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第二章:図らずも始動

リスタート

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「本当に一人で大丈夫かい? パパとママがいなくても? たった一人で? パパ、心配だよ」
「もう、十年前からずっと同じこと言ってる。私ももう十五歳なんだから大丈夫だってば」
「チグサも一緒にいるんだから大丈夫よ。ね、チグサ?」
「ハイ! リオのことはマカセテ!」

 身の丈に合わない大きなリュック。そこにすっぽりと収まるチグサが揚々と耳をはためかせる。

 レッドフォード帝国、その首都ミカエリア。叡煙機関という独自の文明を築き、発展していった巨大な国。
 顔を上げれば、十年前と変わらない暗い蓋のかかった空。不安そうな面持ちのパパを安心させるためにもう何本の列車を見送っただろうか。
 子離れできない親というのも考え物。ただ、確かな愛情を注いで育ててくれたことにはきちんと感謝を述べるべきか。

「旅人だったパパとママのおかげで私は逞しく育ったよ。だから大丈夫、自分の子育てに自信を持って。ね?」
「そうは言うけど……」
「パパ? その辺りにしないとリオもうんざりしちゃうわ。やりたいことがあるって言ってくれたんだもの、応援するのが親じゃないかしら」

 ママ、ナイスアシスト。これには流石のパパも言葉を失っているようだった。
 ママが私の手を握る。十年間でこの人を母親だと認識できるところまで来た。なんだか感慨深いし、うっかり泣きそうになってしまう。

「応援はするけど、なにかあったらすぐに連絡するのよ。いつまでだって頼ってくれていいんだから」
「ありがとう、ママ。立派な娘になりました、って報告できるように頑張るよ」
「ふふ、やっぱりパパの子ね。楽しみにしているわ」

 アクティブさはパパ譲りのようだ。ママもそういうところに惹かれたのだろうか? ぐいぐいと、ときに無計画に走って行く姿は勇敢でもあり危なっかしくもある。
 女性として後ろをついていきたかったのか、あるいは守ってあげなきゃと母性を駆り立てられたのか。なんにせよ、二人の子に転生できてよかったと思う。

「パパ、ママ、元気でね」
「体には気を付けるのよ」

 初めて見たときから変わらない柔らかな微笑みを向けるママ。やりたいことを告げたとき、否定せずに応援してくれたことが嬉しかった。

「たまには連絡するんだぞ、いつでも待ってるからな」

 小型犬のような顔をして声を震わせるパパ。昔は厳つくてあまり好きになれなかったけど、宝物のように大切に扱ってくれたことが嬉しかった。

「それじゃあ――行ってきます!」

 満点の笑顔を見せて、二人に背を向ける。改札を抜けると、後ろからパパの嗚咽と泣き声が聴こえてくる。
 でも振り返らない。恥ずかしいからではなく、両親に対してのメッセージでもあった。ここまで育ててくれてありがとう、これからは自分の力で歩いていきます。

 立派なプロデューサーになって、自慢のアイドルと共に会いに行くよ、と。覚悟の証を背中で伝える。

「ようやくスタート、って感じがします」
「ええ、今後も末永くお供いたします」

 この十年でチグサ……ミチクサさんとは綿密に計画を立ててきた。その上で必要なものも受け取った・・・・・
 こめかみに人差し指を押し当て、小さく呟く。

「“スタートアップ”」

 その言葉を引き金に、私の視界に半透明の検索バーが現れる。他人には視認も利用もできない、私だけの検索ツール。これが二度目の人生応援キャンペーンで得た特殊能力――“データベース”だ。

「“ケネット商店 マップ”」

 私の声に呼応して検索バーに文字が入力される。光が円を描き、数周。視界の左端に円形の地図が現れた。
 私を中心に半径一キロ程度を認識できるようになり、そこから外れるところに目的地点がある場合も大まかな方向にマーカーが表示される。

 この世界に記録されている情報を瞬時に引き出し、視界に表示する。ウェブブラウザを内蔵しているようなもので、私の視界がディスプレイになっているような状態だ。

 幸いなことに、この世界にはモンスターと呼ばれるような害獣は存在していないらしい。ファンタジー世界には付き物だと思っていたため意外だった。そうなれば戦闘向けの能力は持て余す。
 そしてアイドルをプロデュースする以上、必要になるのは知識やコネクション。繋がりはともかく、知識はあって困るものでもない。なにより優秀な人材をトレーナーとして雇う際にも重宝するだろう。そう思ってのチョイスだった。

「データベースの使い勝手は如何でしょうか?」
「ばっちり。便利な体になったものです」

 ミチクサさんはこれを渡すことをかなり渋っていたため、私の言葉に胸を撫で下ろしていた。
 というのも、これまで担当してきた転生者は戦いや出自でアドバンテージを取れる能力を優先的に選んでいたようで、データベースのようにわかりやすい優位性を持たない能力に疑問を抱いていらしい。
 現に不自由していないので、胸を張っていい能力だと言える。

「それにしても、何故ミカエリアに? 当初の計画ではエメラトピア皇国でアイドル事業を興す予定でしたよね」
「そこは揺るがないんですけど、アリスとアレンくんがどうなったのかを知りたくてですね。ケネットさんのお宅に挨拶しようと思ったんです。パパとママも一緒に来ればよかったのに」
「左様でござ……うん? アリス様?」
「どうしました? 忘れたわけじゃないですよね」
「いえ、私の思い違いかと……」

 意味深な言葉だ。アリスになにかあったのか? なにか代わりがあればパパやママにも連絡が行くだろうし、私が知らないはずはないと思うが。

 なんにせよ、まずはケネット商店だ。マップを頼りに歩みを進める。懐かしさは感じなかった。十年前以降、ミカエリアを訪れることはなかったから。

 ……よく考えたら、アリスに会いに行くのも十年振り? 十年間も顔を見せなかったの?

 思わず身震いしてしまう。以前会ったときは四年振りで、私とは四歳差だった。いま私は十五歳、そうなるとアリスは十九歳? もう立派なレディではないか。
 どうしよう、ぐれていたら。親の愛情を知らずに育って、家出とかしていないかな。いや、ケネットさんは世話焼きなところがあった。アリスのことも我が子のように可愛がってくれていたはずだ。その心配はないと思いたい。

 ――今回も、しこたま可愛がられるのかな……。

 四年振りの再会であの様子だ。十年振りとなったいま、燻っていた家族愛が爆発してしまうかもしれない。覚悟は決めておいた方がいいだろう。
 微かな不安を飲み下し、ケネット商店へと向かって行った。



 * * *



 潮風が気持ちいい。街中よりも時間の流れが緩やかに思える。
 中心街を抜け、港への道をのんびりと行く。安価で建てられたような集合住宅の群れも変わらない。

 ケネット商店ももうすぐ見えてくる頃だ。流石に潰れていることはないだろう。地域に根付いた個人商店だ、経営を続けていけるだけの稼ぎを見込んで始めたはず。

「ミチクサさん、もうすぐ着きますよ」
「ふがっ、左様でございますか」
「さては寝てました? いいご身分ですね」
「そそそそのようなことは……」
「冗談です、退屈ですよね。あ、ほら。ありました」

 記憶にあるままの装い。とりあえず経営を続けられているようで安心した。アレンくんも私より年上だったはずだから、もう十七、十八くらいか? あの日の目映い少年はどんな好青年に成長しただろう。会うのが楽しみである。
 店の窓から中を覗くと、客の姿はない。いまはお休みしているのか? まだ午前中だが。

「なにしてるの?」
「わっ、ごめんなさ……ん?」

 背後から声をかけられる。驚いて振り向き、声を失った。
 快活さを抱かせる跳ねた赤毛、ぱっちりとした大きな眼の中には同色の宝石が埋まっている。身長は特別大きくなく、小さくもない。ザ・標準体型の男の子。華やかな印象はないものの、日溜まりのような身近な明るさを感じさせる。
 見紛うはずもない。大きくなってもだ。

「アレンくん、だよね」
「え? どうしてオレの名前……」
「久し振り! 私だよ、リオ! リオ・ターナー!」
「……え、え? リオ!? わあ、久し振り!」

 名乗った矢先、彼の表情が瞬く間に晴れる。どうやら覚えてくれていたようだ。私の手を取ってご機嫌に振っている。
 これこれ、この顔ですよ。この子は太陽みたいな笑顔が一番似合う、それでいて犬っぽい。可愛いね。

「会えて嬉しいよ! でもどうしてミカエリアに? 最後に会ったのも十年前くらいだよね?」
「うん、十年前だった! アレンくんとアリスの顔を見に来たの、アリスはいまなにしてる?」

 その名前を出したと同時、アレンくんの顔に雲がかかる。なにかまずいことを言っただろうか? 喧嘩でもした?
 アレンくんは俯き、短いため息。顔を上げた彼は神妙な面持ちで告げた。

「ここにアリスはいないよ。三年前かな、エメラトピア皇国に一人で渡って、歌を歌ってると思う」
「……えええええっ!?」

 先を越された。
 じゃなくて。アリスはいない? 一人でエメラトピアに? 歌ってる!? アレンくんと一緒じゃないの!?

 言葉が出てこない。いったいどうして? 呆然と立ち尽くす私をアレンくんが店に招いた。大なり小なり上手くいかないことはあるものだ、それが人生だもの。
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