カガスタ!~元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト~

中務善菜

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第二章:図らずも始動

夜風と怒号

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 夜も更けた頃、ケネット家の客間で1人考える。
 アレンくんに感じる陰、人間関係という意味深な言葉、アリスのエメラトピア進出。
 いろんなものが悪い方向に噛み合ったと考えるのが妥当だろう。何者かの陰謀、というわけではないと思いたい。彼らに嫉妬する者が仲を引き裂くため……あるいはどちらかを手中に収めるために?

 両者の才能は目を見張るものがある。強い光を手にしたいと思う気持ちもわかる。自我の芽生えかけた子供相手なら上手く言いくるめることも可能だろう。

「……そうは思いたくないけどなぁ」
「アレン様とアリス様についてですか?」

 起きていたのか、ミチクサさんが問いかけてくる。ちなみに彼は私の枕元で座って眠っていた。テディベアみたいで可愛いね。

「はい。二人とも子供の頃は上手くいってたのに、どうしてって思います。一緒に歌っていてほしかったです」
「人と人ですからね。奥様の言っていたように、すれ違いから疎遠になってしまうこともあるかと思います」

 外部からの悪意によって引き裂かれたなら修復はしてあげたい。とはいえ、アレンくんにはアレンくんの、アリスにはアリスの言い分があるだろう。両者の意志の擦り合わせは時間がかかるだろうし、物理的に距離がある以上容易なことではない。

 ――歌っていれば、いつか巡り合う日も来るんじゃないか。

 そう思うのは私のエゴだろう。アレンくんもアリスも、もう顔も見たくないと思っている可能性だってある。憶測で動いてミスするのは新人時代に散々やらかしてきたのだ、同じミスを二度犯さないのができる社会人である。
 もやもやはすれど、私の知らないところで起きた諍いなのだ、下手に首を突っ込む必要もない。

「して、明日にはエメラトピアに発つんですよね」
「はい。そのつもり……だったんですけど、もう少し滞在しようかなって思います。アレンくんのことも気になりますし」
「お言葉ですが、あまり干渉するのもよろしくないかと……年頃の男の子は気難しいので」
「あれこれ口煩く言うつもりはないですよ。気晴らしになれば、ってくらいです」

 アレンくんには笑顔でいてほしい。ただそれだけ。私でよければできることはなんだってしてあげたい。

 歌を聞いてほしいなら聞く。遊びたいなら遊ぶ。それだけでも胸のもやもやは晴れていくものだ。溜まったガスは抜かなければ毒にもなる。それは理央わたしがよく知っている。
 おばさんのお節介だけど、若者に笑顔に陰が差すのは見たくない。かっこつけたっていいじゃない、三十代だもの。

 なんとなく窓を開ける。海風は落ち着いており、このまま浴びていたさはある。あまり長く当たっていては風邪でも弾きそうだが……。

「うん? なんだろう」
「如何致しましたか? ……ん?」

 窓に身を乗り出すミチクサさん。私と同じものを感じているのだろう、耳を澄ませる。

「……歌みたい」

 ゆったりとしていて深く、柔らかさと力強さが共存する歌声。バラードだろうか? 歌詞までは聞き取れないが、心が惹かれる。惹かれる、なんてマイルドな言葉では足りないくらいだ。
 心臓を直接鷲掴みにされるような衝撃、圧倒的な歌唱力。こんな歌声、出せるのは一人しかいない。

「アレンくん?」
「あ、牧野様!?」

 ミチクサさんの制止を振り切り、階段を駆け下りる。売り場に直接降りるわけだが、一つ。問題に気が付いた。

「勝手に開けられない……!」

 これで泥棒にでも入られてみろ、私の勝手な行動で店が大きな損失を被る可能性がある。
 ただ、アレンくんが歌っているなら聴きたい。すぐそばで、あの日のように。彼なら歌ってくれる、また聴かせてくれる。そう信じたい気持ちが先走っている。
 背後からぱたぱたと耳をはためかせて姿を見せるミチクサさん。ひいひいと息を荒らげている。

「ここからでは出られませんよ」
「わかってます……はあ、諦めた方がいいですね」
「リオちゃん?」

 びくりと肩が跳ねた。穏やかな男性の声。振り返ると、細身の男性――赤茶の髪に眼鏡をかけた、アレンくんのお父さんが立っていた。

「旦那様? すみません、起こしてしまいましたか?」
「いいや? 部屋で商品の発注をしていたらこんな時間になっていたんだ。それより、聴いた・・・のかい?」

 その問いかけにはなんて答えるのが正解なのだろう。聴かなかったことにすればいいのか?
 いいや違う。なんて答えればいいのか、簡単な話。嘘を吐いて拗れるくらいなら正直に話してしまった方がいい。社会人経験が嘘という選択肢を握り潰した。私は頷く。

「アレンくん……ですよね?」
「うん。あの子、ああやって毎晩歌いに行くんだ。アリスちゃんと歌っていた港にね」
「歌が嫌いになったわけじゃないんですよね?」
「勿論。いまも歌っていたいと思っているはずだよ」
「ではどうしてこんな時間に、人目を避けて?」
「なにか後ろめたく思うことがあるんだろうね。僕たちにもわからないんだ、話してくれないから」

 両親にも話していない? 頼れない親とは思えないし、一般的な家庭の愛情も確かにある。甘えられない親には見えないが、どうしてアレンくんは1人で抱えてしまっているのだろう。
 アリスとの確執としか思えないが……これはアレンくんに訊くのも酷な話なのだと思う。

「リオちゃん、あの子を迎えに行ってあげてくれるかい?」
「え……私でいいんですか?」
「家族が行くより、きみが行ってあげた方が気が楽だろうから。こんな夜更けに女の子を1人で歩かせるのはよくないとは思うけれど」
「あ、その点についてはご心配なく。毎日日付を跨いでから家に帰っていたので。チグサもいますし」
「ふふ、意外と悪い子なのかな? じゃあお願いするね、鍵はこれ」

 違うんです、社畜で帰りが遅かっただけなんです。か弱い生き物に見えるでしょう? 社会を戦い抜いた戦士なんです。
 などと言えるはずもなく、旦那様から鍵を預かる。これもう実質家族では?
 馬鹿なことを考えている場合ではない。ひとまずアレンくんのところに向かおう。

「じゃあ行ってきます」
「うん、気を付けてね」

 旦那様に見送られ、夜のミカエリアへ繰り出す。街中ではないし、怪しい人に声をかけられたり襲われたりすることもないだろう。いざとなれば私の用心棒がなんとかしてくれる。
 港への道を急ぐ。歌声は次第に鮮明になり、歌詞も聴こえてきた。

「……“一番星になれたなら”だ」

 エメラトピア皇国を代表する男性アーティスト、マティウス・レアード一番のヒット曲。夢追って、破れ、立ち上がれなくなった方々へ向けたというメッセージ曲。
 この曲を選ぶのはなにか理由があるだろう。歌に込められたメッセージを確かなものに、輪郭を鮮明にするために歌っているように思える。

 自然と速足になる。歌声にも力が入っていることがわかる。早く、早く会いにいかなければ。

 そう思ったと同時。歌声が急に止まる。音声ファイルを途中で停止したような、あまりにも不自然な止まり方。
 なにかあったのでは? 全速力で駆け出し、あの日のステージへと急ぐ。建ち並ぶ倉庫を走り抜け、コンテナがあった場所。角を曲がれば――

「アレンく」
「いまさら……! なにしに来たっ!」

 震え、微かに湿度を含んだ怒声が沈黙を切り裂いた。
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