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しおりを挟む目が覚めると、元いた部屋と変わっていて少し驚いた。メイドが部屋が汚れたからと言っていたので、もしかしてソイがもどしてしまったのかもしれない。
外は真夜中のようで、夜虫の鳴く声が窓越しにも聞こえてくる。
吐き気は収まったがまだふらつく身体を起き上がらせ、窓際の椅子に座った。
この後、ソイは自分がどうするべきが分からなかった。母は無事逃げ、サランは何処にいるか、生きているかも分からない。
ジハも見つからず、罪なき狼達が戦争に使われようとしている。
自分に出来ることなどと、唯一出来ると身を引き換えにして事態を悪化させたソイには、考えるのも無駄なほどだった
「……ん、」
やはりまだ気持ちが悪い。
目眩もする、と目を閉じた。
ジハを妊娠した時と似ていてより一層の楽しそうに駆け回る姿が懐かしく思えた。
今ジハに会えたら何でもするのに。
「ジハ…ごめん」
かちゃり、
懐かしい音だった。
爪が、地面を削る音
ソイはまつ毛を震わせてゆっくりと目を開けた
「……サラン」
まるで幻だ
血に濡れ、所々覗く銀の毛皮を月明かりで輝かせながら、サランがバルコニーに立っている。
だが何故か、ソイの気持ちは凪いでいた
「……」
当然のようにふらりと立ち上がり、バルコニーに近付く。部屋を変えたからか、問題なく鍵を開けることが出来た。
「ここ4階だよ、どうやってきたの」
静かなソイの声音にも、サランは返事などせず、牙を次第に剥き出しにしながら歩いてくる。
その姿にソイは全身から気力が流れていく感覚がした
「…痩せたね、毛並みも酷い」
ソイは、逃げることはしなかった。
ただ、もう疲れてしまったのだ
「俺を殺すの、サラン」
ぐわり、サランの口が大きく開いたかと思うと次には床に押し倒されていた。
牙だけは真っ白で、月にも負けないくらい美しい。これにかかるならばとさえ思えてくる。
「しぬ、べき」「しぬべきだ」「しぬ、べ、き」何度もそう繰り返すサランに、ソイは手を伸ばした。
「サランが、そう願うなら」
「しぬべき、だ おれは、しぬべきだ」
アラヘルドは早馬で届けられた女王からの手紙を開いた。
目を通し、それを握り潰す。
帰還せよ
アラヘルドの負傷が、女王に知られてしまった。
女王は未来の王を失いたくないのだ。
指揮は別のものにとらせるとの事だが、今回の戦争、アラヘルド以外に務まるとは思えなかった。今までの国とは違う、強力な味方が奴らにはいるのだ
使えぬ兵士達といえど、その数が十数万となれば無駄死にさせるのは惜しい。
そして、ソイの事
ソイの妊娠が王族に知れればとてつもなく厄介な事になる。特に、第2王子派の者たち。なんの後ろ盾も無いソイを守る者はアラヘルドしかいないが、女王は平民を王妃にすることを許さないだろう。
そして、腹の子も許さないかもしれない。
ベータのソイの妊娠はアラヘルド、強いては王族に狼の血が流れている事を強く証明するからだ。
そしてもし、女王がアラヘルドへ王位を明け渡すと確定させたならば、わざわざ平民の子など要らない。
ソイの運命は今、アラヘルドに握られていた
「しぬべきだ、俺は、しぬべきだ」
先程から何度も同じ言葉を繰り返すサランに、ソイは涙をはらはらと流した。
苦しんでいたのは、ソイだけでは無かった
サランは、目の前にいるソイが生きていると思っていない。
ソイを探して森の中を走っていた時、まるで亡霊のようにソイの幻覚が見えた。それは追っても追っても捕まらず、形すら無い。
まるでソイが死んだ事の証明のようで、サランはそれを牙で拒絶した
違う、違う!ソイは死んでなんかない!
だが、もう認めざるを得ないのか
なら、サランがサランでいる内に苦しんで死にたい
出来るならば、ソイの亡霊に殺されたい
自分など、八つ裂きになってしまえ
だから、ふわりと首に触れた感触が分からなかった。
わけも分からず付けられた鎖では無い
噛み殺した兄弟の抵抗の脚では無い
サランを追い出した両親の牙では無い
知っている、サランはこれを知っている
「…ソ……イ」
サランの瞳に、光が宿った
城が燃えている
出火元はなんて事の無い物の埃を被った備蓄保管庫だ。
当然見張りも居らず、火に気付いた時には火消しの準備をしていない人の手ではどうにもならない程燃え上がっていた。
避難信号である銃を兵が空にいくつも放つと、城の反対側からも同じく銃が放たれた。
出火元は1つではないのだ
アラヘルドはソイの部屋に一直線に向かった。悲鳴をあげて逃げ惑うメイド達とすれ違うように廊下を進むと、既に煙が立ち込め始めている。この煙を吸ってしまったら、
「ソイ…」
しかし、ソイはあてがった王妃の部屋に居なかった。残るのは掃除途中であろう血にまみれた床と水バケツだけだ。
アラヘルドが飛ばした医者の首をメイドがソイに見せまいと部屋を移したのだ。メイドの判断は正しいが、今となっては苦虫を噛み潰したような顔なる。「くそ、」
早く見つけなければならない
踵を返そうとした時、部屋の中から甲高い声が聞こえた。
「…お前は、エルか」
ベットの下に潜り込んでいるようだ
ソイの元に居ないという事は、概ねまた逃げ出したのだろう。
だが、まるで化け物でも見たような怯え方だ。「エル、来い」
呼んでも鼻を鳴らすだけのエルに、アラヘルドは放って行こうとしたが、じきにここも火が回る。エルを失えばソイは泣くだろう
「…おい、同じ事を言わせるな。エルバヤ」
わざとドスの効いた声音を出すと、エルがおずおずと出てきた。すかさず首根っこを掴み、王妃の部屋を出た
至る所から獣達が脱走している
恨みで次々と兵達を噛み殺していた獣達だが、彼らにとって最も脅威なのは人では無い。どんどん勢いを増していく火に、次々と獣たちは走り去っていく
「ちくしょう!!俺たちの全てが!!」
兵達が汗と血を流し築き上げた戦争の切り札が逃げていく。
檻の鍵を開けるのは兵にしか出来ない
裏切り者がいる!
怒りに燃えた捕獲責任者は周囲をぐるりと見渡した。目視で裏切り者など解るはずがないと、誰もがそう思っただろう
だがこの男は違った。
「ぐっっ、」
腹に刺さった剣を辿れば、そこに裏切り者がいたのだ。
「貴様あ!!」
同じ兵士の鎧を纏った若い男だった。
田舎者だが、森に詳しく剣の扱いも良い。
何より勤勉だった
顔を覆う大きな傷があり、獣に襲われたのだという。その恐ろしさから村を追われ哀れだと気にかけていてやったというのに
「あの時、熊の檻を開けたのも貴様か……!!」
背後から、兵士たちの悲鳴が聞こえてくる。
それに混じる熊の唸り声
あの時逃げたはずの熊がここに居る理由は分からない。だが、目の前の若者が手引きしたに違いなかった
捕獲責任者が最期に見たのは、大きな牙が並ぶ熊の口だった
それは、闘技場での事が起きる前だった。
捕らえられた熊は檻の中
そして、ある男の言葉に反応した。
「ジハ、いるのか ジハ」
決して大きな声では無いが、獣が押し込められてる檻に向かって探すような声音。熊はその名をよく知っている
「ジハ、ソイは無事だ。ジハ」
確信に変わる
「お前、お前」
突然喋った熊に、男が剣を構えた。
「お前、ソイを知っているの」
「…俺の、村の命の恩人だ。お前こそ、ソイを知ってるのか」
「知ってる。私の大事な子」
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