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しおりを挟む山犬の子はまだ外に放つとどこに行くか分からない為、家で留守番をさせている。
ジハまで大きくもなく荒らされる程物も置いていないのでそこはあまり心配していないが、少しの時間だけでも1匹にしてやる事を目的としている。山犬の子はまだ人間に慣れておらず、常に気を張っている状態の筈。家の中に余った木材で枠を作って置いておいた。
せめてぐっすり眠れたらいいのだが
ジハを連れていつも使っている村からすぐ側の小川に向かったソイだが、そこは既に子供達に占領されていた。
懐かれるのは嬉しいし、可愛らしく思うのだが子供の体力というのは恐ろしいもので遊べばその日1日が終わってしまう
今日は色々やる事がある。見つかるのはまずい
コソコソとしながらもそっとその場を離れ、ソイは悩んだ。
水浴びを諦めるべきか、でも帰って山犬の子が寝ていたら可哀想だし、
かと言って、今日は暑いので日陰が無い場所にジハを出し続けるのは心配だ。
ソイの頭の中に、ひとつ思い当たる川がある。がそれは森の中だ
少し考えたが、鎧の男達が去ったと聞いてからは村人達が洗濯に使ったり、それこそ水浴び目的に使ったりしている様子があるので心配はないだろう。
少しジハには深い川だが、いずれ母の所に帰るつもりでいるので泳ぎも覚えておいた方がいいと納得した。
もし自分に何かあったら、ジハは森でたくましく生きねばならない。と野生動物ならいて当然のノミを壊滅させたソイはジハにおいでと声をかけた。
アラヘルドは、頭の悪い兵達よりよっぽど使える愛馬を引連れ森の中をゆったり進んでいた。
裏切り者共の残りは確実に村に潜んでいるだろう、朝には脱ぎ捨てた鎧が土に埋められてるのが発見された。
このような田舎、ただの通り道にしか過ぎなかったのだ。だが、軍の過酷さについていけず、上下関係による残酷さに恐れ逃げ出した兵が数人。情報を持った生き物を野放しにして置くのは到底無理な話だ、それが大したものでなくとも。
こんなくだらないものさっさと終わらせて進軍を進めねばならない。
本軍に合流したらあの使えぬ兵共は殺してやった方がいいだろう
あんなもの戦場では使い物にならない
そもそも、要らぬ護衛だったのを女王が無理やり付けたのだ。
今、ソイ達田舎の者には預かり知らぬところでは侵略戦争が始まろうとしていた。その侵略側の総指揮をとるのがこの男、アラヘルドだった。
ソイのいる栄えてもいない小さな国は目的の国までの通り道にしか過ぎず、わざわざ戦争を仕掛けるまでもない。少し叩けば王族から頭を垂れてくるだろう
故に様々な所から集う軍の召集地として決めたのだ。
今回の戦争は1年か、2年か、
森の中を進んでいくと、水面を叩く音が聞こえてきた。獣か、人か。
獣の可能性が高い為、アラヘルドは馬に待つように命令する。賢く理解する愛馬の首を軽く叩くと1人足を進めた。
元々獣を狩るのは好む方だ。ある年からは戦争に身を置き続けそんな暇は無いが
ふと、アラヘルドは先日の青年を思い出した。
そして、ほぼ同時に川で見たものに目を見開いた。
アラヘルドに衝撃が走る
身体を貫かれたような感覚だった。
あの青年が、薄い布を張り付かせながら水浴びをしていたのだ。
あの時は薄汚れたただの平凡な男だったのに今はどうだ
弱々しく白い肌に、男にしては緩やかな曲線を描く腰。茶髪は項に張り付いている
顔付きは平凡であるのに、表情から目が離せない。
なんて美しく笑うのか
「平気だよジハ、ここなら深くないから」
今ソイは、心を鬼にしている。
ジハはいつもより深い川を理解しているのか、淵でうろちょろと鼻を鳴らしていた
怖くないと教えるためにソイが先に川の中に入ったので、ソイの傍に行こうと川に入る決心と恐怖が交互にジハを襲っているようだ。
甲高い声でソイを呼ぶ姿に、ぐっと堪えて励まし続ける。
サランもこうだったのだろうか。
何故不意に、彼を思い出したのだろう
ソイは痛む胸に気付かぬ振りをして明るい声でジハを呼ぶ。 そして気づいた
「……そ、っか」
ジハがサランに似てきたのだ
ずっと犯された中の誰かの子だと、そう思っていたがどうでもよかった。ジハはソイだけの子だ。そう思う事が何よりの救いだったのに、父親が本当にサランかもしれないと思った途端感情が激流に飲まれそうになる。いいや、気付いた所で何だ。サランには既に、家族がいるのだ
これから先も父親などいらない
でも、ジハは?
ソイは狼では無い、熊である母も
狼の生き方をどうやって教えてやればいい
家族を何よりも尊ぶ種族、孤独になれば死んでしまう程繊細な
「わふっ」
ジハの鳴き声に、急速に意識がクリアになる。
「…さっ、頑張れジハ!すぐに支えてやるから!」
水周りで子供から意識を逸らすなんて言語道断だ。
いずれ問題に直面する時が来ても、これだけは言える。
可愛い可愛い息子 この子の為ならばどんな事でもする
「平和な事だ」
ばしゃり、突然聞こえた声にソイは水音を立てて振り向いた。
「…っ」
何故、去った筈ではとソイは混乱を極めた。
ジハが吠え始めたのはこの男に気が付いていたからか、教えてくれていたのに自分は
と無駄な後悔をする
「…なんの為に森に」
来たのか、という問いはざぶり、と鎧を着けた脚と重いブーツが川に入ってきた事で止まる。
ソイの背後ではジハが唸り声を上げていた
「っ、ジハ…!逃げ、…ぁっ!」
ソイはジハの元に走ろうと重い水のなかで足を動かす。だが、背の高さが全然違う。
数歩で追いつかれてしまった
「やめ!離せ…っ」
「危害を加えるつもりは無い。話がききたいのだ」
大きく、無骨ながら繊細な鎧を纏う手がソイの腰を捕まえる。背後から抱き込まれるような形になり顔が青ざめた
すぐ傍で聞こえる声は低く、高貴に澄んでいた
「山火事の日、お前の村に男が2人逃げ込んで来なかったか」
「…し、知らない…俺も逃げてきたから」
この男、アラヘルドの目的はなんだ
『逃げてきよったん君でもう3人目や』
すぐに思い当たる節があり、悟られないように声音を調節する
「隠し立てても、いい事など無いぞ」
ぐっ、と腰に回された腕に力が入る
緊張した身体をより密着させられ、ソイは視線をジハに滑らせた。口パクで逃げろと告げるが、理解出来る筈もない。川の淵で吠え続けている
「うぁ!」
今度は骨が軋むほど力を込められ、ソイは下を向く。息が出来ないのだ
すると、晒された項に熱い吐息を感じた
「…ぁ、」
「美しい肌だ」
ぞわり、揺らぐ意識の中に強く芽生えた嫌悪感。ソイは本能的に身体を動かし、恐怖など忘れて暴れた。
「離せ!俺は何も知らないっ村も関係ない!あんたらの問題に巻き込むな!ぅぐっ」
「それがお前の判断だな。」
顎を捕まれ、今度は顔の骨が軋む。
唇も硬い鎧で覆われた掌の中で何も告げる事が出来ない
精悍な顔に見下ろされ、鋭く、強い眼光に何もかも見透かされているような気がする
固まって動けないままでいると、
僅かな揺れでアラヘルドの撫で付けられた髪が一筋落ちる。
「……!」
川に入る事をあんなに怯えていたジハが、アラヘルドのマントに噛み付いて居たのだ。
必死に前足で水を掻きながら唸り声を上げている。当然泳ぎは下手くそで今にも溺れそうだというのに。
アラヘルドはソイの顎から手を離し、ジハに手を伸ばそうとした。
すかさずソイはその腕にしがみつき、胸の中に押し込む
「…触るな!この子に手を出したら承知しない!」
「…ただの飼い犬に結構な事だ。」
ぐっ、と首の後ろを捕まれソイは投げ捨てるようにして離された。ジハもだ
ばしゃんと川の中に倒れたソイは、自分の体勢もろくに整わないままジハをすくい上げに行き、抱き締めた。
無事か顔が見たいのにジハは間髪入れずアラヘルドに唸っている
「チャンスは与えたぞ。ソイ」
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