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しおりを挟むこれは夢か
いや 記憶だ。あたたかく、恐ろしい、忘れることの出来ない記憶
窓の向こうで笑い声がする。
びっしりと書かれた紙を見て息を吐いた
最近は起き上がるのも辛いのだけれど、今日は気分がいい。壁伝いに窓に向かって歩き、見下ろすと兄弟とその婚約者が遊んでいる。
楽しそうに声を弾ませてはしゃぐ姿は見ているだけで癒された
だが決して、自分はその輪に入ることは出来ない、と体を支える細過ぎる腕を見て少し悲しくなる。
こちらに気付いたのか、声を上げ手を振ってきた。振り返すと2人は屋敷の中に入ったようだ。きっとこの部屋に来るんだろう
3人揃うのは久しぶりでわくわくした
暫くすると、扉の向こうからクスクスとメイドの和やかな笑い声が聞こえる。着いたようだ
控えめな音だが、はやる気持ちを抑えられないのか小刻みに扉を小さな拳でうっている
「どうぞ」
がちゃりと開いた扉から弾けるように小さな2人が飛び込んでくる
「いーしゃん!」「にいさま!」
私はその2人を屈んで抱きとめた。
子供特有の匂いに混じり、太陽を沢山浴びた2人の香りは薬品臭い自身の身体を忘れさせてくれる。
「こえ!もってきた!」
「にいさま!これ読んでください!」
アーロが引きずるように持ってきたのは火竜を模した玩具で、最近はそれに乗って揺らしてもらうのが流行りのようだ。
ルカは可愛らしい火竜の絵が書かれた絵本をずいずいと渡してくる。この本も既に何十回読まされたか分からない。私ははいはいとそれを受け取ると、途端に2人の声は更に明るくなる。
この2人は婚約者だ。家族ぐるみの付き合いというものだろう
ルカというと、まだ立つことすら出来ないアーロを見て結婚すると騒ぎ出したのだ。
アーロの出自は少々特殊で、一人っ子ではあるが伯爵家を継ぐ事が出来ない。
アーロの両親は友人の子であればと、2人の婚約を許可した。
まだ何も分からないアーロだが、2人を見る限り成長した後も問題ないように思える。
それぐらい2人はお互いが好きなのだ
「えへへ、アーロン、ぼくのアーロン」
「んもー!いまぐらぐらしてうの!」
ルカのアーロの溺愛ぶりは控えているメイド達も苦笑いだ。
「まぁまぁ、2人とも。イーサンに無理させてはいけませんよ」
頭を下げるメイドの横から現れたのは、シャナ様。ルカの母親だ
私とルカは母親が違う。
私の母であるナタリアとルカの母であるシャナ様は姉妹であり、正妻に位置する私の母はシャナ様を敬遠している。一夫多妻は珍しいものでは無いが、姉妹共々と婚姻を結ぶことは不可能だ。つまり、父の不貞という事になる。この事実を知るものはこの屋敷の人間のみだ
幸い髪も瞳の色も同じで疑うものもいない
「さぁ、2人とももう少し静かにね。イーサンごめんなさいね、具合はどう?」
シャナ様はさながら聖母のようだといつも思う。美しく豊かな髪も、柔らかな眼差しも、優しい声音も。
私はこの方に憧れを抱いていた。
「おかあさま!」
「しゃやしゃま!」
「うふふ、アーロンさんはまだ私の名前が呼べないのね。本当に可愛らしいわ」
この幸せを詰めたような空間に居続ければ、私の病気など治ってしまうのではないかと思う。私の大事な人達が笑っている、それだけでなんて幸福か。
若いメイドが控えめに既に開いている扉をノックした。確かルカ付きのナラというメイドだ。
「当主様がおいでです……」
シャナ様は慌ててルカの手を引きアーロを抱き上げて部屋を去ろうとしたが、遅かったようだ
「イーサン、遊んでいる暇等あるのか」
鋭い眼光とたくわえられた髭は只者では無い雰囲気を醸し出している。
威圧感のある姿にルカもアーロもシャナ様に隠れるように張り付いていた
「…申し訳ありません…父上」
「当主様、勉強のお邪魔をしたのはルカ達ですわ、どうか」
「黙れ!イーサン!お前は次期当主の自覚があるのか!ただでさえそんな体で剣を握ることも出来ないというのに!!」
私の体は、到底この先生きていけるとは思えないほどに弱っている。父は私に後を継がせようと躍起になっているが、無駄に終わるだろう。
「父上、自分の体は自分が1番分かっています。到底当主など務まりません。」
「黙れといっている!」
「もって後数年といったところでしょう」
パンッと頬を強く打たれるが、体格差を考えて吹っ飛ばなかったという事は一応手加減はされたようだ
「ふぇ、え~んっ」
「アーロン、泣かないで…ふぇっアーロン」
びっくりしたのか、アーロが泣き、つられるようにルカも涙声になっている。
シャナ様とメイドのナラが2人をあやす
父はその様子を一瞥すると、私を睨むように見つめた。
「お前は死なん、私の後を継ぐのはお前だ」
そう言って、父は足早に部屋を去った。
シャナ様が未だぐずっているアーロに優しく声をかける
「さぁ、アーロンさん。もう泣かないで」
「ぐすっ、いーしゃいたいたいね、たいよ、ほっぺいたい」
自分の頬を抑えてくしゃくしゃの顔でこちらにぺたぺたと近付いてくる。
心配してくれている所申し訳ないがその姿は何とも愛らしいもので、案の定ルカとメイドのナラまでも胸を抑えている。
「ぼくのアーロン!泣かないで!」
途端、私に対抗意識を燃やしたのか、アーロに後ろからルカが飛びつく。
「んもー!いたいはいーしゃでしょ!」
暗くなった部屋に、笑い声が戻った
ふと、目を開けると身体中が雁字搦めになったような感覚。視線だけを身体に逸らそうとするが、何重にもなった管が邪魔をする。
この感覚は、また私は発作を起こしてしまったのだろうか。
今日は1ヶ月ぶりにルカやアーロが来るというので、部屋で待っていると父が現れた。
その後ろには何人もの医師が立っていて、新薬だと言って飲まされた。試すのは初めてでは無いのでなんの疑いもなく飲んだ
それから、記憶が無い。合わなかったのだろう
少し目を開けてるだけで視界がかすんできた。せっかく3人が揃うのに、残念に思っていると扉が開く音がかすかに聞こえた。
間もなく父の声がする
「目が覚めたのか!具合はどうだ!」
いつに無い明るさの父の声に珍しいと閉じかけた目を開ける。父に視線をずらそうと、思い眼球を動かした
「よしよし、医師によると目が覚めれば安心だと。だから言った、お前は死なん」
何故、何が起きている
何故、
「ル……カ」
まだ幼いルカが、全身を管に繋がれ、胸元には大きく覆う包帯。
その下には一体何があるというんだ、そこはまさに、自分が締め付けを感じる場所と同じ
私は最悪の予想を必死に振り払う
「ルカはまだ分からんがな。やっと移植できるまでに成長したのだ、人工心臓の精度も上がっている。これからも上がっていくだろう。ルカはそれまでは眠らせて置く方が良いとの事だ、何にせよお前はこの先やる事が山積みだ、まずは体調を万全にしろ」
そう言って部屋を出ていった父の姿を悪魔のようだと思った。
つまり私の鼓動は、ルカのものだということ
小さなルカの心臓を、私が奪ったのだ
何度医師に頼み込んだか、分からない
心臓をルカに返してくれと。
だが執刀を担当した医師は首を振るだけだ
例え戻すにしても、ルカの体力がもたないと。絶望だった
あれからルカと部屋を離され、ルカは体の機能を遅らせるために温度の低い部屋に連れていかれる。たった1人小さな子が冷たい部屋に閉じ込められるのだ
私の体は新たな心臓に歓喜するように成長期と共にみるみるうちに回復し、父を喜ばせた。食事を拒めば「ルカの心臓を無駄にするつもりか」と脅される。
父を殺してやりたいと思った
ベットから起き上がり、少しなら歩けるようになった頃。アーロが屋敷にやってきた
そしてアーロは見てしまったのだ、ルカの姿を。
白い息が出る程冷たい部屋のベット上で、全身を管に繋がれ、新たな血を外部からも循環させる為にベットの横には大量の輸血が用意されているその異様な光景は幼いながらに惨いと思った筈だ。その証拠に、アーロはその場でルカの名を呼び続け、鼻血を出す程泣き叫び、気を失った
そして目が覚めた時には、アーロはルカの事を忘れてしまっていた。
医師によるとショック性の記憶障害だと言う。心を守るために小さな身体の防衛本能が働いたのだと
そして父はこれ幸いと、アーロの婚約者を私に差し替えた。伯爵家は、ただ病気だと知らされたルカの様子を知り承諾したのだ。
アーロを溺愛している伯爵家は、年の離れた私との婚約に初めは頷かなかった。
私はそれに安心したのだ。だが、予想外の事が起きた
「いーしゃ!いーしゃ!」
小さな手が私に向かって伸ばされる。
私がその手を取ることが無くとも、必死に後を着いてくる。その隣にはいつも、ルカがいたのに。今は一人
「いーしゃ?いーしゃのおよめさんね!ぼくね!んね!」
アーロが、私との婚約を受け入れたのだ。
それどころか喜んで私の後を着いてくる。
まだ小さな子供とはいえ、アーロの両親が承諾するには十分な理由だった。
「いーしゃ!」
私に笑顔を向けてくるアーロが耐えられなかった。私はルカの心臓だけではなく、アーロまで奪ったのだ
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