《完結》狼の最愛の番だった過去

丸田ザール

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高熱に浮かされる夜は、毎度サランの夢を見る。残酷にも、美しく優しく幸せだった日々の










「え~!根っこから~っ?」
「そうだ、邪魔だったからな。」
「そんなぁ!」
ソイはサランの帰宅と共に悲鳴を上げた。
大きな口に咥えられているのは太い木の枝だ。薪に使えと言われ取り敢えず受け取るが、先に実った実を見てしょぼくれる
「何がそんなに悲しいんだ。こんなもの食べることも出来ないぞ」
「ちがうよー…あーあ、ひっつき虫付けて帰ってくるサラン可愛かったのに…」

家の周辺に生えているひっつき虫の木は多くは無いが、サランが大きいからか、体のどこかに必ずくっ付けてくるのだ。
両耳にくっ付けてきた日なんて可愛くて堪らず黙っていたくらいだ
「まったく、俺は横になると痒くて嫌いだ」
「知ってるもん」
だから毎度毎度全身くまなくチェックしてひっつき虫を捜索していたのだ。
その時間も好きだったソイは唇を尖らせる
ぶーぶーと文句を垂れるソイに、サランは木の枝を咥えて奪うと、器用にポスリとソイの体に当てた
「あーっ!ばかばかサラン!」
案の定服に大量に着いてしまい抗議する
「嫌だろう?」
「嫌だけど…っ嫌だけどぉ…!ひどい!」
サランは楽しそうだ。
実はソイも楽しい

こんな日が一生続くのか、いつか子供が産まれたらその子供と一緒に笑い合えるのか
幸せだな、世界で1番、ソイが幸せ




















目を開けると、エルがこちらを覗き込んでいた。「いい子だね」
いつもは顔の穴という穴にマズルを突っ込もうとしてくるのだが、今日は大人しい。
きっとソイの身体を気遣ってい「ふがっ」
エルはエルだった。「も~、鼻取れるよ、エル」

少し楽になった上体を起こし、目を擦るとパリパリと涙が乾いている。夢の内容をしっかりと覚えているソイは、エルに涙を見せまいと笑いながら誤魔化すが、人間の涙に意味があるとまだ分からないエルは寝具から降りて絨毯の装飾とじゃれ始めた。
「…はは、かわいいね。」



アラヘルドに、話さなければ。
サランに会いたいと

それがどういう結果を招くか怖くて、この数日間言うことが出来なかった。
手を出さないと約束はしたけどそれを果たしているのかこの目で見たい

それで会って、匂いを嗅いでもらって、もっと声を聞かせて、手で触れれば

ソイを思い出すかもしれない。
もう一度番と呼んでくれるかもしれない
ジハの存在を喜んでくれるかもしれない

「……っ、ふ…ぅ…っ」
どこまでも愚かだった
あの時ソイを見捨てたのは決して、自らの意思では無いと言って欲しい
またソイを、望んで欲しい
希望を捨てることができないのは、愛しているからだ。

だが今は何より、生きていて欲しい
サランにも、ジハにも、エルにも
どうすればいいか、ソイは1つ答えを出した



































「もう一度、言ってみろ」
アラヘルドが2度聞く事、それは警告だった。同じ文言を1文字でも言えば首を跳ねてやる いつもなら、そうだ。

「ずっと貴方の傍にいます、何でもします。
だから、サランを解放してください」

アラヘルドの全身が、怒りの炎で燃えた。
今までのアラヘルドを思えば有り得ぬ譲歩をし、自身で不器用と自覚しながらも優しさも意識した。認めよう、ソイを深く愛している
だがそれは決して、アラヘルドの手綱を渡した訳では無い。身を引き換えに何かを要求できるのはどちらも強者か、どちらかが哀れな程の弱者の場合のみだ。
この場合、ソイはアラヘルドの心を知っていながら自分を引き換えにした。
ソイは、アラヘルドを弱者としたのだ

与えれば、言う事を聞く哀れで愚かな男だと


「…そうか、それがお前の、判断か」











その日から、ソイは部屋に閉じ込められる事になった。
鍵のかかった扉に椅子をぶつけるが体調がまだ万全でもない身体ではろくな力も出ない。跳ね返されて無様に転ぶだけだ
こうしている間に、サランが殺されてしまうかもしれない。
ソイはまた、判断を誤ったのか
だが、今の自分に出来ることはあれしか無かった。1体どうすればよかったのか
半泣きになりながらも部屋から出る方法を探し、ドア越しにアラヘルドを呼ぶ。
がもちろんメイドも見張り兵も知らぬ存ぜぬ。
バルコニーから脱出しようとしたり、 食事のタイミングで逃げようとしたが運んでくるのは屈強な見張り兵だ。当然かなわなかった
そうして数日が無駄に過ぎ、ソイは部屋の隅で膝を抱える他なかった。
椅子やテーブル、火かき棒などでこじ開けようと必死になった手は傷だらけになっている。エルにも会えず、この場所で唯一の心の支えが無いソイは目の前が真っ暗になる。
全て失うかもしれない、始まりから終わりまで ソイの選択が招いた結果だ
何もかもがソイのせいだ、そんな事を考えても何の解決にもならないのに、そう責められずにはいられない。

そしてここ数日、酷い貧血を起こすようになった。今も、目が回り呼吸がしづらい
「……!」
自身の心臓の音だけにやけに意識を取られていた時、部屋の扉が開いた。

アラヘルドだ。
ソイはすぐ、詰め寄った
「サランは…!サランになにかしたのか…!?」
「来い」
恐ろしく冷たい目をしたアラヘルドに見下ろされたソイは自身の過ちが確信に変わる
「ぁ…!」
何も言わなくなったアラヘルドに腕を捕まれ引きずられるように部屋から出た。






















久々に出た外、連れていかれたのは円状になった舞台のような場所だ。
ソイは闘技場を見たことがなかった
沢山の兵士達が騒いでいるのが不思議でならない、一体ここで何をするつもりなのか
「ぁ、」ふらついて足を取られたソイを、アラヘルドが抱き上げる「離せ…!質問に答えてない!サランは無事なのか…!」
アラヘルドはソイの抵抗を痛みを与えてやめさせ、1番見晴らしの良い場所に設けられた立派な椅子に座った。
膝に横抱きに乗せられたソイは腕の痛みに悶えながら続ける「…サラン、サランは…!」

「無事かどうかは、奴次第だ」

「どういう、」
途端鉄を何度も叩くような音が響き、ソイはビクリとする。何が起こるというのだ
不安でキョロキョロと周囲を見渡すと、兵士達がそれぞれ、紙を持ちながら様々な数字を叫んでいる。勿論ソイには、全くもって理解不能な光景だった
アラヘルドはソイの無垢に不安げな様子を見て、なんの感情か分からないが少し眉を寄せた。
だがそれは一瞬で、ソイの耳元で言ってやる
「兵にも娯楽を与えねばな」
「…え…」

激しい音を立てながら鎖が引っ張られ、巨大な檻が開いた
そこから引きずり出されたものに、ソイの全身が戦慄いた



「母さん……っ!!!」



   



熊は、どこからか聞こえるソイの声に反応する。匂いを嗅ごうとして立ち上がると手足につけられた鎖がその重さを示すようにじゃらりと動いた。
ぐんっ、と鎖を兵士達が柵越しに引っ張り、熊は怒りの声をあげる。

観客である兵士達は声を荒らげそれぞれ口汚い言葉で野次を飛ばした。
「さっさと始めろ!!!」
兵士たちの文句に応えるように重たい扉が持ち上げられると、複数の狼達が困惑しながら飛び出てきたのだ。
だが、目の前に驚異である熊の存在を確認すると、すぐに戦闘態勢に入った。

「アラヘルド、やめさせて…お願い…お願い……!!」

ソイの悲鳴を無視し、アラヘルドが片手を上げると開始の合図である銃が一発空に放たれた。













熊と狼は大歓声の中戦いを繰り広げ、ソイはアラヘルドの腕の中で無力に叫ぶ。

この熊の捕獲は初めての試みだった
力も強く団結力などほぼ皆無に等しい熊は例え知性ある獣人であろうとリスクが高すぎた。
だが手懐ければそれはそれは大きな戦力だ。まずは手始めに雌からと、捕まったのがこの熊なのだ。

熊の身体は大きく、狼数頭では太刀打ちが出来ないようだった。それでも噛み付かれたり、逆に狼を大きな手で吹っ飛ばしている様はソイにとって余りにも酷な光景だ

狼のジハと熊は家族だったのに
「あぁ…!」
「…ソイよ、お前にはなんの力も無い。その身で引き換えられるものなど、あの村でとうに使い果たした。」

アラヘルドは、涙をボロボロと零すソイの顔を見た。見続けた。
逸らせば屈辱的な気分になると思ったからだ

子狼を見つけてやると約束し、1度負けたと思った時何も感じなかったわけではない。だが、アラヘルド程の男が与えた優しさは例え匙1杯であろうと、価値があるものなのだ。
だがソイは、あまつさえそれを利用しようとした。
アラヘルドが欲しいものは寄越さずに

何事にも、対価が存在する
例えそれが愛だとしても

ソイの意思や望みや喜びや、悲しみで
アラヘルドという男は揺らがない事を証明するのだ











熊が次々と狼を倒していくと、賭け事だろう紙が宙を舞う。
「母さん、母さん…!」
ソイの声にもう一度熊は匂いを嗅いで立ち上がる。鳴き声は子グマを呼ぶそれと同じだ。
ソイは胸が張り裂けそうだった
「あんたが…あんたが憎い…!」
アラヘルドを睨みつけながら涙を流すソイの顔はやはり美しかった。
あの熊を母と呼ぶ理由は知らない。
だが、ソイを苦しめるには十分の様子だった。
この後にひかえている光景こそソイに見せるべきものだったが、もういいのでは無いかと。ここでやめるべきではと、アラヘルド自身信じられない事に決定が揺らいだ時だった。また、アラヘルドという男の格が下がっていると実感し拳を握りしめた
そして、無情に開いた一際大きな檻の扉が開けられる

ソイにはあの中にいるのが何か分かった。この非情で残酷な男がしそうな事はあと1つ

ソイは強い吐き気に襲われ、手で口を覆った。「う…うぅ…っ」
「…どうした、」
呻き出したソイに、アラヘルドは怪訝に顔を覗き込んだ。
顔色が真っ青で冷や汗をかいている。すぐさまソイの腹に回した腕の力を緩めて背後のメイドに医者を連れてこいと命令しようとした時。

「…っ、」
精一杯の力でソイがアラヘルドの腕を振り払った。勢い余ったソイは、そのまま反動に体を奪われ、上半身が手すりを乗り越えてしまった

「ソイ!!」


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