《完結》狼の最愛の番だった過去

丸田ザール

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【サランルート完結】

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ジハを洗ってエレティアもお風呂に入れ、一息ついていた時外から雨の音が聞こえ始めた
「えっうそ!」洗濯物を干したままだ
ジハにエレティアを見るように頼み、ソイはバタバタと外に出た。
「わー!今日は天気良かったのにー!」通り雨によくある、大粒の雨だ。
次々と洗濯をカゴに入れ、玄関の屋根がある所に避難させた。
「ふう……ん…?」
ドアの隣に、木の枝が置かれていた。
ジハが持ってきたのだろうと手を伸ばしたその時、葉についているものに目を開く
「ひっつき虫…」

まさか、そんなはずはない。
と自嘲するも目は周囲を見回してしまう
いつまで引きずるつもりだと両頬をペチンと叩く。
ジハがひっつき虫だらけで帰ってきたのだ。
ジハ以外ありえない。「まったく、取るの大変なんだぞ」微笑ましさと、苦い思いが同時に上がってくる。
「おーい」
「!」
突然背後から声をかけられ、振り返ると
若者が雨に濡れて立っていた
「えっ、えっ!びしょ濡、ちょ早くこっちに!」
「慌てすぎだろ、こんくらい」
笑ってこんくらいと言えるレベルの雨ではない気がする。「夜中風が出るみてぇだから雨戸付けてやろうと思ってよ」
「助かります…ありがとう」
ソイがひ弱で雨戸を持ち上げられないのではなく、その間エレティアから目を離すことになるので1人ではどうもタイミングが難しいのだ

若者は相も変わらずソイを気にかけてくれる。ずっと前に地下の入口で若者の想いを知ったソイだったが、それに触れず今日まで来た。
若者も、何も言わない
きっとソイがパンクしないように気遣ってくれているのだ。ソイはそんな自分が狡く、不誠実に感じる
だが長い時間が経ちもうソイの事を思ってもいないかもしれない。わざわざ掘り返す事も怖くて出来なかった

「何で枝なんか持ってるんだ?」

「あ、あぁジハがひっつき虫を、」
何処か気まずい気持ちが湧いてきて、振られた話に慌てて笑うと、ソイの時が止まった。
手元に視線を落としたとき、殆ど土に埋もれてしまい僅かに除く石畳が目に入る
屋根で守られ雨が直撃しておらず乾いているが、飛び散る飛沫でジワジワと濡れていく 
そこに、あったのは

大きな大きな、狼の足跡だったのだ

「……ソイ?」
はくり、と口が動く。
行くべきでは無い
もう十分思い続けたじゃないか
今ソイには命より大事なものがある
心を満たす幸せがある。愛がある



でも、  サランは?

狼は家族がいないと、生きていけない


「……最後…これで最後……駄目な親はこれで最後にするから……」
呆然と話し始めるソイを、若者は怪訝に思った。だが、濡れた瞳で見上げられた時、無意識に拳を握り締める
自分と同じだ、自分がソイに焦がれるように、ソイも誰かに焦がれている。
それがあの狼か、あの男か
分からないが  少なくとも自分では無かった
「ソイ、」
「すぐに戻ります…ジハと、エレティアをお願いします」
深く、深く頭を下げたソイが隣を横切るのを若者は止めることが出来なかった。


親として、人として今すぐ引き返すべきだ
だがソイは己の最低さを自覚しながらも我儘を通した。

















森の中をがむしゃらに走る
雨で濡れた枝や草が頬を濡らし傷付けようとも、視界が涙で曇り続けようとも
ただ姿を見せて欲しい
生きているという証が欲しい
「サラン!!サラン…!!」
雨でぬかるんだ地面のせいで、いつの間にか靴が両足とも脱げていた
濡れて鋭さを増した石で切ってしまい、流石に痛みに呻く。
血が滲みだし、慌てて抑える。
獣が寄ってくるかもしれない。湿度の高い森の中は例え雨であろうと、匂いを更に強くするのだ

ソイは服をちぎって足裏に巻き付ける。普段なら匂いのする葉を擦り込んで匂いをごまかすが今はその時間も惜しい。立ち上がり、足を踏み出した時
ガサリと水滴が落ちる音を伴って茂みが揺れた。
直感で、サランでは無いと分かる
いくら嗅覚優れた獣といえど、途端に嗅ぎつけられるのは難しい
「……っ」
きっと初めから着けられていたのだ
ソイは刺激せぬようゆっくりと後退するが、不気味なほどゆるりと現れたのは大型のネコ科動物だった
急に飛びかかってこないということは、ソイを簡単な獲物だと判断したのだろう

逃げても、隠れても、無駄だ
ソイには今、ずっと手に握りしめているひっつき虫の枝しかない。
またしても、自分の愚かな選択で子が不幸になるかもしれないと、ソイは悔いた。
親がいない苦しみを、我が子には味あわせたくない。
例え飛びかかられ腹を抉られようとも、出来ることが1つある。ソイは枝を斜めにちぎるように割ると、尖らせた方を肉食獣に向けた。目玉を一突き ソイにできる精一杯の抵抗。

だが、飛びかからんと走ってきた筋肉を纏ったしなやかな身体を見て、本能が絶望した。

「……サラン…助けて」
願い続けたそれが、初めて叶った時だった



ソイの目の前を白銀の巨体が横切り、次の瞬間には肉食獣は大きく絶叫していた。
激しく抵抗するが、大きさが倍ほども違う。
あっという間に背中を向け、ソイが目で追えたのは茂みに消えるしましまのしっぽだけだった。



強く強く降る雨が周りの音を消し去る。
ソイは自身の荒い呼吸に気付かないまま、目線だけを縫いつけた
「…サラン」
濡れた毛並みが、サランが振り向くのと同時に輝いた。
「…ソイ」
生きていた。サランは生きていたのだ

ソイは感極まり足を一方踏み出した。
だが、それに合わせるようにサランは下がる
サランはずっと今も、本能に呑まれた己を悔いている。
「サラン、もう……もういいから……」
「何がいいと言うんだ…!!」

サランはソイのまるで許すと言うような言葉に心が溢れた。
蘇るのは、血に濡れながら代わる代わる噛み付かれ、犯されるソイの姿。必死にサランを呼んでいる、手を伸ばしている
その瞳にゆっくりと光が消えていく様を、
本能の奥底でサランは見ていた
見ていただけだった
「…サラン、俺はもう…過ぎた事に目を向ける暇がないくらい、幸せだよ。」
「それで、俺の罪は消えない…兄弟への憎しみは消えない…お前の傷は消えない…!!」
「サラン!!」
「お前は俺を許すべきじゃない!!たかが本能に飲まれて番を殺そうとした俺は…!狼でも獣人でも、お前の番でもない!!ただの化け物だ!!」


ぱしり、


白銀の毛から、水滴が散った。
雨足が緩やかになり、やけに2人の呼吸が鮮明に聞こえる
サランは、驚いて開いた目の端に葉を見た。
見覚えのある、懐かしい葉
サランが最後にと、愚かにも別れの変わりに置いた葉

「……ふは、ひっつき虫って濡れてても引っ付くんだ」

獣は涙を流さないと言ったのは誰だろうか。それとも、雨が変わりに流しているのだろうか
「…俺が愛したのは、サランだから、サランが自分を狼と言おうが、獣人と言おうが、化け物と言おうが、ふふ、ひっつき虫でもサランなら俺は好き。
……サランがどうしても自分を許せないと言うのなら、償ってよ。苦しんで、後悔して、消えない罪の意識に呪われて。

でもその全部、俺たちの傍でして。」

そうすればきっともっと辛い償いになるよ
と、額を寄せてきて泣き笑うソイに 

サランは   あぁ、確かに



「…それは…とても辛いな……」
と目を閉じた






















































「ジハー!早く帰っておいでー!」
ソイは森の中の山小屋でエレティアを抱きながら声を出す。
随分重たくなったが、好奇心旺盛のエレティアは何でもかんでも口に入れようとするのだ。秋は実りの季節。地面には様々なものが落ちているため迂闊に下ろせない
「ジハー!」
問題児がもう1匹。
森が楽しくて仕方がないのは結構だが、最近言う事を効かなくなってきたジハ
身体も大きくなったが、まだまだ中身は子供だ。「ジーハー!」
そろそろお怒りモードに突入するぞと声音に乗せるが走ってくる気配が無い
こうなったら裏の手だ

「あーあ!!父さんにいいつけよーっと!!」

ドドドド
っと遠くから音が聞こえてため息をつく
全く、昔はソイの後を鼻を鳴らしながら着いてきていたというのに、今では父親
サランにベッタリなのだ。


あの雨の日以前、どうやらサランとジハは既に何度も会っていたらしく 
サランはジハに森の生き方を教えていたようなのだ。ソイは怒るべきか喜ぶべきか変な顔になったのを覚えている。少なくともジハはサランが父だと言うととても喜んでいた。
サランの周りを走り回り腹をみせグネグネするくらいには




実際の所、ジハはサランの子じゃないかもしれない。顔つきが似ているのは、ソイを犯した狼たちがサランの兄弟だった事もあるし
サランの大きさも受け継いでいない。
そして何より、ジハは一向に言葉を話さなかった。

全ての獣が人の言葉を操れる訳でも、獣人になれる訳でも無い
その枝分かれは遺伝が全てだった

だがやはり、そんな事はどうでもよかったのだ。ソイにとってジハが息子で、エレティアが娘で、ジハにとってソイが母親、サランが父親、エレティアが妹
サランにとって、ソイとジハ、そしてエレティアが家族なのだ

「じはったら!めっよ!」
「そうだそうだ、エレティアもっと叱っちゃえ」
気まずそうに目を逸らすジハに、娘と2人でぶーぶーと文句を言っていると 背後から大きな狼が現れる。
途端に尻尾を振りながらびしりとしたジハにソイはデコピンをした
「ジハ、母さんの言う事を聞け」
父親の言葉というのは絶大だ。
耳を垂らしてしょんぼりするジハが今度は可哀想になって撫でそうになるが、サランに止められる。
もう甘やかす歳ではないと言うのだ
「……森で2人で出かける時はちみつ食べさせてるの知ってるんですからね」
ジトリと見ると、サランの耳がピクリと動いた。蜂蜜はジハの大好物だ。栄養価は高いが、狼には甘過ぎるし、熊の母と会う度に食べさせられるので普段は控えさせているのだが、サランもサランで十分に親バカをやっている

因みに、熊の母にサランの事を報告した時
「…そう。でも私の前に現れたら八つ裂きにしない保証は無いよ」
と言ってソイを青ざめさせたので、サランがなんと言おうと会わせないと決めている
「今日の夕食は村でとるね。夜また会お」
「分かった、川まで送ろう」

エレティアがまだ小さい為、村を離れる訳には行かない。今はこうやって村と森を行き来して暮らしている。

「パーパ、」
「いい子でな」
サランの大きな顔に全身でしがみつくようにしてエレティアが抱きつく。
エレティアは初めこそサランを怖がっていたが、今では大好きだ
「あ」
「……エレティア…」
サランが叱るような声音を出す
エレティアの最近のブームはひっつき虫だ。
服の小さなポケットに沢山忍ばせており、可愛がってくれる村人や、こうしてサランに付けるのにハマっている。
「ぷく、ふふ…可愛い所に付けてもらったね…」
「ソイ…」
サランはひっつき虫が好きでは無い。
ジト目でこちらを見てくるのが面白くて笑っていると、今度はソイが叱る番になった
「わーっ!もうジハー!」
わふんっ!
尻尾をぶんぶん振りながら茂みから現れたジハの体が、ひっつき虫だらけなのだ
「もう勘弁してー!」
取らなければならない面積がまるで違う。
頭を抱えたソイに、サランは器用に口の端を上げた。
「嫌だろう?」
「嫌だよ!もう!」

楽しい、楽しくて堪らない
サランと子供達と笑っている


これからこんな日が一生続くのか




幸せだな、世界で1番、ソイが幸せ





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