま死んだのは自分のせいだ。

 届かなかった手を、今も伸ばしている。その先に彼女の手があると信じて。


 最初に転生した時。俺は桜の木で彼女はセミだった。根の先で彼女の存在を感じるだけの四年間。ようやく地表に出て来た彼女は、俺の幹で過ごした。
 煙るような土砂降りの朝も、隣の木が倒れるほどの強い風が吹いた夜も、太陽が真上から照りつけて大音量のセミの声が響く昼下がりも……。

 ただ黙って俺の幹に止まっていた。

 一週間後、他のセミと番うことなくポトリと落ちた彼女は、やがて俺の養分となった。
 泣き叫びたくても、涙の出る目も叫ぶ口もありゃしない。俺には、夏の終わりの風に枝を揺らすことしか出来なかった。

 三度目の転生で、ようやく二人とも人間に生まれた。ところが彼女は俺の双子の妹だった。誰よりも近くで心と身体を持て余して過ごし、けっきょくは生涯を離れて暮らすことを選んだ。あの時ほど人生の長さを呪ったことはない。

 なんとか血縁のない男女に生まれても、間に合わなかったこともある。彼女の誕生を感じた時、俺はすでに八十の坂を越えていた。
 やっと歩きはじめた彼女が会いに来てくれる頃には、もう口も聞けない有りさまで、病院のベッドで管に繋がれていた。

「おしょくなって、ごめんちゃい」

 彼女はベッドによじ登り、舌っ足らずの声で言った。親御さんの目を盗んで、その小さな唇を寄せてくれた時、俺の胸は高鳴り……そして止まった。

 文字通り、天にも昇る心地良さだった。

 笑えない話だって? ははっ、ほんとだな。

 そういえば、外国に生まれたこともあった。あれは確かアメリカ西部の開拓時代。彼女は賞金首のガンマン(男)で、俺は彼女の愛馬(オス)だった。
 彼女のガンアクションは惚れ惚れするほど格好良かったし、俺にまたがっての逃走劇には正直胸が踊った。

 えっ? けっこう楽しそう?

 ああ、彼女の相棒ポジで過ごした日々は、数ある生涯の中でも悪くなかった。互いに独身を貫ぬいて、そのあとまた輪廻の海を漂った。

 俺の転生先には必ず彼女が現れる。それは彼女もまだ、俺を望んでくれている証だと思っている。だからこそ、これまでやって来れた。


 そして今……。彼女は俺の膝の上にいる。

 しなやかで柔らかい身体、うっとりするほど甘い声。俺に身体を寄せて来るその少し照れ臭そうな仕草に、愛しさが爆発しそうになる。

 幸せって、きっとこんな感じのことを言うんだろうなぁ。もう、ニヤニヤが止まらない。

 細いうなじにから美しい曲線を描く背中を撫で、そのまま指を進めると、パシッと柔らかく手の甲を叩かれた。

「ごめんごめん。ここを触られるの、嫌いだったな。でもほら! あんまり可愛いからさ」

 彼女のふわふわの尻尾は、たまらないほど魅力的だ。

 そう、今生での彼女の姿はミルクティーのような優しい色合いのトラ猫(メス)だ。
 ふんっと拗ねたように鼻から息を吐き、改めて俺の腹に顔を埋めるように丸くなる。小さくコロコロと喉を鳴らして、スリスリと頭を寄せて来る。

 今生の彼女も、ため息が出るほど愛らしい。

 ああ……。いっそのこと俺も猫になりたい。ほんとマジで。

 それでも、今生の俺は割と本気で幸せだと思っている。だって猫と飼い主って、恋人同士とそう違わないと思わないか? 猫飼いの知り合いにこの質問をすると、たいてい肯定の答えが返って来る。

 俺の腕で抱きしめることが出来て、誰に遠慮することもなく気持ちを口にすることも出来る。意志の疎通だってそれなりには可能だ。身体で繋がることが出来なくても、そんなのは今までだって同じだった。

「もう、これで充分じゃないか?」

 そんな言葉が思わず口をつく。

 次の転生で、例えば鳥と虫といった捕食者と被捕食者に生まれ変わらないとも限らない。親子や兄妹だった場合の辛さも、もう二度と味わいたくはない。

 だったらここで満足して、この途方もない繰り返しを終わらせた方が良い。それは半ば俺の本心だった。
 たかが身分違いくらいで、ビビって何も出来なかった最初の俺を、ほんと殴り倒したいよ。

 ところが。

 彼女がアーモンド型の瞳をゆっくりと開き、フルフルと横に振る。自分だけ満足するなんて許さない。そう言っているようだ。

 ああ……そうだったな。弱音を吐いてすまん。いつかきっと望む姿を手に入れよう。ロマンチックに出会い、情熱的に結ばれて、大手を振って恋人同士として生きてゆこう。
 朝から晩まで干からびるほど貪り合って、記録に残るくらい子供を作り、地獄の底まで添い遂げよう。

 だから、今は少しだけ……。

「先っぽだけでもいいから、その可愛い尻尾を触らせてくれ!」


 尻尾をめぐる攻防はその晩、遅くまで続いた。


                 おしまい
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