《完結》狼の最愛の番だった過去

丸田ザール

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布の擦れる音と水音が天幕内に響く
普段鎧に覆われたアラヘルドの上半身は惜しみなく晒され、肉体その物が鎧のようだ
その下に組み敷かれた、比べれば貧弱と言えるソイは身動きなど取れない
「ぁ…っあ」
リップ音が耳の近くで何度も聞こえ、ソイは目をぎゅっと瞑る。でないと手が出てしまいそうで
勿論本人に拳が到達する前に捕らえられるだろうが。
ソイは、犯されたことを除けば性行為はサランとしかしたことが無い
つまり相手は狼だけで、人間と交わるのは初めてだ。
狼相手では、前戯などほぼあってないようなもの。だがそんなこと気にした事も無い
愛した人と繋がれる事の幸福さは、何にも代え難いのだ

だが今はどうだろう
憎い相手に触られ、強い嫌悪と不快感を感じているはずなのに、繊細に動く手や、肌と肌が張り付く感覚、粘膜の刺激にソイの身体は確実に快感を拾っていた
ソイは自分が気持ち悪かった

「ひっ、いやです…したく、ない…」
「黙れ」
拒絶の言葉を吐く口を噛み付くようにして塞ぎ舌を絡ませる。細い腰を持ち上げるようにして下履を脱がせれば、しなやかな太腿や柔らかくまろい尻の感触。
「ぁっ!…や、ぁっ…!」
声まで心地いいとアラヘルドは機嫌をよくした

笑った顔を心底美しく感じたが、快感に抗う顔も悪くない。不思議なことに、こうやって触れて快楽に流されそうになりながらも、無垢で澄んだ雰囲気は変わらない。川で水浴びをしているのを見た時、既に会っていなければ精霊か何かだと、アラヘルドは思っただろう
「やはりお前は美しいな」

ソイはもやがかかったような意識の向こうで、アラヘルドが何かを言った気がしたが、それよりも強く飛び込んできた音に耳を疑った

天幕の外で、犬が鳴いている

「まさ…か、」
「騒がしいな」
犬の鳴き声と共に外にいた兵士達が一気に騒ぎ始めている
アラヘルドは流れるように視線を天幕の外に向け、纏う雰囲気を尖らせた。様子を見る為にソイの上から退くと、シャツをボタンも止めず羽織る
「ここにいろ」
剣を掴んで振り返りもせず天幕から出たアラヘルド。勿論言う事を聞く気などないソイは、乱れた服のまま後を追った。


「いって噛んだぞこのくそ!」
「そりゃ噛むだろ馬鹿かテメーは」
「なぁこいつ食ったらうめぇかな」

天幕をばさりとどけると、夜だというのにそこらに沢山焚かれた火が周囲を明るく照らしていた。すぐクリアになった音は男達の話し声を鮮明にする。そして
「…あぁ…っ!」
ソイは、アラヘルドの立派な体躯の隙間から飛び出そうとして捕えられる。「離せ!!」

山犬の子だ。
信じられないが、ソイが助けた子犬で間違いないだろう。兵に首根っこを乱暴に掴まれており、口を開けて固まっている。
まるで、息が止まっているようだ
いや実際、止まっているのだ
「やめろ!!手を離せ!!」
アラヘルドの腕の中でもがきながら子犬を囲む兵達に叫ぶ。
「ぁ、アラヘルド様。騒いですんません、ただの犬です」
どんどん子犬の体が硬直していくのが目に見えて分かる。ソイは何度も叫んでいるのに、兵達はまるで聞こえていないように振る舞う
「やめ…!やめろ!!ア、アラヘルド…!!」
ソイは後ろから腰を抱いてくるアラヘルドに振り返って縋った。この時、初めて名を呼ぶ。
「やめさせて!早く…!お願いします!」
アラヘルドは、必死に見上げ自身の名を呼ぶソイを見つめた。
「……手を離せ」

手綱を握らせる気など毛頭ない。
それも部下達の前で情人の言いなりになっている姿を見せるなど
心底屈辱的だが、抗えなかった。
何故ならば、それを上回る喜びに包まれたから。

「ぁ、…!離し、うわっ」
だが、願いが叶った途端アラヘルドの事など見向きもせずに、全意識を地に降ろされた犬に向かわせたソイに腹が立ち、おざなりに手を離した。
アラヘルドは、名を呼ばれただけで動く自身の感情に内心舌打ちをした。


バランスが取れず地に膝をついたソイだが、すぐ立ち上がって兵達を押しのけ子犬にかけよる。
「お前、何でここに…!」
くしゃみをするように鼻を鳴らして急に入ってきた酸素に対処している子犬は、ソイを見上げてきた。落ち着いたのを見計らって抱き上げると砂埃塗れだ。
馬で何時間も走った距離を、この小さな体で追ってきたのか。
「み、水…水を…!うわっ」
キョロキョロと頭を動かしていると頭上から何かを被せられ、強い力で持ちあげられる。

すっぽりと被せられたのはシャツだ。と上裸のアラヘルドに抱き上げられて気付く
「水、水を飲ませたいです!早く…っ」
「私に命令するな。その犬も連れていくなら躾をしろ」

冷たく、何処かイラついた目で見下ろされその視線を追うと「…ぁ」
子犬がソイの腕に噛み付いていた。
以前も抱き上げるとささやかな抵抗として毎度噛み付いてきていたが、わざわざソイを追ってここまで来たというのに何故だ
だが、大して痛くもないので癖なのかもしれない

「貸しが一つだ」
























「よしよし、じっとして」
ソイは子犬の顔を濡れた布で拭う。
やはり砂まみれで、1度丸洗いした方がいいのだが  と首をかしげながら考える。
「お前の名前を決めないと」

アラヘルドは興を削がれたのか、テーブルで書類に向かっていた。

「犬を黙らせろ」
「…まだ子供です」
「ただの犬だ。お前の子ではない」

子犬はジハよりもしっかり吠える。
意思の疎通をはかろうとしている訳では無いのでどうしようもなく、口を柔く手で抑えるぐらいの事しか出来ない

お前の子では無い。その通りだが、子犬を見ればジハを思い出すのも当然の事ではないだろうか。それに、懐いていると思っていなかった子が健気に自分の後を追いかけてきたのだ。泣けてくるほど嬉しいに決まっている

だがやはり、この子の事を考えると連れていくのは間違いだろうか。かといって野に放てばここの兵に捕まり肉にされてしまうかもしれない。ゾッとしたソイは子犬を抱き締めた。ガブガブと腕を噛んでくるのを無視しながらまた悩む
「名前…」ジハの名前を決めた時もとても時間がかかった。ソイは教養が無いので言葉に含まれる意味や関係を知らないのだ
「目の色は…茶色かな…?」
ジハと過ごしていた時間が長かったせいで、動物相手にも話をするようにして問いかけてしまう。

「エルバヤ」
「…え?」
「雑草と言う意味だ。脚も毛並みも、色合いも、平々凡々なその犬には似合いだ」
「…エルバヤ…雑草、」

アラヘルドは馬鹿にしたつもりだろうが、ソイにとって雑草というのはただの草では無い。どんな崖であれ、過酷な気候であれ伸び続け、土砂で根こそぎ地を奪われてもまた命を吹き返す。とても生命力溢れた生き物だ

「…エルバヤ、お前の名前だよ。エル」

こうして、子犬の名付け親はアラヘルドとなった。














深夜、興が削がれたアラヘルドによって抱かれることは免れたが、当然寝具は1つ。
抱き込まれて眠るはめになっていたソイは当然寝不足だった
翌日目が覚めた時に「眠れと言ったはずだ」とアラヘルドに言われてソイは「誰のせいだと」と喉の所まで出かかる

出発の準備を周囲が始める中、ソイはエルに水を飲ませていた。丸一日走ると言っている
この森を抜けたら日陰の無い、殆ど砂漠化した土地にででしまう。毛のある犬では早々にバテてしまうだろう

「…それも乗せるつもりか」
「…?…はい」

アラヘルドが、自身で鞍の調整をし始めたのを見て、出発を思い暗い顔でエルを抱いていると、眉間に皺を寄せて声をかけられた
アラヘルドは「来い」とソイを呼ぶと、自身の愛馬の手綱を引いて顔をソイのいる方に向けさせた

「先に馬に覚えさせろ。」
ソイは、馬への配慮にやや驚いた
草食動物は基本狼などに本能的恐怖を覚えるものだ。それは山犬であるエルに対しても同じ
「…こんにちは、ほらエル。ご挨拶は?」
馬に声をかけると長いまつ毛の生えた優しい目がソイを見つめた。母を思い出す
エルは馬の鼻先をくんくんと遠慮なしに嗅いでいた。肝が据わった馬なのか、柔らかい口でエルの毛並みを食むように動かし、ヨダレでビショビショにしている。
「あははっ エル、やられたな。君なんて名前?」
「…アテヤだ。」
「…アテヤ、アテヤ…綺麗だね。よろしくね」
代わりにアラヘルドが答えた事にも気付かず、ソイはアテヤを撫でた。
お返しにと髪を食まれ、ソイは自分でも気付かぬ程穏やかに笑っている。
今この瞬間だけ、恐怖と不安、憎しみから解放されたのだ

「行くぞ」
「ぁっ、」

アラヘルドはその様子から目を離せなかった。惚れた欲目だろうか、笑うソイはこの世の何よりも美しい
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