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其ノ八 それからのわたし
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わたしはサエをおぶってお山を降りた。サエが背中から『ねぇね』と呼ぶ。
わたしが『なんじゃ?』と聞くと、また『ねぇね』と呼ぶ。
「ねぇね」
「なんじゃ?」
「ねぇね」
「なんじゃ?」
あんまりなんべんも繰り返すので、面白くなって笑ろうたら、サエも背中でキャッキャと笑うた。
「こらこら、暴れたらいかん!」
サエの重さが嬉しかった。夢じゃないんじゃと、ようやく思えた。
またじんわり出てきた涙と、タラリと垂れた鼻水を、体育着の袖で拭いた。
背中で、うとうとしだしたサエが、半分寝言のように呟く。
「ねぇね、だいしゅき」
わたしは涙も鼻水も、そのままだらだら流しながら、夜明けのもやに煙る山道を、黙ってテクテクと、歩いて帰ったんじゃ。
次の日の朝、お母ちゃんとお父ちゃんが、わたしの部屋で眠るサエを見つけて大騒ぎになった。
駐在さんや近所の人らも来て、もっと大騒ぎになった。
新聞の人やらが来て、たくさんの大人に色々聞かれたけれど、わたしは全部『わからん』で通した。
話したところで、どうせ誰も信じっこない。
そんな騒ぎが、ようやく収まって来たある日のこと。
天狗のおっちゃんから、請求書が届いた。手紙ではのうて、請求書じゃ!!
『ミサキ殿
妹預カリ料金の支払イヲ請求ス。
支払方法
狐火ノ市ニテ『玉屋』ノ店番ヲスル事デ支払イトスル
新月ノ晩、迎エ有。必ズ、妹ト共ニ待テ』
サエを預かっていた二ヶ月分の、預かり料を払え。玉屋の店番をして、働いて返せいう事じゃろう。
『必ずサエを連れて来い』。
わたしはそれを読んで、思わず吹き出してしもうた。
天狗のおっちゃんはきっと、サエと暮らすうちにすっかり情が移ってしもうたんじゃろう。
サエに会いたいのに、素直に言えんのか? 天狗にも、かわいいところがあるんじゃな!
そんでも、窓から落ちたサエを助けてくれたし、迎えに行ったわたしに、サエをちゃんと返してくれた。
天狗のおっちゃんにゃあ、感謝しかない。店番くらい、喜んでやったるわい。
新月の晩が、今から楽しみじゃ。宝物をたくさん持って行かにゃならんな! 欲しいもんが山ほどある。
ふふふ! 天狗のおっちゃんや、種屋の好みの品を……。
あれ? サエ……なんじゃ、その背中の白いのは……。
ちっこい翼が生えとる? ちょっとパタパタしてみい?
浮いた!?
天狗の翼じゃ! やってくれたわ! おっちゃんめぇ! サエを妖の仲間にしてしまうつもりじゃったんか?
こりゃあ文句のひとつも言ってやらにゃ、気が済まん!
それか……わたしにも付けてもらうのも、良いかも知れん。
どっちにしても、鼻が伸びるよりはええじゃろう!
それに、サエも楽しそうじゃ!
サエ、さーえ! お父ちゃんとお母ちゃんには、内緒にせないかんよ? 二人ともびっくりして、腰を抜かしてしまうけぇな!
▽△
うちの妹にゃあ、ちっこい天狗の翼が生えとる。
パタパタとわたしの周りを飛ぶ姿は、そりゃ可愛いもんじゃ!
わたしの妹は、世界一、可愛い可愛い妹じゃ。
―おしまい―
わたしが『なんじゃ?』と聞くと、また『ねぇね』と呼ぶ。
「ねぇね」
「なんじゃ?」
「ねぇね」
「なんじゃ?」
あんまりなんべんも繰り返すので、面白くなって笑ろうたら、サエも背中でキャッキャと笑うた。
「こらこら、暴れたらいかん!」
サエの重さが嬉しかった。夢じゃないんじゃと、ようやく思えた。
またじんわり出てきた涙と、タラリと垂れた鼻水を、体育着の袖で拭いた。
背中で、うとうとしだしたサエが、半分寝言のように呟く。
「ねぇね、だいしゅき」
わたしは涙も鼻水も、そのままだらだら流しながら、夜明けのもやに煙る山道を、黙ってテクテクと、歩いて帰ったんじゃ。
次の日の朝、お母ちゃんとお父ちゃんが、わたしの部屋で眠るサエを見つけて大騒ぎになった。
駐在さんや近所の人らも来て、もっと大騒ぎになった。
新聞の人やらが来て、たくさんの大人に色々聞かれたけれど、わたしは全部『わからん』で通した。
話したところで、どうせ誰も信じっこない。
そんな騒ぎが、ようやく収まって来たある日のこと。
天狗のおっちゃんから、請求書が届いた。手紙ではのうて、請求書じゃ!!
『ミサキ殿
妹預カリ料金の支払イヲ請求ス。
支払方法
狐火ノ市ニテ『玉屋』ノ店番ヲスル事デ支払イトスル
新月ノ晩、迎エ有。必ズ、妹ト共ニ待テ』
サエを預かっていた二ヶ月分の、預かり料を払え。玉屋の店番をして、働いて返せいう事じゃろう。
『必ずサエを連れて来い』。
わたしはそれを読んで、思わず吹き出してしもうた。
天狗のおっちゃんはきっと、サエと暮らすうちにすっかり情が移ってしもうたんじゃろう。
サエに会いたいのに、素直に言えんのか? 天狗にも、かわいいところがあるんじゃな!
そんでも、窓から落ちたサエを助けてくれたし、迎えに行ったわたしに、サエをちゃんと返してくれた。
天狗のおっちゃんにゃあ、感謝しかない。店番くらい、喜んでやったるわい。
新月の晩が、今から楽しみじゃ。宝物をたくさん持って行かにゃならんな! 欲しいもんが山ほどある。
ふふふ! 天狗のおっちゃんや、種屋の好みの品を……。
あれ? サエ……なんじゃ、その背中の白いのは……。
ちっこい翼が生えとる? ちょっとパタパタしてみい?
浮いた!?
天狗の翼じゃ! やってくれたわ! おっちゃんめぇ! サエを妖の仲間にしてしまうつもりじゃったんか?
こりゃあ文句のひとつも言ってやらにゃ、気が済まん!
それか……わたしにも付けてもらうのも、良いかも知れん。
どっちにしても、鼻が伸びるよりはええじゃろう!
それに、サエも楽しそうじゃ!
サエ、さーえ! お父ちゃんとお母ちゃんには、内緒にせないかんよ? 二人ともびっくりして、腰を抜かしてしまうけぇな!
▽△
うちの妹にゃあ、ちっこい天狗の翼が生えとる。
パタパタとわたしの周りを飛ぶ姿は、そりゃ可愛いもんじゃ!
わたしの妹は、世界一、可愛い可愛い妹じゃ。
―おしまい―
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