狐火の市 姉妹編

はなまる

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其ノ六 物見の玉屋

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 その店は、天狗の面をかぶった背の高いおっちゃんが、やる気なさそうに店番をしとった。
 時々面をズラしては、パカリパカリと煙管キセルをふかしとる。

 煙管は、死んだ爺ちゃんが吸うとるのを、見た事がある。口をすぼめて、小さな輪っかをポポポポンと作るのも、爺ちゃんと一緒じゃ。

『物見ノ玉屋』。

 その辺から拾って来たような、木の切れっぱしに、そう書いてある。カンバン……のつもりじゃろうか?

『玉屋』はわかる。天狗面のおっちゃんの前にゃあ、黒い布が敷いてあって、その上にガラス玉がえっと(たくさん)並んどったからの。

 だけんど『物見』って何じゃろうな?

 ガラス玉は、色も大きさもそれぞれで、そりゃあもう、きれいじゃった。

 真珠や玉虫みたいに、光の当たるところが虹色に見える玉。
 暗い夜空そのままの色に、チラチラと光るお星さまを閉じ込めたみたいな玉。
 コタツの中みたいに、あったかそうな橙色だいだいいろに、ぼんやり光っとる玉もある。

 わたしが「ふわぁー」っと見惚れてため息をつくと、おっちゃんが「しぃー」っと天狗面の下から覗いとる口に、人差し指を立てて言うた。

 危ない危ない。もうちょっとで作法を破ってしまうところじゃった。


 ガラス玉にはそれぞれ、但し書きの紙が付いとった。

『天気ノ玉』『隠シ事ノ玉』『去リシ日の玉』『先見ノ玉』『覗キ見ノ玉』『邪心ノ玉』『失セ物ノ玉』……。

 なんだか、ぶち(とても)むずかしい漢字が並んどる。それに、何でカタカナなんじゃ? 昔の人の言葉なんじゃろうか?

『隠しごと』は、内緒のことじゃろう。『去りし日』は分からんの。どうしても読めん漢字も多い。

『これは何をする道具ですか?』

 わたしはノートに大きな字で書いて、天狗面のおっちゃんに差し出した。

 おっちゃんはしばらくノートを眺めとった。ひっくり返したり、ペラペラめくったりしとる。

 たいして珍しいもんでもないじゃろうに、ジャポニカ学習帳の表紙のコアラを、楽しそうに見よる。

 えんぴつを渡すと、何やら書いてくれた。

『物見ノ玉、望ム物ヲ見通ス玉ナリ』

 だから、何でカタカナなんじゃい! 読みにくうて、かなわん。

 えーっと、のぞむものを、見とおす玉なり。

 見たいもんが見える玉じゃろうか? 明日の天気やら、誰かの秘密やらを、見ることが出来る玉?

 びっくりじゃ! きれいなだけじゃのうて、そがいなすごい道具なんかいな!

 これなら、サエが居るところが見える玉があるかも知れん。

『いなくなった妹を、さがす玉はありますか?』

 わたしは逸る気ぃを抑えて、なるたけ丁寧に字を書いた。ドキドキしながら天狗面のおっちゃんに渡す。

 うんうんと、うなずきながらノートを読んだおっちゃんが、売りもんの玉の中から、二つの玉を取り出した。

 そうしてそれを、わたしの目の前に、コトリ、コトリと置く。

 ひとつは『失セ物ノ玉』、もうひとつは『尋人ノ玉』。

 これ、どっちも欲しい!

『失セ物』は失くしたもんが見つかる玉じゃろ!?

 わたしもお母ちゃんも忘れんぼうで、しょっちゅう探しものをしとる。なんちゅう便利な道具じゃろう!

 サエを探すなら、もうひとつの玉じゃ。最初の漢字は難しゅうて読めんけれど、たぶん人を探す玉じゃ。

『人をさがす玉がほしいです。なんぼですか?』

 わたしは狐火の市では、お金が使えんことをすっかり忘れとった。ノートを見たおっちゃんが、頭を横に振った。

 そうじゃった。宝物と取り替えっこするんじゃった。
 わたしはリュックサックから、持って来た宝物を出して、箱の上に並べた。

 天狗面のおっちゃんが、品定めするように、顎に手を当ててわたしの宝物を見る。

 こんなガラクタじゃあ、玉はあげられん言われるじゃろか? お母ちゃんの指輪と、お父ちゃんの万年筆も、出した方がええんじゃろか?

 緊張して、おっちゃんの返事を待つ。

 天狗面のおっちゃんが、赤いハート形の石を手に取った。でっかい虫眼鏡でジロジロ眺めて、ノートに何やら書き込んだ。

『良品』

 玉との替えっこに応じてくれるいう意味じゃろうか? ハートの石ころは、わたしの一番の宝物じゃ。

 次に、親戚の姉ちゃんにもろた、外国の香水の小さな瓶。

『良品』

 これもわたしのお気に入りじゃ。太陽の光にかざすと、小さな虹が出来る。
 わたしがノートに書いてその事を教えちゃると、おっちゃんは『良品』の文字にバッテンをつけて『優良品』と書きかえた。

 おっちゃん! わかってくれるんか!!

 お花の匂いのシールや、お菓子の缶を指差してみる。わたしは自分の宝物に、価値をつけてもろうたのが嬉しゅうて、すっかり緊張しとった事を忘れた。

 シールと缶は、首を横に振られた。でも、おっちゃんが種屋の方を指さしたけぇ、鳥面の女の人なら気に入るっちゅう意味かも知れん。

 天狗面のおっちゃんが一番気に入ってくれたのは、意外な事にバナナのシールを貼ったノートじゃった。

 評価は何と『最良品』じゃ!

 わたしはバナナもシールも好きじゃけぇ、色々な国や種類の違うシールを眺めるのが趣味じゃったけれど、まさかわかってくれる人がおるとは思わんかった。

 ……人じゃないかも知れんけどな!

 わたしの宝物は、ゴッソリ持っていかれてしもうた。だけんど、惜しゅうはない。これでやっと、サエを探しに行ける。

 おっちゃんは『尋人ノ玉』を、自分の着物の袖でキュッキュッっとこすってから、わたしの掌に乗せてくれた。

 その玉はヒヤリと冷とうて、覗き込むと小さなつむじ風が入っとった。耳を付けると、ヒューヒューという風の音が聞こえる。

 その音を、聞いた途端に……。


 わたしの目の前は真っ白になった。
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